>>>約束の場所




 梅雨明けまでもう少し。
 今日もまた雲に蔽い被ったの空から白い線を辿るように雨が降り続いていた。
 

 俺は王様の部屋に散らかっていた雑誌の中から一冊だけ手にして流すようにページをめくる。


 王様は。

 一人、自分の横に積み上げた漫画をゲラゲラ笑いながら読んでて。
 それがもう7冊目に突入。


 和希も読むか?って言われたけど。
 漫画なんか読む気がなかったと言うか…
 興味があんまりないと言うか…


 そろそろ自分の部屋に戻ろうかと思いながら手にしただけの雑誌だった。


 内容はどうでもいい。
 暇だったんだ。
 それだけ。


 何気に開いたページに掲載された広告。


 木の温もりのある家の写真。

 和風でもなく、洋風でもなく。

 落ち着いたブラウンの色調が、なんとなく目に止まっただけ。


 王様の髪の色より明るくて。
 俺の髪の色より濃い色。
 和色だとなんて言うんだっけ?


 褐色?栗色?

 …唐茶かな。


 リビングに観葉植物なんか置いたらいいな…なんて眺めてた。


「何笑ってんだよ?」
「え?俺、笑ってましたか?」


 いつの間にか読み終えたらしい漫画の山を崩れる様に除けると、座ったまま俺の傍へ寄ってくる。


 お互いに許された場所。
 触れる肩に鼓動が高鳴る。

 開いた雑誌のページを覗き込むと。
 王様の髪が頬を掠める。

 いつまで経っても慣れない心臓の早鐘は。
 俺、一人、鳴らし続けているようだ。


「家?」
「あ、はい…なんかいいなって思っただけですよ」
「オヤジくさい事言うなよ」
「そうですか?部屋の間取りとか考えるのって楽しいですよ」
「………」


 雑誌に向けられた視線がゆっくりとこっちへ動いた。

 怒ってるわけでもなく。
 笑ってるわけでもなく。
 なんだろう?
 不思議な感じがする…


「あの…俺、何か変な事言いましたか?」
「いや、変わったなと…」
「何がですか?」


 王様は、きょとんとした俺の顔から顔を背けて髪をくしゃくしゃと掻いた。


「…いや…ほら、いつもだったら、オヤジくさい…って歳の事でも言ってるんですか!って怒るだろ?」
「……………」
「別に怒って欲しいわけじゃねーけどよ…なんか拍子抜けしたっつーか…」
「俺、そんなにしょっちゅう怒ってました?」
「あー…まぁ…なんだ…それなりに…」


 そっか。
 俺も王様も無意識だな、これは。
 で、俺の地雷を口にする度に謝っては…の繰り返しか。


 その無意識の怒りが出てこなかったのは、きっと。


「慣れたんでしょうかね」
「…歳の事か?」
「いえ…」
「何に慣れるんだよ?」


 王様に…

 でも言わない。
 絶対に言わない。


「まぁいいじゃないですか、王様だったらどんな家に住みたいですか?」
「はぐらかすな!」
「はぐらかしてなんかないですよ!やっぱり鉄とコンクリで出来た家ですかね?」
「何でそんな愛想のない家なんだよ?」
「ガラスの多い家だったらすぐに壊しそうでしょう?」


 俺を何だと思ってやがる!と怒ったけど、顔は笑ってた。


「どんな広さの部屋がいいですか?」
「普通でいいぜ」
「普通ってどのくらいですか?20帖くらいですか?」
「はぁ?20帖って…ありえねーっつの」
「ありえないんですか…」


 呆れた顔をしたのがわかった。
 多分、俺は見当違いの事を口にしたんだろう。
 王様もよく耐えたな…なんて思うと可笑しくなる。


「王様にとって部屋の必需品って何ですか?」
「エアコンだな」
「机とかベッドとか、そっちの方が必要じゃないですか?」
「暑い夏をエアコン無しでどうやって乗りきれってんだよ」
「夏生まれなのに…?」
「関係ねぇよ!」


 あ、この漫画と雑誌の山。
 必要なものなのかな。


「本棚要りますか?」
「本なんか読まねーって」
「でもこの漫画の山はどうするつもりですか?捨てていいんですか?」
「………」


 あれ?
 なんか変な事でも言ったかな?

 王様は急に顔を下へ向けて腕全部で顔を隠した。
 捨てるって言ったの…怒ったかな?


「…あの、本気で捨てるつもりじゃないんですけど…怒ったんですか?」


 怒らすつもりはなかったけど。
 なんだろ?

 俺は覗き込むように身体を屈めたけど、王様の様子はちっとも見えなかった。 


「王様…?」
「……違ぇよ…」
「は?」
「和希…」
「はい…」


 覗き込んだ俺の顔を腕の隙間から横目で見る。

 あれ?

 なんか…この顔…



「同居するみたいな事、訊くな…」


「ど…同………居…」



 コンマ何秒だっただろうか。
 爪先から頭のてっぺんまで血液がものすごい勢いで流れていったのがわかった。
 赤血球も白血球も血小板も。
 自分の行き先見失ってるんだろう。


「あ…あの…俺………」
「ったく…何言わせんだ…」
「何って…お、お、王様が勝手に思ったんじゃないですか!お、俺の所為にしないでくださいよ!」
「変な想像しちまうだろう!?」
「…しっ…しなきゃいいじゃないですか!」
「無理言うな!それになんでここで怒るんだよ!」
「お、怒りたくもなりますよ!」
「さっき慣れたって言ったじゃねーか」
「撤回します!」


 罰が悪いんじゃなくて。
 なんかこう…えっと…………


「恥ずかしい事、思ってても口にしないでください…」


 そうだ、これだ。


「無理だ!口にしなきゃ和希には伝わらねーからな」


 照れた顔。
 慣れない言葉を口にする王様は。
 きっと。
 俺に慣れたんだろうな。


 お互い様ってヤツか。


「……いつか…」


 隠した赤い顔をゆっくりとあげるのを確認しながら。


「いつか本当に…」
「和希…」


 遮られる言葉。
 やっぱり言わない方がいいのかな…


「はい…」
「そん時は…家は俺が探してもいいか?」


 リビングに観葉植物。
 王様が蹴っ飛ばしたくらいで穴が開かない壁。
 あとエアコン。
 これだけは必須ですよ。


「はい、お願いします…」


 とびきりだったかどうかまではわからないけど。

 赤くなる頬を隠せないまま。

 外の雨音が気にならなくなるほどの微笑みを返した。




END








「hulk」の美和様のサイト10000hit記念
期間限定フリー配布から頂きました。
和希と王様の日常のひとこまをすてきにえがいた小説です。
美和様、どうもありがとうございました。