Graduation
俺の卒業まで後2週間をきっていた。
卒業後は一緒に暮らせると信じてただけに…悲しみは深かった。
別れる訳じゃないんだから、落ち込む必要なんてないのに。
でも…これからの事を考えると不安がいっぱいだった…
「えっ…哲也、今何て言ったの?」
和希は手にしたコーヒーカップをギュッと握り締めながら聞き返した。
「だから、留学するって言ったんだ。帰ってくるのはいつになるかまだ解らない。」
そう言った丹羽の表情は期待に満ちているものだった。
ショックを受けた事を悟らせない様に和希は、
「じゃあ、大学はどうするの?」
「一応、休学にしておくつもりだ。あっちに長くいるようなら退学も考えているんだ。」
「そう…」
もう決めた事なんだよね…和希はそう思った。
哲也の将来の為だもの、笑顔で頑張ってきてねって言ってあげたいのに。
決まってからの報告に胸が苦しくなる。
哲也が卒業してからも、俺達は付き合っていた。
でも、哲也も大学やバイトで忙しく、俺も学生や仕事が忙しくてゆっくり会うのは月にせいぜい1回ぐらい。
それでも、その1回は会えなかった日々を埋めるに十分過ぎるくらい楽しいものだった。
そして、俺の卒業が近づいて来ていた。
当然一緒に暮らせるものだと思ってたんだ。
なのに…その話をしようとしたらこうなってしまった。
たった一言でいい、相談して欲しかった。
それは単なる俺の我侭なんだろうか…
「和希?どうしたんだ?」
黙りこくった和希を心配して丹羽は声をかけた。
「ううん、何でもない…」
「そうか?お前、少し顔色悪いぞ?また無理をしているんじゃないのか?」
心配そうに見詰めるその瞳は優しくて、今の和希には辛く感じるだけだった。
和希は思わず立ち上がり、
「ごめん、哲也。俺、急ぎの仕事を思い出したんだ。今日はもう帰る。」
「へっ?」
「本当にごめんなさい。この埋め合わせは必ずするから。」
そう言って、和希は哲也をおいて、コーヒー店から1人出て行ってしまった。
このまま、あそこにいたら絶対に泣いている…和希はそう思っていた。
哲也が留学するのが嫌なんじゃない。
哲也だって考えぬいた結果なんだから。
でも、どうして今なんだ?
今日は卒業後の2人の生活の話をするつもりだったんだ。
これから築いていく2人だけの生活。
なのに…
決めるなら、ううん、決める前にどうして相談してくれなかったんだろう?
相談じゃなくてもいい、留学を考えているって、たった一言でもいいから、なぜ話てくれなかったんだろう?
俺は哲也の恋人じゃないか。
悲しかった…とにかく哲也の前にはいたくなくて出てきてしまった。
折角の休日だったのに…
店を出て1人歩いていた和希は声を掛けられた。
「よう、坊ちゃんじゃねえか?珍しいな、こんな所で会うなんて。」
「竜也さん…」
「うん?どうしたんだ?そんな泣きそうな顔して?」
「竜也さん!」
和希は竜也の胸に飛び込んで、泣き出した。
「坊ちゃん?どうしたんだ、急に泣き出したりして。」
「ごめんなさい、ごめんなさい。今だけ…今だけ胸を貸して下さい。」
声を殺して泣き出した和希を竜也はギュッと抱き締めた。
その腕は哲也を思い出させる。
「まあ、何があったかは知らねえが、泣きたい時には思いっきり泣く方がいいぜ。」
「…」
和希は声を殺して泣き続けていたが、暫くすると落ち着いてきたらしくそっと竜也の胸から顔を離した。
「ごめんなさい、竜也さん。」
謝る和希の頭を竜也は撫でる。
「構わないさ。」
「でも、竜也さんお仕事中だったんでしょう?それなのに俺…」
「何構わないさ。それよりも落ち着いたみたいだな。さっき会った時は何事かと焦ったぜ。お前さん酷い顔色だったからな。」
「えっ?」
竜也は呆れて言った。
「何だ、気付いてなかったのか?真っ青な顔をして泣きそうな顔をしてたぞ?」
「俺、そんな風だったんだ…」
和希は俯いて言った。
やっぱりショックだったんだな。
でも、ここで竜也に会えて良かった。
そうでなかったらこうやって笑顔が戻ってくる事はなかったんだから。
和希がそう思って笑顔を取り戻した頃、丹羽は唖然としていた。
『今日はゆっくりできるんだ。帰るのは明日のお昼までで構わないから。』…そう言っていたのに、会ってからわずか数十分で帰ると言って席を立った和希を丹羽は最初呆然として見送っていたが、慌てて立ち上がると、急いで和希の後を追った。
何があったかよく解らなかったが、和希が何かに傷付いて丹羽の前から去ったのだけは解っていた。
丹羽とて伊達に3年も和希と付き合っているわけではない。
和希は何かに傷付いてここから立ち去ったのは解っていた。
気に入らなければ、大抵は拗ねるのですぐに解る。
今回はそんな様子はなかった。
だからなぜ急に和希がここから立ち去ったのか解らなくてタイミングを逃してしまった。
しかし慌てて和希の後を追った丹羽が目にしたのは、竜也に抱きついている和希の姿だった。
人通りもない、路地裏で抱き合っている和希と竜也の姿に丹羽は最初は呆然として見ていた。
暫くすると顔を上げた和希の頭を竜也は撫で、そして嬉しそうに微笑む和希。
本当は竜也の胸を借りて和希が泣いていたのだが、声を殺していたせいもあり、丹羽には抱き合って抱擁している様にしか見えなかった。
何なんだと丹羽は怒りを露にする。
心配して追ってくれば、こんな所でラブシーンか?
俺は和希の何なんだ?
まさか、親父の代わりじゃないだろうな?
膨らむ疑惑…
和希の口から偶に出てくる質問…「ねえ哲也。竜也さん最近仕事忙しいの?」
一度思ってしまった疑惑は簡単には消えない。
丹羽は一歩づつ、和希と竜也の所へと進んでいった。
「和希…」
丹羽は低い声で和希に声を掛ける。
「て…哲也…?どうしてここに?」
慌てて竜也の側から離れる和希を丹羽は不機嫌そうに見る。
そんな丹羽と和希の様子に気付いた竜也はニヤッと笑うと、丹羽に向って竜也は言った。
「どうした、馬鹿息子?お前こそどうしてここにいるんだ?」
「俺は和希と会ってたんだ。そうしたら急に和希が帰るっていうから、気になって追いかけてきたんだ。」
「何だ?痴話喧嘩でもしたのか?」
ニヤニヤしながら竜也は和希を見た。、
「竜也さん、違います!」
ツンッとそっぽを向きながら和希は頬を赤く染めてこたえる。
そんな和希の頭を軽く叩くと、
「それじゃ、俺はもう行くからな。早く仲直りするんだぞ。」
「だから、違うって…あ〜あ、竜也さんもう行っちゃたよ。」
困った風に和希は言った。
「哲也…」
和希は丹羽が追ってきてくれたのが、嬉しくて側に寄ろうとしたが丹羽の様子がおかしいのに気付いた。
「哲也?どうかしたのか?」
丹羽は和希を見ないで言った。
「和希が急に帰るって言ったんで気になって追って来たんだ。そうしたら…」
丹羽はギュッと手を握りながら言った。
「親父と和希が抱き合ってるのを見ちまったんだ…」
辛そうに言う丹羽に、和希が慌てて言う。
「違うよ、哲也。俺はそんな事なんてしてない!」
そう言って丹羽の腕を掴もうをする和希を丹羽は振り払った。
傷付いた瞳をする和希。
その目には涙が溜まってくるが、今の丹羽にはそれは見えなかった。
「和希。俺はお前の何なんだ?まさかと思うが親父の身代わりか?」
「な…何言うんだ哲也。そんな事あるわけないじゃないか?」
「本当にそう言い切れるのか?」
「な…何で…どうしてそんな事言うんだよ…」
「お前の態度がそうさせているんじゃないか!」
丹羽の捨て台詞に和希はカッとなり、気付けば丹羽の頬を叩いていた。
「痛てぇ…」
和希の目から涙がボロボロ溢れてきていた。
「馬鹿!哲也の大馬鹿!俺が1番好きなのは哲也なのに、なんでそれが解らないんだ!」
「か…和希?」
「哲也なんて、1人で勝手に留学を決めて。哲也こそ俺の事なんてどうでもいいんだろう?俺が今日急に相談もされないで決定した留学の話を聞かされて、何とも思わないとでも思ってたのか?俺はそんなに物分りがいい奴なんかじゃない!俺は哲也にとって何なんだよ!」
涙を流しながらどなる和希を見たのは初めてだった。
それと同時に愛しさが満ち溢れてきた。
いつも言いたい事もあまり言わずに微笑んでいる和希。
それが丹羽には寂しかったのだ。
恋人と言っても一線を引かれているような、そんな気がしていた。
丹羽は和希をそっと抱き締めた。
「ごめんな、和希。でも…俺言えなかったんだ。お前に相談したら決心が揺るぎそうでさ。」
「えっ…?」
「俺の方が和希と離れられるか心配だったんだ。でも…今のままでは駄目なんだ。もっと勉強して和希に相応しい人になって帰ってくる。和希の…鈴菱和希の隣に立っても見劣りしない人間になって帰ってくるから、それまでここで待ってて欲しいんだ。何年掛かるか解らない。でも必ず、帰ってくるから待ってて欲しい。」
「哲也…」
「駄目か?」
和希は首を振って、
「待ってる。俺、哲也の帰りを信じて待ってるから。だから心置きなく学んできて。」
「和希…」
そっと丹羽の頬に触れるだけにキスを落とし、和希ふわりと微笑んだ。
サイト10000HIT記念ssです。
2008年3月31日23:59までフリー配布します。
季節柄卒業をテーマにして書いてみました。
和希がもうすぐベルリバティスクールを卒業、王様は今まで以上の自分を見つける為に留学します。
暫く離れ離れになる2人ですが、その間は自分を磨く期間になると思ってます。
より、相手に相応しい人間になる…その為には努力が必要だと思います。
数年後、王様が日本に帰って来た時二人の再会はきっと素晴らしいものだと思ってます。
10000HITを踏んだ日 2008/2/15 作品UP日 2008/3/6