花火大会に行くには

「ヒデ、そろそろ休憩にしないか?」
「そうだな。お前にしてはずいぶんと集中してやっていたじゃないか。珍しいな。」
「なんだよ。俺だってやる時はやるんだぜ。」
拗ねた口調で言う丹羽に中嶋はニヤリと笑った。
期末考査も終わり、夏休みまで後少し。
毎年、この時期に夏の合宿の追加申請をしてくる部がいくつか出てくる。
内容は殆どが日付や日数の変更だ。
数は少ないのだが、すぐに夏休みになってしまう為、急いで仕上げなくてはならない。
学生会で滞ってしまうと会計部、そして理事会で困るからだ。
面白くない顔をいつまでもしている丹羽に中嶋は言った。
「俺もコーヒーを飲もうと思っていた所だ。丹羽、お前も飲むか?」
「ああ。濃いのを頼むな。」
「分かった。」
腕を伸ばして伸びをする丹羽を見ながら中嶋は簡易キッチンへと向かいながら思った。
この数日、以前のように2人でいる事が多いと…
丹羽には和希が、中嶋には啓太という恋人ができてから学生会室には大抵、和希か啓太が手伝いに来ていた。
だが、最近は和希も啓太も学生会室に来てはいない。
啓太はテストで成績が思わしくなかった教科の補習を放課後に受けている。
そして和希は仕事が忙しく、この数日外泊届けを出して寮にも戻っていない状態だった。
和希があまりに忙しくて最初は拗ねていた丹羽だったが、先日の和希からの電話で急にやる気を出したようだった。
嬉しそうに電話が来たと話す丹羽を見て、単純な奴だと中嶋は思っていた。

コーヒーを入れたカップを中嶋から渡された丹羽は、
「サンキュー、ヒデ。なあ、夏の合宿の書類が終われば、花火大会に行ってもいいんだよな?」
「ああ、そういえばそんな事を言われたな。」
「今日中にこの書類を終わられたら花火大会に行ってもいいかって聞いたらできたら許可してやるって昨日言ったろう。」
切羽詰った顔で言ってくる丹羽を見て、中嶋は思った。
いやに真面目に仕事をしているかと思えば、そういう事か。
おそらく遠藤を花火大会に誘ったら、学生会の仕事を片付けたら一緒に花火大会に行くとでも言われたんだろう。
考えている事が分かりやすい奴だ。
「おい!ヒデ!俺の話を聞いているのか?」
「ああ。聞いているから、そんなに喚くな。」
「だってよう、何か考え事をしているから気になったんだよ。」
「何でもない。」
「そうか?まあ、ヒデがそういうならいいか。」
「さっきの話だが、今日中にこの仕事が終われば、花火大会に行っても構わない。」
「ありがとな。」
丹羽は二カッと笑った後に、
「そういえば、ヒデも花火大会に行くんだろう?」
「よく知っているな。」
「だってよう、啓太に言われたんだぜ。『王様がきちんと仕事をしないと俺は中嶋さんと一緒に花火大会にいけません。だから真面目に仕事をして下さい』って。啓太にあんな顔で言われたら真面目に仕事をするしかないだろう?」
「ほう…真面目に仕事をする言い訳に啓太を使うのか。本当は啓太だけじゃないんだろう?」
丹羽は顔を少し赤らめて、
「まあな。」
「他にも理由があるという訳か。まあ、その理由は聞かないでやろう。」
「何だよ、その言い方。いいぜ、聞かせてやるぜ。」
「結構だ。」
「まあ、遠慮するなって。」

そう言って丹羽は話出した。
それは先日和希から掛けてきた電話の内容だった。
「王様、学生会の仕事、ちゃんとやってますか?」
「久しぶりの電話なのに、第一声がそれか?」
「はい。だって、各部からの夏の合宿の追加申請がきているんでしょ?早めに処理しないと夏休みが来てしまいますよ。」
「分かってるって。夏休み前までに終わらせればいいんだろう?」
「できるだけ早く終わらせて下さいね。学生会の後に会計部、その後に理事会で承認されてから許可が下りるんですから。」
「ったく…郁ちゃんと同じ事を言うんだな。」
丹羽は頭を掻きながら言った。
電話越しでその姿は見えないが、その様子が分かったのだろう。
和希はクスクスと笑いながら、
「分かっているのなら構いません。頑張って下さいね。」
「ああ。やるって言った以上は必ずやるよ。ところで、話は変わるけどよう。花火大会には行けるのか?」
「はい。王様がきちんと仕事を片付けてくれればですけどね。」
そう言った後、
「約束のご褒美、用意できましたからね。」
「本当か?」
「はい。何とか花火大会までに間に合ってホッとしました。」
「俄然やる気が出てきたぜ。よし!遅くても明後日までに仕上げるからな。」
「明後日?王様にしては早いですね。」
「おお。俺がやる気を出せば、できない事などない。」
まったく…と笑いながら和希は言うと、
「それじゃ、書類が届くのを楽しみにしています。」

電話の様子を思い出しながら、
「だから、俺は頑張るって決めたんだ。」
嬉しそうに言う丹羽を見て中嶋はため息を付いた。
いつも思う事だが、遠藤の尻に引かれているなど、こいつは思ってもいないのだろう。
遠藤が願うから頑張る丹羽。
それを健気と言うのだろうか?
しかし、そんな事は自分にとってはどうでもいい事だ。
丹羽がきちんと仕事をすればいいだけの事なのだから。
「そうか。よかったな。遠藤の期待を裏切らないように頑張るんだな。」
「ああ。さてと、続きをやるか。」
丹羽は会長席に座ると、仕事を始めた。

約束のご褒美…
和希が用意したのは、和希お手製の丹羽とおそろいの浴衣でした。
花火大会に和希が作ったおそろいの浴衣で出かけたいと言う丹羽の願いを、学生会の仕事を頑張って終わらせたら叶えると約束した和希でした。


そろそろ花火大会があちらこちらで開催される時期になりました。
きっとBL学園の側でも花火大会はあるだろうと思っています。
今回は殆ど和希は出てきません。
王様と中嶋さんの会話だけですが、いかに王様が和希に惚れているかが伝わっていたら嬉しいです。
               2010年7月26日