風邪
べチャッと額にあたる冷たい感触に和希に目を覚ますと、そこには心配そうな顔をした竜也がいた。
「おっ、目を覚まさせちまったか?」
「竜也さん…大丈夫です…」
擦れた声で答えた和希の頭を竜也は優しく撫でながら、
「具合はどうだ、坊ちゃん?」
「大分楽になりました。熱…下がったみたいですね…」
「ああ。だがクスリで下がっているだけだから、油断は禁物だぜ。」
「はい…ご心配お掛けしました…」
「何。これも仕事だ。気にするな。」
「それでも…ありがとうございます…」
優しく自分を見つめる竜也に和希は微笑んだ。
ここ、アメリカに留学した和希の護衛を勤めてくれている丹羽竜也。
言葉使いはかなり雑だが、その優しさに和希は竜也を父親のように慕っていた。
竜也もまた、自分の子よりいくつか年上だが息子というよりは可愛い娘ができた気分で和希に接していた。
そんなある日、和希が熱を出して倒れたのだった。
数日前から様子はおかしかったが、和希に聞いても大丈夫ですと言うのでそれ以上追求をしては来なかったのだが、体調の悪さがピークに達したらしく、和希は大学で倒れたのだった。
倒れた和希はかなり熱が高く、診てもらった医者によると慣れない環境でのストレスと風邪を拗らせたのだろうと言われ、点滴をしてもらい、クスリをもらって部屋で寝ていたのだった。
「坊ちゃん、我慢強いのもいいが具合が悪い時はそう言わなきゃ解んないからな。」
「ごめんさい。疲れていると思っただけだったので。」
「まったく。少しは甘えてもいいんだぞ。」
「甘える…?」
不思議そうな顔をする和希に、
「どうした?何か変な事言ったか?」
「いえ。ただ…俺、今まで甘えていいって言われた事なかったんです。だから驚いちゃって…」
困った顔をした和希を竜也は唖然と見ていた。
確かに特殊な家庭で育っていると思っていた。
けれども、甘える事も知らずに育った和希が不憫で堪らなかった。
我が子と同じように接しているつもりだったのに、どこかで壁を作っていたのだろう。
せめてここに俺がいる間はこの子に普通の生活を教えてやりたいと改めて思った竜也だった。
「解らなきゃ、これから俺がいやって程教えてやる。」
「えっ…えっと…お手柔らかに頼みますね、竜也さん。」
「ああ。楽しみにしてろよ。」
がはは…と笑う竜也を嬉しそうに見つめる和希の姿がそこにはあった。
そして、歳月は流れ…
和希はベルリバティスクールの理事長として、また1年生として多忙な生活を送っていた。
「和希!お前また無理をしただろう!」
「王様…」
保健室のベットで寝ていた和希は困った顔をしていた。
最近仕事が忙しいのと、風邪気味だったのが重なって先程体育の授業中に和希は倒れて保健室に運ばれていたのだった。
「心配かけてごめんなさい。」
「ったく…」
丹羽は頭をガシガシ掻くと、そっと和希の額にキスをした。
真っ赤になる和希に、
「俺と付き合って大分経つんだから、いい加減俺には甘えろよな。」
「王様?」
「今のままじゃ、ただの仲がいい先輩後輩だけじゃねえか。俺はもっとお前に甘えて欲しいんだ。」
真っ赤な顔をして言う丹羽を見て、和希は数年前からずっと慕っている竜也に同じ事を言われたのを思い出してしまった。
『甘えてもいい』…親子にそう言われた和希は幸せそうに微笑んでいた。