Bean&Bear

「豆まき…ですか?」
「ああ。明日は節分だろう。俺の部屋で一緒にやらないか?」
和希は少しだけ考えた後に、
「実は俺…豆まきってやった事がないんです。王様教えてくれますか?」
恥ずかしそうに頬を赤く染めて和希は丹羽を見つめた。
その姿が可愛らしくて思わず抱き締めたくなった丹羽だったが、ここは食堂。
そんな事をすれば、たちまち和希の機嫌が悪くなり『明日は仕事が忙しいので無理です』と言うに決まっている。
丹羽は抱き締めたい衝動をグッと抑えて、
「任せておけ。俺が手取り足取り教えてやるからな。」
「ありがとうございます。俺、嬉しいです。」
ぱぁ〜と明るい笑顔を見せた和希を丹羽は嬉しそうに見つめていた。


本当は寮で豆まき大会をする予定だった。
しかし、現寮長から許可が出なかったのだ。
許可が出なかったのは去年の豆まき大会のせいだった。
盛大にやったのはいいが、掃除をきちんとしなかったのであちらこちらに豆が大量に落ちていて大変な事になったのである。
仕方が無いので今年は中止になったのだ。
しかも、既に学生会の引継ぎも終わっているので丹羽にそんな権限はないはずなのだ。
だが、そこは元学生会会長の丹羽哲也。
彼が一言やると言えば、現学生会メンバーはフル活動するのであった。
現寮長の許可がもう少しで取れそうな時、旧寮長の篠宮の登場により豆まき大会は出来なくなってしまったのだ。
学生会にしても寮長にしても前学生会会長、前寮長の力は凄く未だに健在であった。


和希が今夜自分の部屋に来てくれるので、丹羽は朝から浮かれていた。
丹羽の受験が近いのと、和希の仕事が忙しいのとが重なって最近は滅多に2人で過ごす事がなかった。
さらに丹羽達3年生は1月に入るとすぐに自由登校になったので、学園で丹羽と和希は会う事は殆どない。
会うと言えば、寮に朝食の時くらいであった。
それも和希の仕事が忙しいと和希はギリギリまで寝ているので、朝食を取りにこないので会う事もできなかった。
『明日は仕事を早く終わらせますね。久しぶりに一緒に夕食を取ってから王様の部屋に行ってもいいですか?』
昨日和希は丹羽にそう言った。
だから何日かぶりに一緒に夜をゆっくりと過ごせるかと思うと丹羽は嬉しくて仕方がなかった。
豆まきも楽しみだが、久しぶりに和希に触れられるのも嬉しかった。
いくら受験生でもやはり年頃なので、何日もお預けにされるのは正直辛い丹羽であった。


“コンコン”
丹羽の部屋を規則正しくノックする音。
丹羽はドアを開けると嬉しそうに微笑んだ。
「もう、仕事はいいのか?」
「はい。昨日の夜頑張ったから大丈夫です。それよりもお腹空きませんか?ご飯食べに行きましょう。」
「ああ。もう腹が空いて和希が来るのが待ちどうしかったんだぜ。今日は節分だから何か変わったメニューがあるといいな。」
「そうですね。」
楽しそうに話ながら食堂に向かう丹羽と和希だった。


「楽しかったですね。」
和希は丹羽の部屋で嬉しそうに言った。
久しぶりに寮の夕食を食べた和希。
ちょうど、啓太と中嶋がいたので4人で夕食を食べた。
ゆっくりとお喋りしながらの食事も和希にとっては本当に久しぶりでとても楽しいひと時を過ごしたのだった。
「和希も今日は良く食べていたな。最近食が細くて気にしてたんだぜ。」
「ごめんなさい。仕事が忙しいとつい食欲がなくなっちゃって…」
「気持ちは解るが、飯くらいはちゃんと取れよ。もう少ししたら俺はここから居なくなるんだからな。」
「…はい…」
寂しそうに和希は頷いた。
気にしないようにしていても、もうすぐ丹羽がここからいなくなる日が来る。
別にここからいなくなるだけで別れるわけではない。
けれども、今までみたいに気軽に会う事ができなくなると思うと和希は寂しさを感じていた。


「さてと…それじゃ豆まきをやるか?」
「はい!」
元気に返事をする和希。
丹羽は豆の袋を破くと升の中に豆を入れる。
「いいか、和希。こうやって豆を一掴みして部屋の中に向かって“福は内”窓の外に向かって“鬼は外”って言って豆を投げるんだ。解った…」
「哲也!!」
丹羽がそこまで言った時、いきなり和希が怒鳴った。
丹羽はびっくりして、
「どうしたんだ、和希?」
「どうしたんじゃありません。どうしてこんな酷い事をするんですか?」
「はぁ?」
唖然とする丹羽を睨む和希。
その胸にはクマのぬいぐるみが抱き締められていた。


「和希?」
「酷いじゃないですか?どうしてクマちゃんに向かって豆を投げるんですか?クマちゃんに豆が当たったじゃないですか!」
「くまに豆が?」
丹羽は涙を溜めている和希を見て呆然とした。
先程、和希に豆まきを教える時に投げた豆が偶々くまのぬいぐるみに当たったのだった。
和希はすっかりご機嫌を損ねてしまい、
「俺もう部屋に帰ります!豆まきなんてもうしません!」
そう言うとくまのぬいぐるみを大事そうに抱えて丹羽の部屋を出ようとした。
丹羽は慌てて和希の腕を掴むと、
「そりゃ、ないだろう?折角一緒に豆まきをしよと思ってたのによう。」
「知りません。クマちゃんを危ない目を合わせる豆まきなんて俺はしません。哲也1人でしたらいいでしょう。」
「1人でって。俺1人でしてどうするんだよ。和希とやるから意味があるんだろう?」
「そんなの哲也の勝手でしょう?とにかく俺はこのクマちゃんと俺の部屋に帰ります。」


和希がこう言い出すとテコでも動かない事を丹羽は知っていた。
こうなったらあの手しかなかった。
丹羽は頭を下げ、
「ごめん、和希。今度からくまには当てないようにやるから帰らないで下さい。」
和希は突然頭を下げた丹羽を困った顔で見ていた。
丹羽に謝られると自分が悪い事をしたみたいで、すぐに許してしまうからだ。
和希は渋々と、
「もう2度とクマちゃんに豆を当てませんか?」
「ああ。もう2度としない。」
「なら…」
和希は視線を下にずらすと、
「クマちゃんに謝ってくれるんなら許します…」
真っ赤な顔をして和希はそう言った。
和希だって解っているのだ。
自分が大人げないのに…
けれども、大好きなクマが関わっているとどうしてもムキになってしまうのだった。
「ああ。悪かったな、くま。」
丹羽は和希の胸の中にいるくまのぬいぐるみの頭を撫でながら謝った。


そんな丹羽に和希は微笑むと、
「それじゃ、今度こそ一緒に豆まきをしましょうね。俺、哲也と一緒にできると思って凄く楽しみにしていたんですからね。」
「俺もだ。じゃ、一緒に投げるか。」
「はい。」
丹羽と和希は一緒に升を持つと仲よく『鬼は外、福は内』と叫びながら豆まきをしたのだった。






節分の話でした。
なぜ王様の部屋にくまのぬいぐるみがあるかというと、和希がプレゼントをしたからです。
もちろんくまのぬいぐるみは和希の手作りです。
豆がくまのぬいぐるみに当たっただけで和希はご機嫌を損ねてしまいました。
そんな子供っぽい表情を見せる和希は凄く可愛いなぁと思います。
でもきっとその顔は王様限定だと思ってます。
王様がちょっぴり羨ましいです。
                 2009/2/2