CATCH A COLD

“ガサゴソ ガサゴソ”
「あれ?おかしいな?確かここにあったと思ったのに…」
引き出しの中をかき回しながら和希はそう言った。
その時、ガチャという音と共に理事長室のドアが開き石塚が入って来た。
「和希様?こんな時間にいかがなさったのですか?」
「今の時間は自習なんだ。それでちょっと…」
「自習ですか?それでは仕事をしにここへ来たんですか?」
「いや…ちょっとね…」
「何かお探し物でもございますか?」
和希は少し困った顔をしながら、
「その…風邪薬をね…確かこの引き出しに入っていると思ったんだが。」
「風邪薬ですか?それでしたらこちらの引き出しにございますが。和希様お風邪を召したのですか?」
「うっ…えっと…その…」
「和希様?」
和希は顔を赤くして答える。
「哲也が…いや丹羽君が風邪を引いてね。それで薬を飲ませようと思ったんだ。」
「丹羽君がですか?しかし彼でしたら保健室へ行かれたら薬を貰えると思いますが。わざわざ和希様がご用意なさらなくても大丈夫だと思いますよ。」
「うん。それは解ってるんだ。でもいくら言っても保健室へ行ってくれないんだ。“風邪だったら上手い物食って、寝れば直る”って言って。」
本当はもう少しとんでも無い事を言ったんだけどね、さすがにこれは石塚には言えないや…と和希は心の中で思った。


「哲也。もういい加減に仕事を止めて保健室に行った方がいいよ。」
「ゴホッゴホッ。駄目だ。この書類を片付けないとヒデの奴に何をされるか解らない。ゲホッ。」
「風邪を引いてるんだから、いくら何でも今日ぐらいは中嶋さんだって勘弁してくれるよ。俺から中嶋さんにお願いしておくから、今日はもう帰って寝た方がいいよ。」
「和希、ゴホッ、心配してくれるのか?」
「もう、当たり前だろう。何言ってるんだよ。さぁ、一緒に保健室へ行こう。」
「保健室には行かない。ゴホッ」
「何で?そんなに咳き込んでいるのに。迅さんに看て貰って薬を貰わなくちゃ駄目だよ。」
「風邪だったら上手い物を食って、寝れば直る。ゴホッゴホッ。」
「言ってる側からそんなに咳き込んで。」
「後はな…和希が協力してくれたらゲホッ、一発で直るぜ。」
「一発で?そんな方法があるの?」
「協力してくれるか?ゴホッ。」
「それで哲也が直るんだったらいいよ。」
「ゴホッゴホッ、本当か?」
「うん。早く直って欲しいからね。で、何をすればいいんだ?」
「ほら、ゲホッ、汗を掻くと早く直ると言うだろう。」
「そう言えば…」
「なぁ、ゲホッ、和希しようぜ。」
「はぁ?何を?」
「だから、ゴホッゴホッ。」
丹羽はそう言うと手招きする。
丹羽が何を考えているかよく解らない和希は、素直に側に行くといきなり腕を引っ張られ、キスをされる。
そんな丹羽を和希は思いっ切り突き飛ばすと、
「な…何を考えてるんだよ、この病人が!!」
ふて腐れて丹羽は言う。
「なんだよう、ゲホッ。協力してくれるって言ったじゃないかよ、ゴホッ。」
「確かに言いましたよ。だからってなんでキスするんですか?」
「運動して汗掻きゃ、ゴホッゴホッ、一発で直るって。」
和希は側にあったファイルを掴むとそれで丹羽を叩く。
「哲也の馬鹿!!!」
真っ赤になって怒る和希に丹羽も言い返す。
「俺に、ゴホッゴホッ、直って欲しくないのかよ!」
「直らなくていいよ!一生風邪を引いてろ!!」
そう叫ぶと学生会室を出て行った。
それが昨日の放課後の事。
それ以来、和希は丹羽に会っていない。
昨日はさすがに怒っていて丹羽の顔など見たくはなかったが、さすがに一晩も経つと心配になってきた。
まぁ、あんな事を考えられるんだから(だからってあんなに咳き込んでるのに出来るわけないのに)大丈夫だとは思うけれども、一応風邪薬くらいは恋人には届けてあげたい…そう思う和希だった。


「和希様?」
和希はハッとする。
「何だ?石塚。」
「丹羽君の風邪の表情はどんな感じなのでしょうか?」
「咳が酷いんだ。熱は微熱かな。」
「それでしたら、こちらの咳止め配合の風邪薬がよろしいかと思いますが。」
「そうか。ありがとう、石塚。」
「いえ、丹羽君にはお大事にとお伝え下さいね。」
「ああ。それじゃ、俺は学園に戻るから。放課後にまた来る。」
「はい、お待ち申しております。」
嬉しそうに風邪薬を抱えて帰る和希を見送ってから、石塚はスケジュールを見る。
「あの様子では確実に丹羽君の風邪を貰ってきますね。今のうちにスケジュールを調整しておかないと。」
そう言うと石塚はスケジュールの調整を始めた。


「和希、風邪薬見つかった?」
教室に戻った和希に啓太は声を掛ける。
「ああ、咳止め配合の風邪薬があったよ。俺、昼休みに王様に届けてくるよ。」
嬉しそうに話す和希に啓太はちょっと暗い顔をする。
「あのね、和希。」
「うん?何だ?啓太。」
言いずらそうに啓太は言う。
「さっき中嶋さんから聞いたんだけど、王様って薬嫌いなんだって。」
「えっ?」
「だから多分和希が渡しても飲まないと思う…って中嶋さんが言ってたよ。」
「いくら嫌いだって、あんなに咳き込んでいるのに?」
「うん。今日なんてマスクして授業に出てるんだって。」
「まったく…それだったら、大人しく寝てればいいのに。」
「王様本人は寝込む程具合が悪いとは思ってないみたいなんだ。実は俺、今中嶋さんから学生会室の立ち入りを禁止されてるんだ。王様の風邪が移るとまずいからってさ。」
「確かに。あの咳じゃなぁ。中嶋さんの気持ち、俺良く解るぜ。」 「和希までそんな事言って。もう、二人して俺に過保護だよ。」
「そうか?でも、そうなるとどうやって薬を飲ませるかだな。」
「うん…それでね。中嶋さんが言うには、その…」
「その?」
「え〜と…」
「何顔赤くしてるんだ?啓太。」 少し赤い顔になった啓太に不思議そうに和希は聞く。
「…口移しなら飲むだろうって…」
「なっ…」
今度は和希の顔が赤くなる。
「何考えてるんだよ!」
「言ったの俺じゃないよ、中嶋さんだよ。和希怒らないでよ。」
「やっ…別に怒ってる訳じゃないよ。」
「本当に?でも俺もその案どうかな…って思ったんだ。他の物ならいいけど、薬って溶けるだろう?難しいよな。」
「ま…まあな…」
啓太詳しいな。もしかしたら中嶋さんとした事あるのか?あり得るよな、なんたってあの中嶋さんだし。でも俺王様とした事ないからな、って言うかそんな事恥ずかしくてできるはずないじゃないか…和希は心の中で思った。
「何か他の方法を考えてみるよ。」
「うん。俺も考えてみるから。」


そして昼休み。
早めに啓太と昼食を取った和希は、丹羽を探しに中庭に来ていた。
そしてようやくベンチに座ってる丹羽を見つけた。
「王様、ここにいたんですか?随分と探したんですよ。」
「和希?」
和希の声で振り向いた丹羽は嬉しそうに笑った。
「王様、昨日はごめんなさい。風邪の具合、いかかですか?」
「おう、大丈夫だ、ゲホッ。」
「でもマスクしてますよね?」
「これは、周りに悪いと思ってよ、ゲホッゲホッ。」
「優しいんですね、王様って。」
「へっ?」
「そんな優しい王様にご褒美です。マスク、外して貰えませんか?」
「なんでだよ、ゴホッ。」
「だって、それじゃ、ご褒美のキスあげられませんよ。」
「キ…キス?」
「そうです。ねえ王様、マスク外してくれますよね。」
ジッと上目遣いで丹羽を見つめる和希。
照れくさそうに丹羽はマスクを外す。
「ゴホッ、これでいいか?」
「はい。」
と言うと、ポイッと丹羽の口の中にカプセルの風邪薬を放り込み、急いでミネラルウオーターを口に含むと、和希は丹羽に口付けをして丹羽の口の中にミネラルウオーターを流し込んだ。
いきなりの出来事に何が何だか解らない丹羽はそのままゴクリとミネラルウオーターと共に風邪薬を飲み込んだ。
それを確認した和希は丹羽から唇を離す。
「和希!お前、ゲホッ、今俺に何を飲ませた、ゲホッ。」
「何って、風邪薬を飲ませました。」
「なっ…」
にこやかに答える和希に丹羽は唖然とする。
「だって、こうでもしなかったら王様いつまでも風邪薬を飲まないじゃないですか。」
「そんな物飲まなくたって、ゴホッゴホッ、気力で治る!」
「もう、そんな事ばっかり言って。」
和希は丹羽の側に行くと耳元で囁いた。
「俺だってしたいの我慢してるんですよ。だから早く治して俺の事抱いて下さいね。」
それだけ言うと和希は教室に向かって走り出した。
一人残った丹羽は顔を赤くしていた。
「何なんだよ。普段だったらあんな可愛い事絶対に言わない癖に、ゴホッ、どうして今日に限って言うんだよ。ゴホッゴホッ、ったくよぅ、治ったら覚えておけよ。ゴホッ、いくら嫌だって鳴いて頼まれたって、止めないくらいしてやるからな。覚悟しとけよ、和希、ゴホッゴホッ。」




王様の風邪のお話でした。
もしも王様が薬嫌いだったら…と想像して書いてみました。
色々考えた和希でしたが、結局いい案が浮かばずに中嶋氏の助言どうりに口移しで薬を飲ませました。
平静にしていましたが、内心ではもの凄く恥ずかしくて走り出した時にはきっと真っ赤な顔をしていたはずです。
風邪薬は一回飲んで効く物じゃありません。
この後はどうやって飲ませたのでしょうか?