Cooking

「美味しいか?トノサマ。」
「ブミャー」
トノサマは和希の顔を見て嬉しそうにないた。
そんなトノサマを和希は嬉しそうに見つめていた。

和希がトノサマにあげたのは、今日の調理実習で作った唐揚げ。
丹羽に食べてもらいたくて先程渡しに言ったのだが、見事に断られてしまったのである。
ショックを受けた和希はそのままフラッと中庭に出た所、ちょうどトノサマに出会ったのだった。
トノサマの唐揚げ好きは有名である。
和希は躊躇せずに唐揚げをトノサマの前に出すと、
「トノサマ、これ食べてくれる?今日調理実習で作ったんだ。」
「フミャー」
トノサマは嬉しそうになくと美味しそうに唐揚げを食べ始めた。
その様子を見ながら和希はため息をついた。
本当ならこの唐揚げは恋人である丹羽に食べてもらう筈だった。
なのに…
和希は丹羽を思いだして悲しい気持ちになっていた。

「あっ、王様。探してたんですよ。」
和希は廊下で丹羽を見かけると嬉しそうに声を掛けたが、丹羽は和希をチラッと見ると
「悪い、俺今急いでいるから。」
「えっ?あっ、ならこれ、後でいいんで食べて下さい。」
そう言って差し出したそれを丹羽はチラッと見ると、
「それ、啓太と一緒に食べてくれよな。」
「えっ…」
「それじゃな。」
そう言って丹羽は走ってその場から去って行った。
後に残った和希は丹羽の走って行った方向をジッと見つめていた。
中身も確認しないで、啓太と食べろと言った丹羽にショックを受けていた。
確かに綺麗にラッピングをしていたので、中身が今日の調理実習で作ったものが入っているとは分かりづらい。
けれども、中身が何か確認してくれたっていいじゃないか…
和希はそう思うと悲しくて涙が出そうになっていた。

「ニャゴー?」
トノサマの声で和希はハッとする。
そこには空になったタッパーがあるだけだった。
「何だ、もう食べちゃったのか?そんなに急いで食べなくてもよかったのに。」
そう言った和希の足にトノサマは擦り寄った。
「そんなに美味しかったのか?トノサマが喜んでくれて俺嬉しいよ。」
そう言いながら、和希はトノサマを抱き上げるとトノサマをギュッと抱き締めた。
「ニャニャー?」
「ごめん、トノサマ。ちょっとだけ、こうしていてくれるか?」
和希がそう言うとトノサマはジッと和希に抱かれていた。
和希の頬を流れる涙を、今は拭ってくれる人はいないけれどもこうして温もりを与えてくれるトノサマがいて和希の心は救われていた。
暫くすると和希は腕の力を緩めると、
「ありがとな、トノサマ。おかげで元気が出たよ。」
「ニャアー」
「本当にありがとう。」
和希はそう言うとトノサマの鼻にそっと口付けをした。

「あー!!何やってるんだ!和希!!」
「王様?」
声のする方を振り向いた和希は驚いた顔をした。
猫が苦手は丹羽はこんな至近距離ではトノサマに近づこうとはしないのに、今日は何故か和希の側まで来ると和希の腕を引っ張った。
引っ張られた和希は当然ながらトノサマをその腕の中から離してしまった。
上手く着地したトノサマにホッとした顔を見せた和希。
「大丈夫か?トノサマ。もう、何なんですか、王様。トノサマが怪我をしちゃうじゃないですか?」
「煩い!!」
抗議する時間も与えられずに和希は丹羽に怒鳴られた。
驚く和希に丹羽は、
「何で、お前はあの猫にキスなんてするんだよ!」
丹羽の言い方にムッときた和希は、
「誰とキスしようと俺の勝手でしょう。」
「勝手な訳ないだろう。和希は俺のモノなんだから他の奴にキスなんかするんじゃねえ!」
「他の奴って…相手はトノサマですよ。」
「ダメだったらダメだ。」
「どうしてですか?」
「どうしてもだ!」

そう言い切る丹羽に和希は困った顔をした。
丹羽がどうしてそこまで言い切るのか分からなかったのだ。
暫くすると丹羽はボソッと言った。
「和希…さっきは悪かったな。」
「さっき?」
「ああ、お前、調理実習で作った唐揚げを俺に持って来てくれたんだろう?」
「どうしてそれを?」
驚く和希に、丹羽は頭を掻きながら言った。
「さっき啓太に会って聞いたんだ。」

『王様、和希にはもう会いましたか?』
『ああ、さっきな。』
『良かった。なら、温かいうちに食べられたんですね。』
『温かいうちに?何の話だ?』
『何のって…和希調理実習で作った唐揚げを王様に食べてもらうんだって言って一口も食べなかったんですよ。あれ?王様?』
『悪い、啓太。俺、急用を思いだしたんだ。また後でな。』
そう言って丹羽は慌てて和希を捜し始めたのだった。

丹羽は和希の前に手を出した。
和希は不思議そうな顔をしながら、
「えっと…この手は何ですか?」
「何って…俺に作ってくれたんだろう、唐揚げ。早く食べさせろよ。」
「もうありませんけど?」
「ない?」
「はい。王様がいらないって言ったからトノサマにあげました。」
「あの猫にやっただと?」
怒りに震えている丹羽に和希は、
「はい。だって王様、啓太と一緒に食べろって中身も確認しないで言ったじゃないですか。」
「それは…あの時急いでいたから仕方ねえだろう。」
「いくら急いでいたって俺は傷ついたんですけどね。」

ふて腐れている和希に丹羽は素直に頭を下げた。
「悪い。よく確かめずに言った俺が悪かった。許してくれ。」
「王様…」
和希は焦って丹羽に触れた。
「止めて下さい。」
「嫌だ。和希が傷ついたのならそれは俺のせいだから。」
「もう気にしていませんから。お願いですからもう止めて下さい。」
顔を上げた丹羽は和希をギュッと抱き締めた。
「本当に悪かった。あの時は余裕がなくて和希に酷い事を言ってよう。許してくれるか?」
「…はい…もう2度としないと約束してくれるならいいですよ。」
「ああ。もう、2度としないと約束する。これはその証だ。」
そう言うと丹羽は和希の顔を上げさせてその唇に自分の唇を重ねる。
唇が離れた後、幸せそうに微笑みながら和希は言った。
「今度のお休みの日に唐揚げを作りますから、一緒に食べましょうね。」
「ああ。楽しみにしてるぜ。」
そう言うともう1度唇を重ねる丹羽だった。



なぜ王様はそんなに急いでいたのかは考えてませんので、突っ込まないで下さいね。
なぜか無性にトノサマが出てくる話が書きたくなって思いついた話です。
いつもトノサマを見ると逃げ出す王様ですが、今回だけは違っていました。
でも、猫に嫉妬する王様って……かわいいです(笑)
                2009/6/29