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「啓太、これ本当におかしくないか?」
「うん。大丈夫だよ。それよりも俺も平気かな?」
啓太はそう言うとクルッと回った。
スカートがクルクルと綺麗に舞う。
啓太が今身につけている服は不思議の国のアリスの衣装だ。
青いワンピースに真っ白なエプロン。
ワンピースのスカートはふわふわして裾にはレースがある。
真っ白のエプロンはレースをふんだんに使い、頭には青い大きいリボンをつけている。
ウィッグをつけているので髪の毛の長さは肩よりもちょっと長めで軽くウエーブがかかっている。
啓太の可愛らしさがよく生えている。
そんな啓太を見て和希は優しく微笑む。
「啓太は可愛いからよく似合ってるよ。」
「むっ…可愛いって…俺、男だぞ。」
ちょっと膨れて言う啓太は本当に可愛い。
姿が姿だけに本当に女の子みたいだ。
一方和希の服装はロリータ系のゴスロリ。
淡いピンクのブラウスとスカートのツーピース。
ケープをつけている。
ツーピースなので後ろには大きなリボンが結ばれている。
スカートはミニで、真っ白なブーツを履いている。
ウィッグは胸まで伸びたストレートの亜麻色の髪。
頭には生花の飾りが付いている。
和希は可愛いというよりは綺麗だ。
そう、艶のある美しさなのだが本人はまったく理解していない。
「そう、膨れるなって。でもいいよな、啓太は似合っててさ。俺なんてさ…」
和希は自分の服装を見てため息を付く。
そんな和希を見て啓太は呆れてしまう。
「和希…お前無自覚にも程があるぞ。」
「無自覚?何だよ、それ?」
「だからさ。和希の今の姿って凄く色っぽいんだよ。気をつけないと襲われるよ。」
啓太の『襲われるよ』の言葉に和希はキョトンとした後、クスクスと笑い出す。
「冗談言うなよ。俺を襲いたいなんて思うのは成瀬さんだけだよ。」
「成瀬さんだけって…」
はあ〜と啓太は再度ため息をつく。
成瀬さんの苦労が何となく分かってしまう。
「それよりも、啓太こそ気をつけろよ。そんなに可愛いんだからさ。」
肩を掴みながら言う和希に啓太は苦笑いをした。
そんな2人の姿を控え室にいた他の生徒達が見とれていた。
和希と啓太は癒し系コンビとして有名だ。
学園MVPで可愛らしい啓太と病弱で可憐な美しさを持つ和希。
仕事のしすぎで体調を崩してよく保健室で休んでいるのと欠席の多さで、和希は病弱という風にいつの間にか周りに思い込まれてしまっていた。
その癒し系コンビがなんと女装をしている。
可愛らしさと美しさを備えた啓太と和希の姿を見た者は楽園にいる気分だった。
その控え室にいる生徒は学生会メンバーを除いて全員が女装をしていた。
どの生徒もそれなりに似合ってはいるが、和希と啓太にかなうものはいなかった。
なぜ、控え室にいる生徒達全員が女装をしているのかと言えば…
それは『ひな祭り女装コンテスト』があるからだ。
既に引退をしている元学生会会長の丹羽が、「ひな祭りイベント」をやろうと言い出した。
それに反対できる現学生会の役員などなく…会計部は反対したが…丹羽の意見はすんなりと通ってしまった。
自他かまわないので登録した生徒による『ひな祭り女装コンテスト』。
もちろん、和希も啓太も自ら登録などしなかった。
登録したのは現学生会のメンバー。
会長の伊藤啓太と副会長の遠藤和希の2人を学生会代表として申し込んだのだ。
和希と啓太が知ったのは締め切りが終わり、人数の確認をしている時だった。
さすがに最初は出ないと言い切った和希と啓太だったが、現学生会のメンバーに必死に頼まれたのと丹羽からの応援もあり、とうとう断り切れなかった。
何事にも順応性がいい啓太はどうせやるなら楽しくやろうと張り切っていた。
それに対して和希は最後まで拒んでいたが、啓太に言われ泣く泣く今日衣装を着たのだった。
「でも、その服ぴったりで良かったね。和希ってば、最後まで嫌がって仮縫いの時衣装を着なかったから俺心配だったんだ。」
「俺のサイズなら手芸部の人なら誰でも知ってるからな。」
ため息を付きながら言う和希の姿は艶かしい。
控え室の生徒達は「ほぉ〜」と言うため息を付きながら和希の憂い顔に見とれてしまっていた。
そんな周りの様子に啓太はその気持ちよくわかるよ…と思いながら無自覚な親友を困った目で見ていた。
「まあ、せっかくのお祭りなんだから楽しくやろうよね、和希。」
和希の肩をポンッと叩く啓太。
「啓太は偉いよな。その順応性が俺にもあればな…」
「大丈夫だよ、和希にだってあるよ。だってあの成瀬さんと付き合っている位なんだから。」
「け…啓太…」
瞬時に顔を真っ赤にさせる和希。
ああ、またそんな顔をして。
周りの生徒の事少しは考えた方がいいよ。
どうせ、和希の事だから皆、可愛い俺の学園の生徒だからって思ってるんだろうけど、俺達はそんなに可愛くなんてないんだよ?
俺…何となくだけど、成瀬さんの苦労が分かる気がするよ。
啓太がそう思った時、勢いよく控え室のドアが開くと同時に和希を呼ぶ声が控え室に響き渡った。
「ハニー!!」
「成瀬さん?」
驚く和希を無視して成瀬は和希の側にいくとその手をガシッと掴む。
「ハニー、どうして僕に黙ってこんなコンテストに出るの?」
「黙ってって…俺だって出たくて出ているわけじゃありません。」
「だけど、今こんな可愛い姿になってここにいるじゃないか!」
「それは…エントリーされた以上責任はありますから。それよりもここは関係者以外立ち入り禁止ですので出て行って下さい。」
「どうして?どうしてそんな悲しい事を言うの?僕はハニーが心配だからずっと側にいるよ。」
「心配って。心配される事はありませんので、引き取って頂いて結構です。」
「ハニー…」
和希からの否定の言葉で泣きそうな顔をしている成瀬。
そんな2人を側で見ていた啓太は成瀬が気の毒に思えて声をかけようとしたその時、成瀬がとんでもない事を言い出した。
「駄目だよ、ハニー。考え直して。こんなコンテストに出ちゃ絶対駄目!!」
「まったく…何でそんなに反対するんですか?こんなのお祭りの1つでしょう?」
「本当に出たら駄目だからね!」
「だから…何で駄目なんですか?」
「ハニーは自分の可愛さが分かってないの?普段ですら可愛いのに、こんな可愛い姿で人前に出たらどうなると思うの?」
呆れ顔で成瀬を見ていた和希はため息を付きながら言った。
「どうなるって、どうにもならないでしょう?」
「ハニーはまったく分かってないよ。いい!ハニーは凄く魅力的なんだよ。こんな恰好をしたらハニーの魅力に気づいた奴らにハニーは襲われかもしれないんだよ。そんな事になったら困るのはハニーだよ。ねっ、悪い事は言わないからこんなコンテストに出るのは辞めて!」
「……」
黙って聞いていた和希は身体をワナワナと震わせた後、キッと成瀬を睨むと周りに響き渡る音で成瀬の頬を叩いた。
「何言ってるんですか!馬鹿ですか、あんたは!」
「ハニー…」
頬を真っ赤にさせながら困った顔をする成瀬に和希は続けて言った。
「第一、俺を襲いたいなんて思う人はあんただけです!下らない事を言って学生会主催の行事を邪魔しないで下さい!」
そんな和希に成瀬はショボンとしてしまう。
「俺は学生会副会長をしてこのコンテストを行います。その邪魔はしないで下さい。」
「…う、ん…分かった…ごめんね、ハニー。」
和希にそこまで言わせた成瀬はしょんぼりとしていた。
そんな成瀬の側に和希は近づくを耳元でそっと囁いた。
「本当はこの姿、他の誰にも見せたくなかった。成瀬さんだけに見せたかったんです。俺を心配してくれてありがとう。愛してる、由紀彦。」
「…っ…」
成瀬が嬉しそうに顔を上げると、そこにはもう和希の姿はなく、啓太や学生会メンバーと一緒に『ひな祭り女装コンテスト』の最終チェックをしていた。
ほんのりと頬を赤らめながら打ち合わせをしている和希を見ながら、僕も愛してるよと心の中で呟く成瀬でした。
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