Choco&Present

2月にしては、暖かい日だった。
本日最後の授業中、和希は1人考え事をしていた。
2月14日まで後1週間。
和希が丹羽と付き合って初めて迎えるバレンタインデー。
やっぱりチョコを渡すべきなのだろうか?
渡すチョコは市販の美味しいもの?それとも手作りチョコ?
その前に14日は仕事を休みにしておかなければならない。
少しきついけど、スケジュールを詰めれば何とか大丈夫だろう。
後で石塚にその件を伝えておかないと。
などと、授業そっちのけで考えに没頭していた和希。


「か〜ず〜き〜」
突然顔を覗き込んで啓太が声を掛けてきた。
驚く和希。
「け…啓太?驚かせるなよ。」
「何が驚かせるなだよ。和希授業中ず〜と考え事してただろう?先生に気付かれないかと、俺ひやひやしてたんだぞ」
少し膨れて答える啓太に、和希は素直に謝る。
「心配してくれたのか?」
「当たり前だろう。」
和希は啓太に抱きついて、
「ありがとう、啓太。やっぱりいいもんだな、親友って。」
「何言ってるんだよ、今更。それより何か悩み事か?」
和希の背中を軽くポンポンと叩きながら啓太は聞く。
暫くしてから和希は啓太を抱く手を緩めて啓太に向かって話し出した。
「う…ん。もうじきバレンタインデーだろう?どうしようかと思って考えてたんだ。」
「そうだね。もう来週だもんね。」
「啓太はどうするんだ?」
「俺?俺は…」


顔を赤らめて啓太は答えた。
「中嶋さんとバレンタインデートするんだ。外泊届けを出して。」
「えっ?外泊届けって。バレンタインデーって確か木曜日だろう?次の日学校があるんだぞ?」
「解ってるよ。ちゃんと間に合う様に帰ってくるよ。でも、もし遅刻したらその時は和希、頼むな。」
嬉しそうに笑って言う啓太の笑顔に、和希もつられて笑っていた。
「仕方ないな…どうせ間に合ったって、その日は勉強に身が入らないだろうから、その日のノートは俺が全部取っといてやるよ。」
「本当?ありがとう和希。」
助かったというか顔をする啓太。
「ところで、和希はどうするんだ、バレンタインデー?」
「うん…今、考え中。」
「そっか、早く決まるといいね。あっ!和希、俺凄い事思い出しちゃった!」
「凄い事?何だよ?」
「中嶋さんが、15日までに終わらせるようにって、今日仕事のノルマを王様に渡すって言ってたんだ。」
「15日までに?何でだ?」
「ほら、14日は中嶋さんは俺と出掛けるから学生会の仕事を手伝えないだろう?だからできたら前倒しで進めたいんだけど、まずそれは不可能だからって言って、いない日の分を含めた仕事を今日渡すんだって。」
「そうか…」
和希はため息を付く。
何だって今だに学生会の仕事がそんなに残ってるんだよ、まったくこれも全て哲也がサボっていたせいなんだろうけど、まだ終わってないなんて…和希は頭を抱えたくなってしまった。
「いったい、いつになったら終わるんだろうな、学生会の仕事。」
そう呟く和希に啓太は苦笑いしながら、
「それ、同じ事中嶋さんも言ってたよ。“俺は卒業式の前日まで丹羽のお守りは御免だ”って。」
「はは…」
和希は引きつった笑いをした。
本当に、中嶋さんの言う通り卒業式の前日までやっていそうな気がしてきた。
勘弁して欲しい…真剣にそう思った和希だった。


「和希、バレンタインデーの日、王様とゆっくりと過ごしたいなら今から王様に話しておいた方がよくないか?」
「うん、そうだな。俺、会議室に言ってくるよ。」
そう言って立ち上がった和希に、啓太は手を振りながら、
「健闘を祈ってるよ!」
そう言って送り出してくれた。


学生会室はもう新学生会役員が使っている為、丹羽はいつも会議室を使って仕事をしていた。
そこに和希は向かいながら、色々と考えていた。
啓太と中嶋さんの様に学園の外で迎えるバレンタインデーもいいよな。
でも、ここで迎えるバレンタインデーは最初で最後だから、和希としては寮で迎えたかった。
クリスマスに丹羽からもらったホームスターをつけて、その下で2人でチョコを食べるのもいいかなぁ、それどもホットチョコレートドリンクを飲むのもいいなぁ…なんて思いながら歩いていたらすぐに会議室に着いてしまった。


“コンコン”
「失礼します。遠藤です。」
ドアを開けながら、和希が中に入ると、中では珍しく丹羽が1人で仕事を真面目にしていた。
「よお、和希!来てくれたのか。」
嬉しそうに笑って言う丹羽の笑顔に見惚れそうになりながらも、
「はい。珍しいですね、哲也1人なんて。」
「ああ、でもヒデはもう暫くしたら戻って来るぞ。」
「そうですか。ところで哲也14日の事なんだけれども…」
「おっ!何だ、和希も14日の事考えてたのか?」
「はい、もちろんです。」
「そうか。嬉しいぜ、そう言ってくれてよぅ。」
和希は嬉しくなってしまった。
丹羽がこんなにもバレンタインデーを楽しみにしてくれていただなんて。
いつも、鈍感だの無神経だのと言って悪かったなぁと思っていた所に、思いもよらない一言が丹羽の口から出てきた。


「で、和希は郁ちゃんに何あげるんだ?」
「はぁ?西園寺さんにですか?」
「ああ。その事で相談に来たんだろう?郁ちゃんの誕生日プレゼントの事で。」
開いた口が塞がらないとは、こういう時に使うんだろうと和希は思った。
前言撤回!やっぱり哲也は鈍感で無神経だ!!
確かに西園寺さんのお誕生日は大切だけれども、今はその前にバレンタインデーの方が大切だろう?
大事な恋人同士のイベントじゃないか?
なのに、目の前のこの男は恋人よりも西園寺さんの方が大事なのか?
そりゃ、こんな平凡な顔した俺よりも、綺麗な顔をした西園寺さんの方がいいに決まってる。
でも、それでもこんな俺の方がいいって言ってくれたのは哲也だろう?
なのに…
悔しくて涙が出そうだった。


和希は俯きながら言った。
「俺は…西園寺さんの事を相談しにきた訳じゃありません。」
「あー、なら何の用だ?」
不思議そうに聞く丹羽に、和希の苛立ちは積もっていく。
「そんな事言われなくっちゃ解らないんですか、貴方は!」
思わず、怒鳴ってしまった和希に、丹羽は驚いた顔をした。
「和希?お前何キレてるんだ?」
「俺は別にキレてません。」
「そうか?仕事のしすぎで疲れてるんじゃないのか?今日はもう手伝いはいいから、早く部屋に戻って寝た方がいいぞ。」
その言葉に和希は我慢の限度を感じた。
言葉にしなければ、伝わらない事は沢山ある事くらいは解っている。
でも…今回の事は言わなくても気付いて欲しかった。
西園寺さんよりも俺の事を優先して欲しかった。
そう思うのは単に俺の我侭なのだろうか?
やっぱり、哲也にとっては西園寺さんはいつまでたっても特別な人なんだろうな…



そう考え始めたら、涙が溢れて来た。
和希は丹羽に気付かれないように、
「王様の言う通りに、俺部屋に帰って寝ます。」
「おお、そうしろ。よく休むんだぞ。」
「…はい…」
哲也から王様へと呼び方が変わった事にすら気付いてもらえない悲しさ。
会議室を出ようとした時、突然にドアが開き、和希はバランスを崩して倒れそうになるがその身体を扉を開けた人物…中嶋に支えられて何とか転ぶのは回避できた。
「脅かして悪かったな、遠藤。」
中嶋は和希の泣き顔に気付いた。
「何があった?」
「いえ…何にも…」
和希は中嶋の腕から離れると、頭を下げて、
「ありがとうございました、中嶋さん。」
それだけ言うと急いで出て行ってしまった。


中嶋はドアを暫く見ていたが、振り返り丹羽を見た。
丹羽は普通に仕事をしていた。
どう見ても丹羽と遠藤が言い争いをしていたとは思えない。
なら、さっきの遠藤の涙は何なんだ?
疑問を持ちながら中嶋は丹羽に聞いた。
「丹羽、遠藤はどうしてもう帰ったんだ?」
「ああ、なんか調子が悪そうだから帰したんだ。最近仕事も忙しそうだし、疲れが溜まってるんじゃないのか?なのに、俺の為に手伝いに来てくれて、俺って大事にされてるんだよな。」
惚気そのものを聞かされ、ウンザリする中嶋。
しかし、今の話では納得いかない。
「丹羽、遠藤はここに来てどんな話をしてたんだ?」
丹羽は書類から顔を上げて思い出していた。
「どんなって…、確か和希が最初に聞いてきた筈なんだ。14日はどうしますか?って」
「ほお、それで?」
「だから、14日は郁ちゃんの誕生日だからそのプレゼントの相談に来たと思ったからそう聞いたんだ。そうしたらあいつ、何でか解らねえが、機嫌が悪くなってよお。」
なる程な…中嶋は遠藤の涙の訳を今の会話で悟った。
おそらく遠藤はバレンタインデーの事を丹羽に相談しに来たんだろう。
それなのに、丹羽は西園寺の誕生日の事しか言わなかったから頭にきたと言う所か。
しかしよく遠藤も今回は我慢して本当の事を言わなかったな。
珍しい事もあるもんだ。
だが…中嶋は丹羽を見てため息をついた。
遠藤の機嫌が悪くなった理由さえ気が付かない、いや気が付こうともしないとはどういう神経をしているんだろうか?
もともと、そんな繊細な神経を持っているとは思ってないが、さすがに今回は遠藤が気の毒に思えてくる。
が…偶には丹羽にもおしおきが必要だろう。
今回はあえて口を挟むのは止めておこう。
遠藤には申し訳ないが、ここら辺でお灸をしておかないと丹羽はいつまでたっても成長しないだろう。
早く14日の本当の意味に気付けよ…と心の中で思った中嶋だった。


「えっ?それじゃ、王様14日がバレンタインデーってまだ気付いてないんですか?」
「おそらくな。あいつの頭の中は西園寺の誕生日プレゼントでいっぱいなんだろうからな。」
「中嶋さん、それってまずくありませんか?」
「ああ、もう手遅れだがな。遠藤はそうとう傷ついている様子だったからな。」
「そんな〜、何とかしてくださいよ、中嶋さん。」
「いや、今回はあいつらで解決してもらう予定だ、啓太。」
「無理ですよ。第一王様って西園寺さんの事になると人が変わるんだから。その事で何度和希が傷付いた事か、中嶋さんだって知ってるでしょう?」
泣き出しそうな啓太の顔を見て、中嶋の決心は揺るぎそうだったが、今後の為にもこの件については特に2人で解決してもらわなければならない。
「だが、丹羽の中では遠藤が1番だと言う事には変わりないだろう。」
「そうかもしれないけど。でも…王様は和希の恋人だって言うのに、西園寺さんの事を特別扱いしすぎてますよ。」
「丹羽はその事には気付いていないんだ。仕方ないだろう。」
「それは解ってます。解ってるけど…」
とうとう啓太の目から涙が溢れてしまった。
和希、あんなにバレンタインデーを楽しみにしていたのに…俺があの時王様の所へ行った方がいいなんて言わなければ、今頃傷付いてなんていなかったんだ。
「悪いのは全て俺なんだ…」
「啓太?」
中嶋が不思議そうに声を掛ける。
「俺が…俺が…和希に言ったんです…バレンタインデーの予定を早く王様と決めて来いって…そう言って俺が和希を王様の所に行かせたんです…」
中嶋は啓太をギュッと抱き締めた。
啓太は声を出して泣き出した。
そんな啓太を中嶋は優しく包み込む様に言った。
「お前は悪くない。今回の件は誰も悪くないんだ。ほんの少しだけ歯車が狂っただけなんだから。だからもう泣くな、啓太。」


自由登校になった3年生と1,2年生が会う機会なんてこの時期はあまりない。
まして、3年生は受験の真っ最中だ。
でも、年に1度のこのイベントはたとえ3年生でも外せないもので、朝からそわそわしている者が多かった。
そんな中、朝の食堂で丹羽は西園寺を見つけると嬉しそうに声を掛けていた。
「郁ちゃん、おはよう!今朝も美人だな!」
「朝から煩いぞ、丹羽。私は今食事中だ。静かにしてもらいたいんだがな。」
「あー、悪かったって。それよりもこれ、受け取ってくれ!」
丹羽は西園寺の前に真っ赤なリボンが付いた箱を差し出した。
それを見た西園寺は驚いて口がきけなかった。
代わりに喋ったのは、七条だった。
「丹羽会長、これは何ですか?」
「郁ちゃんへのプレゼントだ。」
「郁へのですか?しかし、渡す相手を間違えてはいませんか?」
「何でだ?だって今日は郁ちゃんの誕生日だろう?」
納得した顔の西園寺と七条だったが、丹羽の隣にいつもいる和希の姿がないのに気が付いた。
西園寺の誕生日プレゼントを渡すなら、間違えなく和希も一緒に来る筈なのに、今朝はその姿が見えない。
「丹羽、遠藤はどうした?」
「和希か?そういえばこの1週間会ってねえな。」
「そうか、忙しいのだな。だが今日は2人でゆっくりと過ごすんだろう?」
「へっ?何でだ?」
不思議そうな顔をする丹羽を見て、七条は念の為に聞いた。
「丹羽会長、今日が何の日だがご存知ですか?」
「郁ちゃんの誕生日だろう?」
「他にです。」
「他?」
考え込む丹羽に西園寺が呆れ顔で言った。
「まさか今日がバレンタインデーと知らない訳ではないだろうな。」
「えっ?バレンタインデー?」
「ああ、あのお祭り好きな遠藤が何の予定も立ててないわけはないとは思うが。」
「…」


丹羽は1週間前の事を思い出していた。
あの日会議室に来た和希は丹羽にこう言ったのだ。
『14日の事なんだけども…』
あれは西園寺の誕生日の事ではなく、バレンタインデーの事を聞きに来てたんだ。
だからあの後、様子が変だったんだ。
「悪い、郁ちゃん俺急用思い出しちまった。」
そう言うと、返事を待たずに食堂を飛び出して行った。
「ふう〜。」
西園寺はため息を付いた。
「こんなもんで良かったのか、臣。」
「ええ。十分でしたよ。さすがいい演技でしたね。」
「仕方ないだろう。啓太に泣きつかれたんだからな。」
「本当に。しかし、丹羽会長はバレンタインデーの事をすっかり忘れていたようですね。」
「私はあんなイベントはどうでもいいと思ってるがな。」
「郁はそうでしょうけど、世の恋する者達は必死ですからね。」
「まあ、そうかもしれないな。遠藤も上手く仲直りできればいいのだが。」
「大丈夫でしょう?きっと。なにしろ丹羽会長が本気を出したのなら、遠藤君がいくら拗ねていても仲直りせざる状況になるでしょうからね。」
「まったく、世話が掛かる奴らだ。」
そう言ってため息を付く西園寺を、七条は楽しそうに見詰めていた。


“ドンドン”
丹羽は和希の部屋のドアを叩く。
余程焦っているのだろう?
合鍵の事などすっかり忘れている丹羽だった。
「和希!和希!」
“ガチャッ”
隣の部屋のドアが開き、中から啓太が顔を出した。
「王様?」
「啓太か。和希知らねえか?」
「和希なら今週いっぱいお休みですよ。寮にも来週まで戻りません。届けが出ているそうです。」
「なっ…、もしかして出張か?」
「いえ、違うと思いますよ。」
「なら、サーバー棟だな。サンキュー、啓太。」
そう言って走り出した丹羽を見て、啓太はホッとした顔をして呟いた。
「良かったね、和希。王様やっと今日がバレンタインデーだって気付いたみたいだよ。」


サーバー棟の前で丹羽は立ち止まっていた。
ここまで、無我夢中で来てしまったが、中に一般生徒が簡単に入れる訳がない。
困った…そう思っていた時、
「おや?丹羽君ですか?どうしたんですか?こんな朝早くから。」
振り向くとそこには、石塚が立っていた。
丁度これから出勤なのだろう。
丹羽はこの時、石塚が神様に見えた。
「頼む。石塚さん。俺をこの中に入れてくれ。和希に会わせてくれ。」
石塚は丹羽をジッと見ると、頭を振った。
「申し訳ありません。和希様に聞かないと私の一存では何とも言えません。」
「そこを何とか。和希に言ったら駄目だって言われるに決まってるんだ。この通りだ。頼む。」
頭を深々と下げる丹羽に、困った風に石塚は言った。
「今回は何をしてあんなに和希様を傷付けられたのですか?」
「やっぱり、怒ってるのか和希の奴。」
丹羽はおそるおそる聞いた。
「ええ、それはもうご立腹でしたよ。まったく丹羽君のせいで非常に仕事がやりづらかったです。」
「ほんと、申し訳ない!」
石塚は謝る丹羽を見て微笑んだ。
「まあ、今回はこうして丹羽君が折れて謝りに来てくれたので勘弁しますよ。さあ、一緒に中に入りましょう。」
「いいんですか?」
丹羽の表情がパアーと明るくなる。
「構いませんよ。それと今日は仕事はお休みですと和希様にお伝え下さいね。」
「ありがとうございます、石塚さん。」
「これからはあまり派手な喧嘩は謹んで下さいね。」
「…はい…」
丹羽は罰悪そうに頭を掻きながら、返事をした。


“コンコン”
理事長室を丹羽はノックした。
「どうぞ。」
中から1週間ぶりに聞く和希の声がする。
ドアを開け中に入ると、カップを片手に持ち新聞を読んでいる和希がいた。
「和希…」
“ガチャッ”
和希の手からカップが落ちる。
「…王様…?」
丹羽は和希の側に行くと、落ちたカップを拾った。
幸い飲み終わった後なので、中身は床に零れなかった。
「ほら、気をつけないと火傷するぞ?」
丹羽は微笑みながら言うが、和希の顔は強張ったままだった。
仕方ないか…丹羽は思った。
1週間前の自分の発言、その上傷付いたままの和希を知らなかったとはいえ1週間ほっといたんだ。
いくら和希でも許す気持ちもなくなるだろう。
それでも…このままで言い訳がない。


丹羽はポケットから板チョコを取り出して和希の手に握らした。
驚く和希。
「王様?これは?」
「悪いな、和希。俺、さっき郁ちゃんから聞くまで今日がバレンタインデーだって忘れてたんだ。」
「西園寺さんに?」
「ああ、朝郁ちゃんに誕生日プレゼントを渡したら、渡す相手が違うだろうって怒られたんだ。最初は何の事だかさっぱり解んなくてよ。でも教えてもらって慌てて売店に行ったんだけど、チョコはもうそれしか売ってなくて。悪かったな、そんな安物のチョコで。」
和希はチョコを大切にギュッと両手に握り締めながら、首を振って、
「ううん。凄く嬉しい。だって王様がわざわざ俺の為に買ってくれたチョコなんでしょう?大切にしますよ。」
ニコッと笑って言うが、その笑顔はどこか寂しげだった。
「俺も何か用意できたらよかったんですが、あいにく時間が取れなくて。すみません。」
そう言って頭を下げた和希を見て丹羽は胸が苦しくなった。
相変わらず“哲也”ではなく“王様”、笑顔は寂しげで、前の様にいる丹羽を見ようとしない和希。


「なあ、和希。」
「何ですか、王様?」
「今日の郁ちゃんの誕生日の事なんだけどよう。以前俺の誕生日の時に和希言ってくれたよな。“お誕生日って本当はお父さんとお母さんに感謝する日だと俺は思うんです。自分を生んでくれてありがとうって。そのお蔭でこんなに素晴らしい人達と出会えたんですって。”俺もそう思っている。だから、大切な友人の誕生日は必ずお祝いしてやろうって決めたんだ。だから、けして郁ちゃんを優先して和希の事を蔑ろにした訳じゃないんだぜ。」
「王様…」
和希の目から涙が零れ落ちる。
その涙を丹羽は暖かな手で拭う。
「悪かったな。不安だったんだろう?俺も受験の事で結構余裕なかったんだ。」
和希は笑って答えた。
「いいえ。俺の方こそ子供だったんですよ。素直に聞けば良かったのに変に意地を張ったから。ごめんなさい。」
「なら、許してくれるか?」
「そんな…許すも許さないもないですよ。俺が勝手に拗ねてただけなんですから。」
「じゃ、もう“王様”なんて呼ぶなよ。」
「えっ…?」
「さっきからずっと“王様”って呼んでたぞ。」
和希はクスッと笑うと、
「ごめんなさい、哲也。」
ふわりと笑って言った。
その笑顔が愛しくて思わず丹羽は和希にキスをする。
角度を何度も変えてする軽いキス。
チュッと音を立てて離すと、そこには真っ赤な顔をした和希がいた。
「さて、これからどこに行こうか?」
「えっ?」
「さっき、石塚さんから伝言を預かって来たぜ。“今日は仕事1日休みだ”ってさ。」
「石塚が?」
「ああ、さあ、時間が勿体ないからどこに行こうか?」
「そうだな…あっ、俺あそこに行って見たかったんだ。」
「おっ、どこだ?」
楽しそうに会話をしながら理事長室から出て行く2人だった。



思ったより長い話になってしまいました。
和希は王様がいつも「郁ちゃん、今日も美人だな。」と挨拶代わりに言っている言葉に密かに焦りを感じています。
王様も男の子なんだから、やっぱり『美人さん』が好きなんだろうなぁ…俺ってどうしてこんなに平凡な顔なんだろう…っていつも思っているんです。(和希、貴方も十分美人さんですよ)
西園寺さんのお誕生日とバレンタインデーの話を1つに纏めて書いてしまったので、話に少し無理があったかな?と思いながら書き上げました。
つけたしですが、和希は王様がバレンタインデーの事に気付かないので頭にきて、1週間の休学届けを学校と寮に出しました。
王様は和希が学校を休んでいるのに気付きません。
このままでは和希と王様の仲が壊れちゃうと感じた啓太は会計部の二人に助けを求めます。
会計部の二人のお蔭で、王様は慌てて和希を迎えに行き、Happy Enndになりました。      2008/2/14