Hurry

「和希、もう行った方がいいんじゃないのか?」
「まだ行かない…」
不貞腐れて和希は答える。
そんな和希を丹羽は呆れ顔で、でも心の中では嬉しく思いながら見ていた。
今,和希は中庭のベンチに1人腰掛けている。
その側に丹羽は立っていた。


この2週間、和希の仕事はとても忙しかった。
出張に本社勤務に接待…
当然学校に通う時間も無かった。
それでも何とか丸1日とは言わないが、偶には1〜2時間は授業に出られていた。
ここまで忙しいと当然寮に帰る時間はなく、今回は丸々2週間外泊届けを出していた。
その忙しい仕事が昨日やっと区切りがつき、和希は今日は授業に出てから恋人の丹羽と久しぶりに一緒に過ごす予定だった。


無事に授業も終わり、丹羽と寮に帰ろうと学園から寮に向う途中で和希の携帯がなった。
相手は秘書の石塚からだった。
海外の取引先の人物が後少しで日本に着くので、和希に出向かいを頼みたいという内容だった。
久しぶりの丹羽との時間を邪魔された和希は不貞腐れ、すぐ側のベンチに腰掛けて動こうとはしなくなってしまった。

「なあ、和希そろそろサーバー棟に行った方がよくないか?」
「やだ。」
「やだって、お前何子供みたいな事言ってるんだよ。」
「だって…今日は休みにしてくれるって言った。」
「それはそうかもしれねえが、緊急なんだろう?」
「…」
「和希!」


和希は俯いていた顔を上げ、丹羽を見つめた。
その瞳は悲しそうに揺れていた。
丹羽は一瞬声が掛けられなかった。
和希の気持ちが痛いほど解っていたからだ。
丹羽だって今日の事をとても楽しみにしていた。
その証拠に普段真面目にこなさない学生会の仕事だってこの数日頑張ってこなしていた。
だから今日は中嶋だって黙って丹羽の好きにさせてくれていた。
だが…
和希は学生をやっているとはいえ、りっぱな社会人だ。
いつまでも我侭を言って駄々をこねるわけにはいかない。
そんな事は誰よりも和希が1番よく知っていた。


和希はため息を一つ付くと、
「解った。サーバー棟に行くよ。」
そう言って立ち上がる。
その顔はもう1年生の遠藤和希ではなく、ここBL学園の理事長の鈴菱和希の顔だった。
和希がその顔を見せると丹羽は内心寂しくなる。
恋人と言っても鈴菱和希に戻ると何故か和希との距離を感じてしまう。


和希は丹羽の方を振り返ると、
「哲也、ごめんね。折角ゆっくりできると思ったのに。」
「仕方がねえよ、仕事じゃな。」
「でも…今日の為に随分と学生会の仕事を頑張ったんだろう?」
「えっ?」
和希は苦笑いをした。
「中嶋さんが『丹羽は今日の為にこの数日珍しく真面目に仕事をしてたぞ。ちゃんとご褒美をくれてやれよ』って言ってたんだ。」
「なっ…ヒデの奴、余計な事を言いやがって!」
顔を赤くして答える丹羽に和希は済まなそうに言うと頭を下げた。
「だから本当にごめんなさい。」


そんな和希を丹羽はぎゅっと抱き締める。
「哲也?」
「謝るなって。お前が悪いわけじゃないだろう?」
「だけど…」
「いいんだ。だけど、少しだけこのままでいさせてくれるか?」
「うん…俺も哲也を感じたいからこのままでいさせて…」
和希は丹羽の背中に手を回しながら言った。


秋の風が優しく二人を包み込む。
暫くすると、和希はそっと丹羽から身体を離した。
「哲也。俺行ってくるね。」
「ああ。頑張って来いよ。」
「うん!」
和希はそう言うと、丹羽の頬にキスをするとふわりと笑ってサーバー棟に向って走って行った。






急な仕事で王様とのデートができなくなってしまった和希。
今回は珍しく和希が駄々をこねる話を書いてみました。
拗ねたって仕事は待ってくれないと解っている和希ですが、王様の前だけ見せる素直な姿を書いてみたかったんです。
王様の寛大な気持ちの前に和希も頑張ろうと思ってるに違いありません。
でも…和希の前では物分りのいい彼氏を演じてますが、きっと寮に帰ったらむくれている王様なんでしょうね(笑)
                   2008年9月18日