Cherry blossoms

「お花見ですか?」
『おお。来週でも和希の都合の良い日にやりたいんだ。いつが空いてるんだ?』
「え〜と…」
丹羽からのお花見のお誘いの電話。
先日卒業した丹羽は実家から大学に通う事になった。
まだバイトも決めてないので、毎日ヒマらしいが、和希は毎日忙しい。
やっと来た春休みは、今までできなかった分の仕事が山の様にあり、さすがの和希も毎日ハードな日々を送っている。
毎年春は忙しいのだ。
今年はただでさえ、学生をしていたので時間が足りないのは良く解っていた。
石塚や岡田がかなり頑張ってくれたおかげで、何とかなってはいたがいつまでも彼らに頼ってばかりはいられない。
それでも、今月は1回丹羽に会う為に時間を作ったのだ。
おかげで、素敵なホワイトデーを過ごせた。
幸せだったけれども、暴走した丹羽のおかげで土曜日はおろか日曜日まで仕事を休む羽目になってしまった。
丹羽と一緒にいれて幸せだったんだけれども…和希はため息をつく。
その代償が高いと言ったら丹羽は怒るだろうか?
2日分の休みはそうとう仕事に影響し、もう当分休みなんて取れそうも無い。


「あの…哲也…俺今仕事がかなり忙しくて時間が取れないと思うんだ。ごめんなさい。」
『少しでも無理か?』
丹羽は諦めずに説得し始めた。
「学園島から出るのは無理なんです。」
『なら、大丈夫だ。花見の場所は学園の中だからな。』
「えっ…?」
学園の中?
だってに哲也はもう卒業したんだよ?
簡単にここには来れない筈だ。
そう思っている和希の気持ちが通じたのか、
『和希、今卒業した俺がどうして学園に来れるかって思っただろう?』
「だって…」
『お前理事長のくせに抜けてるなあ。』
「なんだよ、それ?」
少しむくれて和希は言う。
『だってよう、3月31日までは俺ら3年生はベルリバティスクールの生徒なんだぜ?申告すれば、学園島に入れるんだぜ。』


ああ…なるほど…言われてみればそうだ。
でも、そうなると制服姿っで来なきゃいけないのを解ってるのかな?
「そっか。少しでいいなら一緒にお花見できるよ。どうせなら中嶋さんや篠宮さん、岩井さんも呼んじゃえば?」
『もちろんさ。すでに連絡済みだ。』
自信満々に言う丹羽に、和希は笑って答える。
「さすがだね、哲也は。元学生会会長の名はだてじゃないって事だね。」
『ああ?それってどういう意味だ?』
「うん?そのまんまだよ?」
『何か引っかかるけどまあいいか。それからもちろん啓太に郁ちゃん、七条に成瀬、サルも来るからな。』
和希はクスリと笑う。
「いつものメンバーだね。」
『ああ、そうだ。いつものメンバーには和希、お前も入ってるの忘れるなよ?』
「えっ…?」
その一言はとても嬉しかった。
だって俺もメンバーの1人だって言ってもらったんだから。
そんな風にメンバーだとか仲間だなんて言葉は、今まで和希の中には無かったものだから凄く嬉しかった。


だから、つい張り切ってしまおうと思ったんだ。
「哲也、いつでもいいよ?その日を空けるから。」
『そうか?なら来週の月曜日でいいか?その日なら皆都合が良いって言ってたからさ。』
「うん!解った!長い時間は無理だけど、必ず顔を出すからね。時間と場所が決まったらメールくれる?」
『解った!じゃまたな。会える日を楽しみにしてるぜ。』
「俺も…哲也…」
『うん?何だ?』
「あのね…大好きだからね…」
多分真っ赤な顔をして言ってるであろう和希を想像して丹羽は嬉しそうに言う。
『俺もだ。愛してるぜ、和希。』
「馬鹿…恥ずかしいだろう…」
『いいじゃねえか。』
「もう…知らない!」
プンと拗ねた顔が目に浮かぶ。
丹羽は笑いながら、一言だけ言うと電話を切った。
和希は更に真っ赤な顔になっていた。
丹羽が最後に言った言葉は…和希、その顔を今は石塚さん達に見せるなよ。お前の顔、きっと色っぽいからさ…

そうして迎えたお花見の日は、凄くいい天気だった。
まさにお花見日和だ。
でも…和希は理事長室で仕事をしていた。
和希はため息をついた。
「結構頑張ったつもりなんだけどな…」
摘みあがった書類を眺めながら和希は数ヶ月前の哲也の姿を思い出す。
やってもやっても終わらない仕事は、哲也ではないが逃げ出したくなる。
哲也もこんな気持ちだったのかな…と思いながら和希は笑っていた。
いや、違うな、哲也は仕事をサボって書類を溜めたんだ。
俺とは違う。
和希はそう思ったが、実は数日前に2日も仕事をサボった結果こうなった事に記憶すらなかった。


「和希様、そろそろお出かけにならなくていいのですか?」
石塚の声で顔を上げる和希。
時計をチラッと見ながら、
「う〜ん、もう少し片付けたら行くよ。」
「しかし、卒業した皆様にお会いするのは久しぶりでしょう?ここは私達に任せてどうぞ楽しんでらして下さい。」
「ありがとう、石塚。それじゃ、お言葉に甘えようかな?」
「はい。今夜はもうお戻りになられませんね。」
ニコッと微笑みながら言う石塚に、和希は真っ赤になりながら答える。
「い…石塚…」
「何ですか?和希様?」
あくまでも、冷静に言う石塚に、
「それって…お前…言ってる意味解ってるのか?」
「もちろんですよ。さあ、丹羽君がお待ちかねですよ。」
「えっ…」


石塚は微笑みながら理事長室の扉を開けると、そこには丹羽が立っていた。
「哲也…」
「おお…遅いからさ。迎えに来ちまった。」
照れくさそうに言う丹羽に、石塚は優しく言った。
「和希様はお幸せですね。」
「石塚…」
「今日の仕事はもう終わりです。でも、明日はお休みはしないで下さいね。丹羽君、その辺はきちんとご理解下さいね。」
微笑んでいるが、目は笑ってない石塚に、丹羽は怯みながら、
「はい。明日は遅刻もさせません。」
「よろしい。それでは和希様の事を頼みましたよ、丹羽君。」
「はい、お預かりします。」
和希を無視して交わされる会話。
石塚…君はいつから俺の保護者になったんだ?
哲也…いつの間に石塚とそんなに親しくなったんだ?しかもお預かりしますって…
膨らむ疑問は置いてきぼりにされ、いつの間にか丹羽の手で制服姿になっていた。
慣れって怖いな…
無意識に丹羽に着替えさせられてるのに慣れているので、抵抗も無く着替えさせられてるんから。
笑顔の石塚に見送られて和希と丹羽は理事長室を後にした。


待ち合わせ場所に向いながら和希は言った。
「哲也、わざわざ迎えに来なくても良かったのに。俺ってそんなに信用無い?」
「いや、そうじゃない。」
「なら、何で?」
不思議そうに聞く和希に、丹羽は頭をガシガシ掻きながら、
「いや、和希を迎えに行って来いってヒデと啓太に言われてな。」
「えっ?啓太と中嶋さんに?」
「ああ、俺がそわそわしているのが鬱陶しいってヒデが言うもんだからさ。」
「ふ〜ん。」
和希は嬉しそうに言うと、丹羽の腕に自分の手を絡ませた。
驚く丹羽に和希は最高の笑顔を見せる。
「哲也、大好き!」
「お…お前…こんな所で何言ってるんだ?」
「えっ?だって誰もいないじゃないか。偶にはいいだろう、こういうのも。」
「ったく…俺も好きだぜ和希。」
和希の額にそっと触れるだけのキスをする。
嬉しそうに微笑む和希。
そのまま黙って歩いて行くと、皆の姿が見えた。


「あっ!やっと来た!和希〜!こっち、こっち!!」
「啓太!待たせたな!」
「遅いぞ、丹羽。」
「へーへー、悪かったよ、ヒデ。」
「相変わらず忙しそうだな、遠藤。」
「無理はなさってませんね、遠藤君。」
「はい。西園寺さん、七条さん。」
「家の用事は忙しいのか、遠藤?だが、約束の時間くらいは守れないとこれから先困るぞ?」
「篠宮…その辺にしとかないか?」
「何を言う、卓人。俺は遠藤の為を思ってだな。」
「しかし、篠宮はもう寮長ではないのだから…」
「だからだ。俺が寮長の間は何とか遠藤を庇ってきたが、今度からはそうは行かないだろう。」
「それは…解るが…」
永遠に続きそうな篠宮と岩井の会話に皆は苦笑いをする。
「それよりも、もう食べた方がええんじゃないんですか?俺、もう腹ペコや。」
「そうだな。俊介の言う通りだ。今日のお弁当は僕と篠宮さんとで作ったんですよ。沢山あるからいっぱい食べて下さいね。」
「わー、成瀬さんと篠宮さんのお手製ですか?やったな、和希。」
「うん!どれも美味しそうだから迷っちゃうよな。啓太はどれにする?」
嬉しそうにお重箱を覗く1年生コンビに周りも笑顔がこぼれる。
満開の桜の下、楽しい一時が訪れようとしていた。






桜が満開の季節です。
桜といえばやっぱりお花見ですよね!
王様と和希の2人っきりのお花見もいいと思ったんですが、やっぱり皆で騒ぎながらのお花見がいいなぁと思ってこうなりました。
和希にとって初めてのお花見です。
楽しい思い出が沢山作れますように願ってます。
            2008/3/31