Entrance Ceremony

「和希様、やはり行かれるのですか?」
「ああ。石塚が頑張って仕事を調整してくれたおかげでこうして来れたんだから、行ってくるよ。」
「ですが、中にいられる時間は5分しかありません。」
「分かってる。でも5分もあるんだ。」
和希は嬉しそうに微笑んだ。
そんな和希を石塚は申し訳なさそうに見つめていた。

今日は丹羽の大学の入学式だった。
丹羽の入学式を見てみたい…
和希はそう願っていたが、4月上旬は仕事が忙しい。
当然学園へ通う時間は取れずに、4月下旬までは寮にすら戻れない状態だった。
もちろん丹羽にも会えないでいた。
でも、どんなに忙しくても疲れていても恋人の事は気になるものである。
和希が忙しくてメールを打てなくても、丹羽からは毎日必ずメールが届いていた。
その丹羽からのメールで今日が入学式だと知った和希は何とかして見てみたいと思っていた。

しかし…
忙しい時に休みなど取れる筈もなく、仕方なしに諦めかけていた和希に石塚が言った。
「和希様、本日の予定ですが、10分程時間に余裕が出来ました。」
「10分?いやに半端な時間だな。」
「はい。もしよろしければ、この近くの講堂で丹羽君の入学式がやってますが、ご覧になられますか?」
「石塚…」
和希は助手席に座る石塚を後ろから見つめた。

毎日慌ただしい分刻みのスケジュール。
偶々10分だけ時間が空くわけはない。
しかも丹羽の入学式が行われている会場の側で。
絶対に石塚が無理をしてスケジュールを空けたとしか思えない。
いつも和希の様子を見ている石塚には和希が丹羽の入学式に行きたいのが手を取るように分かっていた。
何とかスケジュールを調整してみたが、どうしてもこれしか取れなかった。
だから…
後は和希の意志で決めてもらおうと思った。
たとえ僅かな時間でも丹羽の入学式をみたいのか、それとも僅かな時間なら行かないと言うかどうか。
間違いなく前者だと思ったが、念の為当日まで黙っていた。

車のミラー越しに見える和希はとても嬉しそうだった。
「いかがなされますか?和希様。」
「もちろん、見に行ってくるよ。ありがとう、石塚。」
「いえ、私は特に何も。偶々ですから。」
微笑んで答える有能な秘書に和希は感謝をしていた。

車が講堂に着くと、和希は走って行った。
中に入るとちょうど学園長の挨拶の途中だった。
生徒は1階席で、保護者は2階席に通されていた。
和希は入り口の近くの2階席から1階席を見た。
こんなにたくさんの学生がいる中でたった1人の人を見つけるなんて不可能に近かったが、和希は丹羽の姿をとらえた。
普段見慣れているBL学園の制服姿でも、ラフな私服でもない紺のスーツに身を包んでいた丹羽。
「…格好いいじゃないか…」
思わずボソッと呟いた和希。
どの位そうして丹羽の姿を見つめていただろうか?
胸に仕舞っていた携帯が揺れた。
「もう、時間切れか…」
和希はそう言うと出口に向かって歩きだそうとして、もう1度丹羽の姿を見た。

ねえ、哲也。
哲也はこれから新しい世界で生きていく。
様々の人との出会い、勉学など学ぶ事がたくさんある。
きっと今まで知らなかったものがたくさん見えてくると思う。
だから…
できるだけ色んなものを吸収してきて下さい。
それは今しか出来ない事だから。
勉強にしても遊びにしても全てが今までとは違う筈だから。
俺はいつでも哲也の事を思っている。
今までのように、BL学園にいた頃のようにすぐ隣にはいられないけれども心はいつも哲也の側にいるから。
仕事で疲れた俺を暖かく見守ってくれた哲也のように、今度は俺が哲也の事を見守っているから安心して翼を広げて下さい。
入学おめでとう、哲也。
哲也の未来に幸多い事を願ってます。

和希はそう心の中で囁いた後、扉を開けて外に出た。
暖かな春の日差し。
満開な桜。
「さてと…俺も哲也に負けないように頑張らないとな。」
そう呟くと車で待っている石塚の元へ急ぎ足で歩いて行った。




忙しくて卒業以来丹羽に会えない和希の為に石塚さんは僅かな時間でしたが、和希の為に時間を作ってくれました。
さすが石塚さんです。
そつなくこなすその行動力に惚れてしまいます(笑)
和希がいつもよりも大人っぽくなり、満足しています(←珍しく乙女和希じゃありません)
王様、後で和希が入学式を見に来たと知ったらどんな顔をするのでしょうね。
王様の反応が楽しみです。 
                                  2009/4/13