和希のお誕生日まで後5日

前日 (篠宮×和希)

「遠藤、今日も帰りが遅いのか?」
朝食を食べている時に和希は篠宮にそう聞かれた。
和希は少し困った顔をしながら、
「はい…今日も家の仕事が…」
「そうか、なら仕方がないが…」
「篠宮さん?」
篠宮らしからぬはっきりとしない言い方に和希は首を傾げる。

  *   *   *

和希と篠宮が恋人として付き合い始めて2週間あまりが経っていた。
最初は門限破り、無断外泊の常習者として和希を見ていた篠宮が和希を意識したのはMVP戦の直後だった。
啓太の親友としていつも啓太と行動を共にしていた和希。
しかしMVP戦のペアとして啓太が選んだ人物は和希ではなかった。
MVP戦が続くにつれ、和希と一緒にいる機会が減ってきた啓太はMVP戦終了後ペアの相手と恋人として付き合うようになった。
啓太といつも一緒にいた和希は大抵1人でいる事が多くなった。
そんな和希がいつしか篠宮は気になっていた。
なぜなら、MVP戦後の和希の門限破り、無断外泊は酷いものだったからだ。
本当は久我沼の件で慌しかっただけなのだが、和希が理事長だと知らない篠宮は啓太とあれだけ仲が良かった和希が啓太の事を恋愛対象として見ていて、振られたショックで荒れていると思い込んでいたのだった。
何とか和希を立ち直らせたい…そう思う篠宮はいつしか和希に恋心を抱くようになっていた。
だが、お堅い篠宮に他人が同性愛をしていても気にはならないが、自分が男に対してそのような感情を抱くのが信じられなくて悩んでいた。
そうすると不思議なもので、今まで和希に口うるさく言っていた篠宮があまり注意をしなくなったと言う事で逆に和希も篠宮を意識し始めた。
実は和希にとってあのように怒られる経験は今までになく、篠宮の説教はある意味新鮮なものだった。
それが突然になくなったのだ。
しかも、最近は自分でも自覚しているくらい門限破り、無断外泊が酷い。
それなのに篠宮は注意をしなくなってきていた。
寂しいとそう感じるようになった和希はある日早めに寮に帰れた日に篠宮に問い詰めてみた。


「篠宮さん、最近どうして俺の事を注意してくれなくなったんですか?」
「いや…別に…」
「なら、どうして以前みたいに視線を合わせて話てくれないんですか?最近の篠宮さんは少し変です。」
焦る篠宮は、
「そうか?すまん。あまり意識していなかった。それよりも遠藤、お前大丈夫なのか?」
「はい?何がですか?」
「その…伊藤との事だ…」
「啓太との事?啓太がどうかしたんですか?」
不思議そうな顔で聞く和希。
「遠藤、お前は伊藤と仲が良かっただろう?」
「あっ、はい。今でも仲がいいですよ。」
幸せそうに答える和希が篠宮には不憫だった。
失恋して苦しいだろうに、無理して笑顔を作る和希を見ているのが辛かった。
そんな和希を自分が癒してあげられないだろうかと篠宮は考えていた。


「遠藤…その…俺ではたいして役にはたたないと思うが、辛い時には辛いと言っていいんだぞ?」
「はあ?」
和希は困った顔をした。
篠宮が言いたい事がわからなかったからだ。
自分はそんなに辛そうな顔をしているのだろうか?
確かに久我沼の件で忙しい毎日を送っているし、あまり寝てないので寝不足なのは確かだ。
だが、篠宮がここまで心配するわけが解らなかった。
が…親切は受け取った方がいいだろうと判断した和希は、
「ありがとうございます。実は家の仕事が今忙しくて少し寝不足なんです。」
「そうか…無理はするなよ。」
「はい。」


頭を下げその場から去ろうとした和希の手を篠宮は掴んだ。
「あの…篠宮さん?手を…」
掴んだ手を離さないまま篠宮は言った。
「伊藤でないと駄目か?」
「えっ?」
「伊藤ではないと愛せないのか?」
「あの…篠宮さん?何の話をしているのですか?」
この場においてもまだ啓太への秘めた愛に身を投じている和希が篠宮には切なく思えた。
そして、そんな和希を自分の愛で安らかにしてやりたかった。


「遠藤、俺はお前が好きだ。」
「はい?」
「今はまだ伊藤が好きでも構わない。けれども真剣に俺との事も考えてはくれないか?」
「篠宮さん…それってもしかして告白してます?」
真剣な顔で言う和希に篠宮は、
「ああ、そう受け取ってもらって構わない。」
篠宮をじっと見て和希は答える。
「その前に篠宮さん、どうして啓太が出てくるんですか?」
「どうしてって…遠藤は伊藤を愛しているんだろう?」
「はい?」
和希は驚いて暫く口が聞けなかった。
どこをどう取ったら俺が啓太を愛してるって思えるんだ?
やはり篠宮さんの考えている事は不可解だ…と和希は思った。
「あのですね、篠宮さん。俺は確かに啓太が好きですけれども、別に啓太に恋はしていませんよ?」
「えっ…?」
驚く篠宮に和希は笑って答えた。
「何を勘違いされたかは解りませんが、そういう事なんです。それじゃ、俺はこれで失礼します。」
唖然とした篠宮を残して和希は自分の部屋に帰って行った。
その数日後、篠宮にもう1度告白された和希は1度は断ったが、篠宮の熱意に負け付き合うようになった。

     *   *   *

「今日、何かあるんですか?」
不思議そうな顔で和希は聞く。
篠宮は驚いた顔をした後、ため息を付く。
「明日が何の日か知らないのか、遠藤?」
「明日ですか?明日は確か6月9日でしたね。」
考え込む和希に篠宮は苦笑いをした。
しっかりしているようで、自分の事には疎い。
他人の心配もよくするが、自分の体調管理などは割といい加減だ。
遠藤を見ていると以外な事が解って愛しくなってくると篠宮は思っていた。


「本当にお前という奴は…」
そう言いながら和希の頭を撫でる。
「篠宮さん?」
「答えは今夜俺の部屋に来たら教えてやろう。」
「えっ?でも…今夜も門限までに帰れるか解りませんよ?」
「ああ、構わない。でも日付が変わるまでには俺の部屋へ来てくれるか?」
「はい。それなら何とか…」
ホッとした顔で答える和希に篠宮は微笑む。
日付が変わった瞬間に真っ先に『お誕生日おめでとう、和希。』と言おうと心に決めていた篠宮だった。







自分の誕生日をすっかり忘れている和希です。
それが和希らしいと言えば和希らしいのですが…
恋愛に不器用な篠宮さんが恋をした相手は和希でした。
和希も恋には鈍いのでこのカップルは今後どうなっていくのでしょうか?
でも篠宮さんと和希らしい素敵な恋人同士として成長していく事と思います。
                  2008年6月4日