Across

両親の離婚で日本にやって来た。
初めて来た日本。
そこは風習も言葉も違う異世界。
よそ者を珍しいものでも見るかのように遠巻きに見て、コソコソと自分には分からない言葉…日本語…で話をしていた。 思った事は1つだけ。
ここは居心地が悪いという事だけだった。
こんな所は嫌いだと思っても当時の自分にはどうする力もなかった。
1人がいい…
1人だと気を使わないから楽だ…
そう思っていつも1人でいた。
そんな自分に声を掛けてくれた人。
それが西園寺郁だった。
郁は美しい容姿と頭脳だけではなく、ものをきちんと見極める力を持っていた。
自分にはないその魅力にとりつかれたようにいつも郁の側にいた。
郁の隣は心地よかった。
他には誰もいらない。
郁さえいれば、自分の世界は幸せに彩られていた。
そのはずだった。
あの日が来なければ…

不正をした自分達の前に現れた1人の人物。
名前を鈴菱和希と言った。
自分達の要求を飲む代わりに条件を出してきた卑怯な大人だった。
自分はどうなっても構わなかった。
なにがあっても郁だけは守りたかった。
それなのに、郁はその条件を飲んだのだった。
理解が出来なかった。
けれども、郁1人をあの非道な鈴菱和希が理事長をする学園に行かせる事などできなかった。
郁を守るだけに入学したベルリバティスクールだった…

季節は巡り、入学してから1年経った時だった。
あの鈴菱和希が情報漏洩問題の為に1年生としてこの学園に通う事になった。
郁は協力をするので無理はするなと呆れた顔で言っていた。
けれども…
自分は焦っていた。
本人は意識をしていないだろうが、鈴菱和希の美しさは郁とはまた別の意味で人々を魅了するものだったからだ。
だから、心配だった。
自分が想像した通り、鈴菱和希…いや、遠藤和希はさっそく目を付けられていた。
だからある日忠告したのだった。

「遠藤君、もう少し気を付けて下さいね。」
「えっ?何をですか?七条さん。」
不思議そうな顔をする和希に、
「貴方の行動にです。いいですか?遠藤君は綺麗だから結構狙われているんですよ。襲われてからでは遅いんです。もう少し自覚を持って下さい。」
和希はキョトンとした顔をして七条を見ていた。
暫く続いた無言の後に和希は言った。
「あの…七条さん。何か勘違いしていませんか?西園寺さんならまだしも俺なんて綺麗でもないし、目立たない生徒ですから大丈夫ですよ。」
ふわりと笑って言う和希に七条は目眩を起こしそうになった。
無意識に放つオーラに気付かないのは困ったものだと思った。
どう言えば理解してもらえるのだろうか?
七条が悩み始めたその時、
「七条さん、ありがとうございます。」
「えっ?」
「何か凄い誤解があるみたいですけど、俺の事を心配してくれたんでしょう?俺…七条さんには嫌われていると思っていたから嬉しかったです。」
「僕が君を嫌ってる?」
「はい。だって俺達の出会いは最悪でしたからね。しかも、七条さんの大切な西園寺さんを危険な目に遭わせているのですから。憎まれはしても、心配されるとは思っていませんでした。」

和希は恥ずかしそうにそう言った。
その顔を見た時、七条は初めて気が付いた。
自分が恋をしていた事に…
確かに西園寺は大切な人だ。
けれども、西園寺に恋心を持った事は1度もなかった。
けれども、和希は違っていた。
出会いの印象が悪かっただけであって、あの時から自分は和希に捕らわれていたのだという事に気が付いたのだった。
恋とは不思議なものだとその時七条は思った。
そしてその気持ちに気付いたその時七条は素直に自分の気持ちを打ち明けた。
「遠藤君、それは誤解ですよ。確かに郁にあんな事を言う人は許せないと思ってました。けれども、それは憎いからではなく、気になっていたからです。」
「気になっていた?何にですか?」
「僕は遠藤君が好きなんです。僕と付き合ってもらえませんか?」

       * * * * *

「七条さん、七条さん、起きて下さい。」
肩を揺さぶられる感覚に目を開くとそこには心配そうな和希の顔があった。
「良かった。七条さん、こんな所で昼寝なんかしたら風邪をひきますよ。」
「ああ…気持ちが良かったのでつい寝てしまったようですね。」
「今日は良い天気ですからね。でも、もう気温はそれ程高くないので外での昼寝は危険ですよ。」
「そうですね。これからは気を付けます。」
「そうして下さい。」
和希はニッコリと笑って言った。
「七条さん、そろそろ寮に戻りませんか?」
「そうですね。」
そう言って立ち上がろうとした七条を和希は止めた。
「あっ…ちょっと待って下さい。」
「何か…」
続きを言おうとした唇は柔らかい和希の唇によって続きを止められた。
驚く七条に頬を染めた和希は言った。
「お誕生日おめでとうございます、七条さん。これからもよろしくお願いします。」
そんな和希に七条は今までに見たこともない笑顔で答えた。
「ありがとうございます。こちらこそこれからもよろしくお願いします。」






1週間遅れてしまったけれども、七条さん、おたんじょうびおめでとうございます。
あまりお誕生日とは関係のない話ですが、七条さんが和希への恋心を意識する話を書きたかったので書いてみました。
さて…
告白された和希はあの後何と答えたのでしょうか?
皆様で想像してみて下さいね。
                 2009/9/14