Bathrobe

「終わった…」
和希は糸を糸切りバサミで切ると満足そうに微笑んだ。
着る筈もない浴衣が二着そこには置いてある。
一つは深緑色の生地で、もう1つは紺色の生地で作ってある。
夏休みに入りすぐにここベルリバティスクールの近くで花火大会がある。
結構有名な花火大会らしく、毎年この花火大会が終わってから帰宅する生徒が殆どだった。
和希は花火大会会場には行った事はないが、毎年理事長室から花火を見ていた。

          * * *

今年は中嶋と一緒に花火を見たいと思った和希はある日中嶋にさり気なく聞いてみた。
「そういえば、もうじき花火大会ですね。」
「ああ、そうだな。」
「中嶋さんがここに来てから3回目ですね。」
「ああ。」
「毎年王様と会場に行って見てたんですか?」
「いや。ここで仕事をしていた。」
「えっ?学生会室でですか?」
「そうだ。別に花火大会だからとはしゃぐ歳でもないだろう。まあ、お祭り好きな丹羽は騒いでたがな。」
和希は胸がズキッと痛む。
もしかして中嶋さんは花火大会に興味がない?
和希は恐る恐る聞いてみた。
「それじゃ…仕事をしながらここで花火を見てたんですか?」
「興味がないので見てない。」
「…」
やっぱりなぁ…て和希は思った。
そんな和希に、
「和希は毎年どうしてたんだ?」
「俺ですか?仕事が忙しかったから理事長室の窓から見てましたよ。ここからでも綺麗に見えますよね。」
和希はそう言った後に、
「それじゃ、今年もここで仕事ですか?」
「ああ。」
「そうですか…俺も忙しいから理事長室で仕事かな…」
寂しそうに和希は答えた。

          * * *

本当は一緒に花火大会に行きませんかって言いたかったけれども、興味がないのに誘うのも迷惑だろうし、俺も仕事が溜まってるのでできれば仕事を優先した方がいいに決まってる。
そう思ってはいたが、本心は寂しくて…
もしかしたら行けるかもしれないと数日前から作り始めた浴衣を途中で止める事もできなくて…
未練がましい自分に呆れながらも、やっと今中嶋さんの分の浴衣が出来上がったのだ。
着るあてもない浴衣…
でも、それは色違いでお揃いで作った浴衣だった。
「俺って馬鹿だよな。着もしない浴衣を作るだなんて。」
和希はため息を付く。
「でも…いつか着る日が来るかもしれないし。その日まで大切にしまっておこう。」
そう言って浴衣をたたみ、風呂敷に包むと手芸部の部室を出て鍵をかける。


そのまま下駄箱に向った和希は下駄箱で中嶋に会う。
「今部活の帰りか?和希。」
「はい。中嶋さんもですか?」
「ああ。」
「それじゃ…一緒に帰ってもいいですか?」
「ああ。」
他愛も無い話をしながら歩いていると、
「和希、明日は空いているんだろうな。」
「はい?明日ですか?ええっと…はい。大丈夫ですけど、約束してましたっけ?」
和希は記憶をたどるが、特に身に覚えが無い。
不思議そうに尋ねる和希に、中嶋はにやりと笑いながら、
「花火大会に行きたいんだろう?」
「えっ…」
「行きたそうな顔で俺の予定を聞いてきたじゃないか。」
「あれは…」
「あれは何だ?」
和希は顔を赤くながら、
「ただ、中嶋さんは花火大会に行くのか知りたかっただけです。」
「フッ…素直じゃないな。」
「なっ…素直じゃないって…」
「俺と一緒に行きたいなら最初からそう言え。」
「別に行きたいだなんて…」
「それじゃ1つ聞くがその手に大事そうに抱えているのは何だ?」
「これは…」
和希は困ったふうに包みをギュッと抱き締める。
そんな和希の頭を中嶋は優しく撫でると、
「明日はそれを着て一緒に花火大会に行ってやる。」
「いいんですか?」
和希の目から涙が零れる。
「ああ。だから今度からは素直に思った事を言え。いいな。」
「…いいんですか?俺、結構我侭ですよ?」
「構わない。お前の我侭なんていくらでも聞いてやるさ。」
答える代わりにそっと触れるだけのキスを中嶋にする和希。
真っ赤になりながら、
「明日が楽しみです。」
ふわりと微笑む和希だった。




付き合い始めたばかりの話です。
中嶋さんにまだ素直に甘えられない和希。
一緒に花火大会に行きたくておそろいの浴衣まで作ったのに、何も言えません。
でも、そんな和希の気持ちなんて解っている中嶋さんは一緒に花火大会に行こうと誘ってくれます。
なかなか素直になれない和希ですが、早く素直に中嶋さんに甘えられる日が来るといいですね。
               2008年7月21日