Be Not Enough

『和希、忙しいとは思うけど今日学生会室に来れないか?王様が大変なんだ。』
こんなメールが啓太から届いた。
理事長室でそのメールを見た和希はガタッと立ち上がった。
「和希様?」
石塚が驚いて和希の方を向いた。
「悪い、石塚。1時間だけ席を外す。」
和希はそう言いながらスーツから制服に着替え始めた。
何事かとは思ったが、有能な秘書は余計な事は聞かずにニッコリと笑って、
「分かりました。スケジュールの調整をしておきます。多少遅くなっても構いませんのでお気を付けて行ってらして下さい。」
「いつも済まないな、石塚。後は頼む。」
そう言うと急いで理事長室から出て行った。

ノックもせずに学生会室のドアを開けた和希に中にいた丹羽、啓太は驚いた顔をした。
息を乱しながら中に入って来た和希に啓太は急いで側に寄った。
「和希、来てくれたんだ。」
「け…啓太…いったい…何が…あったんだ…」
まだ整わない呼吸のまま、和希は啓太に聞いた。
「ごめんね、和希。忙しいのに来てもらって。」
「それは…いいんだ…で…どうしたんだ…」
啓太はチラッと丹羽を見た。
丹羽はまだ驚いた顔をしているが、その顔はどこか嬉しそうだった。

「あのね…」 啓太は和希を部屋の端に連れて行き、小声で言った。
「王様が和希不足で仕事が進まないって言うんだ。」
「はい?」
和希は怪訝そうな顔をした。
『和希不足』って何なんだ?
そんな和希に啓太は続きを言った。
「最近雨ばかりだろう。王様、中嶋さんに捕まって仕事をさせられてるんだけど、最初の2日は頑張って仕事をしてたんだけど、後が続かないんだ。」
それは…容易に想像できると和希は思った。
「でね、中嶋さんが怒ったら『和希不足で仕事ができねえ!』って言ったんだって。」
「…何それ…」

呆れを含んだ声で聞く和希に啓太は苦笑いをしながら、
「だから!最近和希、仕事が忙しくて王様と一緒にいれないだろう?だから王様は和希不足なんだって。」
「…」
和希は何も言えなかった。
仕事ができない理由を自分のせいにされるとは思わなかった。
「でも、和希が来てくれて助かったよ。これで少しは王様仕事が出来るようになるからさ。」
嬉しそうに言う啓太に、
「いや…俺後30分程で戻らないといけないから。」
「なら、急いで王様との交流を深めないとね。」
「交流って…啓太、お前何考えているんだ?」
「ん?言葉の通りだよ。俺、中嶋さんの手伝いをしに図書館に行ってくるから王様が逃げ出さないように見張っててね。」
啓太はそう言うと学生会室から出て行った。

和希は啓太が出て行ったドアを暫く見つめた後、ため息を1つ付くと丹羽の方に歩いて行った。
「王様、最近忙しくてごめんなさい。」
「いや、こうして和希が会いに来てくれて嬉しいぜ。」
丹羽は嬉しそうに笑う。
「でも、後30分したら戻らないといけないんです。」
「相変わらず忙しそうだな。」
「はい。でも…俺、少しでも王様に会いたかったから来ちゃいました。」
和希は微笑んでそう言った。

そんな和希に丹羽はこっちに来いと手招きする。
和希は言われるままに丹羽の側に行くと手を引っ張られ、会長席に座っている丹羽の膝の上に座らされた。
途端に真っ赤な顔になる和希。
「お…下ろして下さい、王様。」
「嫌だ。」
「嫌だって…」
「後30分しかいられねえんだろう。ならその間、俺の膝の上にいろ。」
「でも…恥ずかしいです…」
「誰もいないからいいだろう?」
「でも、啓太と中嶋さんが帰ってきますよ?」
「当分帰ってなんて来ねえよ。」
「…」

啓太と中嶋が当分戻らないと和希も思っていた。
でも、この姿勢は恥ずかしいよな…と和希は思う。
けれども、嬉しそうな顔をしている丹羽を見るともう暫くこのままでいてもいいかな?と思えてくる。
和希だって丹羽と触れ合えないのは寂しいのだ。
だから、このまま甘えてしまおうと思った。
「相変わらず王様は強引ですね。」
「こんな俺は嫌か?」
和希は首を振る。
「いいえ。どんな王様でも大好きです。今日はお仕事を頑張ってくれているご褒美にサーバー棟に戻るまでこうしていますからね。」
丹羽の頬に触れるだけのキスを落として和希は言った。

和希のキスに丹羽は幸せそうな顔をしながら、
「時間が来るまでずっとキスをしていてもいいか?」
「仕方ない人ですね。そうですね…この後、真面目に仕事をするんならいいですよ。」
「分かった!真面目に書類を片付けるからな。」
「はい。頑張って下さいね。」
ニッコリと笑った和希の唇に丹羽は己の唇を重ねた。




雨の日の出来事でした。
梅雨入りしたので何か雨に関する話を書きたいと思いました。
王様が『和希不足』と言う所が可愛かったです。
残り30分王様からキスをされた和希。
サーバー棟に無事に戻れたか密かに気になっています(笑)
              2009/6/15