雨の日の出来事

「参ったなぁ…」
急に降り出した雨はすぐに激しい雨に変わってしまった。
サーバー棟を出る際に見上げた空が雲空だった為、傘を持たずに出てきた和希は寮に着く前にこの大雨に見舞われ 、サーバー棟と寮の中間位の所にある大きな木の下で雨宿りをしていた。
運が良いといえば、雨が降り出した時にこの木の近くを歩いていた事。
すぐに木の下に行ったのでほとんど濡れないで済んだのであった。
和希は空を見上げながら、
「通り雨だといいんだけどな。」
そう呟いた後、ふと数ヶ月前の事を思い出していた。

その日も今日と同じように大雨が降っていて、この木の下で雨宿りをしていた。
違っていたのはかなり濡れていた事だけだった。
ハンカチで濡れていた制服を拭いていた和希はその人物がすぐ側まで来ているのに気が付かなかった。
「こんな所で何をしている。」
「えっ?…な…中嶋さん?」
「何を驚いた顔をしている。」
「誰もいないと思っていたのに、急に現れて声を掛けられたら誰でも驚きます。」
驚いた顔をして言う和希を見て中嶋はフッと笑う。
その顔を見た和希はドキッとした。
それはまだ和希が中嶋に理事長と知られる前に時々見せていた笑顔で、和希は中嶋のその笑顔が好きだった。
けれども、理事長と知ってから中嶋の和希を見る目付きが変わってしまった。
それは和希の心に暗い影を落としたのだった。
次第に学生会室から和希は遠ざかって行った。
そうなって数週間が経っていた頃だった。
「中嶋さんこそ、こんな時間にどうしてこんな所に?」
「学生会の仕事だ。」
「王様は…聞くだけ無駄ですね。また、脱走しているんですか?」
「ああ。」
「仕方がないなぁ。やる気を出せば出来る人なのに、なかなかそのやる気が出ないんですよね。」
「今さらだ。それに今のところは丹羽無しでもなんの影響もない。」
そう言い切る中嶋はいつもの自信に満ちた顔をしていた。
離れてみて初めて分かる事もある。
自分がこんなにも中嶋の事が気になるとは思っていなかった。
中嶋の笑顔を見ただけで、こんなにも幸せな気分になれるなんて思わなかった。
そして、その思いが恋だとは和希は気付いていない。
気付いているのは中嶋だけだった。
「で…理事長様はこんな所で雨宿りか?」
「あっ…はい…」
ズキッと胸が痛む。
今ここにいるのは中嶋と和希だけだから理事長と呼ばれても差し支えない。
けれども…
痛む心を隠しながら和希は言った。
「中嶋さんこそ、いつまでここにいるんですか?早く帰らないと夕食を食べ損ねますよ。」
「お前はどうするんだ。」
「俺は…」
和希は中嶋から視線をずらすと、
「俺の事はどうでもいいでしょう。早く寮に戻って下さい。」
中嶋は黙ったままそっと手を伸ばし和希の頬に触れた。
触られた途端にビクッと震えた和希に、
「こんなに冷たくなっているじゃないか。このままでは風邪をひくぞ。」
「俺が風邪をひこうかどうか中嶋さんには関係ないでしょう。」
そう言った和希の肩を中嶋はグッと掴むと和希を自分の側に寄せた。
「行くぞ。」
それだけ言うと黙って歩き出した。
肩を捕まれているので、和希も仕方なく一緒に寮に向かって歩き出していた。

「こんな所で何をしているんだ、和希。」
「英明。」
空を見上げていた和希は嬉しそうに声のした方を振り向いた。
そこには呆れた顔をした中嶋がいた。
「ここで雨宿りをしていたんです。」
「傘はどうした?」
「傘がないから雨宿りをしているんです。」
中嶋はため息をつくと、
「今日の夜の降水確率は90%だ。傘位もって外を歩いたらどうだ。」
「だって…サーバー棟を出る時には降っていなかったので大丈夫だと思ったんです。」
「まったく…少しは学習したらどうだ。」
「そういう英明はこの時間まで1人で学生会の仕事ですか?」
「ああ。いつもの事だ。」
「遅くまでご苦労様です。」
「そういう和希も今まで仕事だったのだろう。」
「はい。でも、俺は社会人ですから仕方が無いです。」
和希は苦笑いをした。
そんな和希の頬を中嶋の綺麗な指が触れる。
「随分冷えているな。」
「そうですか?そんなに寒いとは感じてはないんですけどね。」
中嶋は和希の肩を掴むと自分の側に寄せた。
「帰るぞ。」
「傘に入れてくれるんですか?」
「風邪を引かれては困るからな。」
「俺はそんなに柔じゃありませんよ。」
「そうか?体力がなくてすぐにへたばるじゃないか。」
「なっ…」
和希の顔が赤く染まる。
「どうしてそういう話になるんですか?」
「体力がありそうに言うから事実を教えたまでだ。」
「事実って…あれは英明がしつこくするから…」
「俺は無理やりはしてはいない。お前が望むからそれに応えたまでだ。」
「もう…」
頬を膨らませた和希に、
「それとも、本当に体力があるというならその証拠を見せてもらおうか。」
「分かりました。でも、その前に夕食を食べてもいいですか?」
「ああ。」
「さっき、啓太からメールをもらったんですが、今日の夕食はハンバーグなんですよ。まだ、残っているといいなぁ。」
嬉しそうに和希はそう言った。

数ヶ月前と同じように急に降られた雨の為に、大きな木の下で雨宿りをしていた和希。
そこに通り掛かった中嶋の傘に入れてもらって寮に帰るのはあの時と同じ。
けれども、あの時と違うのは和希と中嶋が恋人になったという事だった。




恋人になる前と後で同じような状況を作ってみましたがいかがでしたでしょうか?
幸せな2人の様子を感じ取ってもらえたら嬉しいです。
いつもたくさんのコメントを下さるEさま(お名前を出していいのか分からなかったのでイニシャルで書かせてもらいました)
中和がお好きだと伺ったので、よろしかったらこの話をお持ち帰り下さい。
いつも元気をもらっているお礼です。
Eさま、これからもどうぞよろしくお願いします。
                   2010年11月8日