Late

バレンタインにはチョコを渡す…そんな定番な事をしても喜ぶ人じゃない事は分かっている。
そもそもイベントなんて興味がない人だから。
その上、甘い物なんて大嫌いなのだから。
でも…何もないのも嫌なので散々悩んだけれども、選んだのはやはりチョコだった。
某有名店のチョコで甘くないビターチョコ。
でも…俺はそれを渡す事ができなかった。
だって聞いてしまったから…


その日、和希は仕事が忙しくて門限ギリギリに寮に帰ってきた。
点呼の後、部屋を抜け出して中嶋さんの部屋に向かった。
後少しで階段を昇りきろうとした時、聞き覚えがある声が聞こえた。

「しつこい!」
「待って下さい。中嶋副会長。せめてこれだけでも受け取って下さい。」
「いらないと言っただろう。」
「中嶋副会長には遠藤君がいるって知っています。だから俺の気持ちを受け取って下さいとは言いません。でも、せめてこのチョコだけでも貰って下さい。中嶋副会長を想って買ったんです。」
「そんなのはお前の勝手だろう。第一俺は甘い物が嫌いだ。」
「でも…遠藤君のは受け取るんでしょ?」
「あいつはそんな事はしない。」
「えっ?」
「俺がこういう下らないイベントが嫌いなのを知っているからな。あいつは俺の嫌がる事はしない奴だ。」
「そんな…だって…好きなら誰だって渡したいと思う筈です。」
「それは貴様の考えだろう。和希は俺の事を分かっているからそんな馬鹿な事はしない。」
「…」
中嶋に冷たく言われた相手は黙ってしまった。
そんな相手を中嶋は冷たく見つめた後、黙って歩き去ってしまった。

和希は何か見てはいけないものを見てしまった気分で、そのまま自分の部屋に戻ると、ベットの上に寝転がった。
先程の中嶋の言葉が頭から離れない。
『俺がこう言う下らないイベントが嫌いなのを知っているからな。あいつは俺の嫌がる事はしない奴だ』
和希は先程机の上に置いたチョコの箱を眺めた。
「俺…中嶋さんの事…まだ分かってないんだな…」
そう呟いた。
和希はどちらかといえばイベント好きだった。
ただそれは、今までそういう経験を余りした事がなかったせいであった。
中嶋と付き合うようになってから、色んなイベントがあったが、確かに中嶋は楽しそうではなかった。
ただ、学生会会長の丹羽がお祭り好きという事もあり仕方が無くやっているという感じだった。
今は丹羽も中嶋も引き継ぎをしてしまったので、もう学生会のメンバーではない。
だから、こういうイベントには興味がないのかもしれない。
だけど…
「渡したかったな、バレンタインチョコ…」
そう言ってから和希は起き上がると、チョコを持って寮を抜け出し、サーバー棟に行き理事長室で1晩過ごしたのであった。
あのまま寮にいるのは辛く、眠れなかったから…

翌朝、寮に戻った和希は入り口で中嶋に会った。
「…中嶋さん…」
「遅かったな。」
「あっ…はい。仕事が終わらなくて今帰って来ました。」
「そうか…」
そう言うと中嶋は和希の頭を撫でた。
「遅くまで大変だったな。」
「いいえ…」
和希は中嶋の手が冷たいのに気が付くと、
「中嶋さん、いつからここにいるんですか?」
「昨夜からだ。」
「昨夜って…まさか一晩中ここにいたんですか?」
「ああ。」
「ああって。どうしてそんな馬鹿な事をしたんですか?風邪でも引いたらどうするんですか?」
「こんな事で風邪など引かない。」
「でも…」

心配そうな顔をする和希に、中嶋は手を出した。
それが何を意味するのか分からなかった和希は、
「中嶋さん?」
「俺は昨日ずっと待ってたんだ。」
「何をですか?」
「昨日が何の日だか知らないとは言わせないぞ。」
和希は驚いた顔をしていた。
そんな和希の頬に中嶋はそっと触れる。
「どうした?そんな変な顔をして。」
「だって…中嶋さん…バレンタインとかのイベントは嫌いでしょ?」
「好きではないな。」
「だったらどうして?」
「和希からだったら別だ。」
「えっ…?」
困惑する顔をする和希に中嶋はニヤッと笑って答える。
「どんな苦手な事でも和希がしてくれるなら最高な出来事になる。」
「だって…」

和希の目からは涙が零れる。
「だって俺昨夜聞いてしまったんです。」
「何をだ?」
「中嶋さんが廊下で『俺がこういう下らないイベントが嫌いなのを知っているからな。あいつは俺の嫌がる事はしない奴だ』って言っている所を。」
「ああ、あの事か。あれは断わるのに言ったまでだ。」
「断わる為に?」
「チョコなど甘い物は好きじゃないからな。だから和希から貰うのだけで十分だ。」
「中嶋さん…俺からのチョコ…受け取ってもらえるんですか?」
「当たり前だ。だが、その前にお仕置きが必要だがな。」
「なっ…なんでですか?」
「立ち聞きした悪い子にはお仕置きしないといけないだろう?今日は授業に出られると思うなよ。」
嬉しそうに言う中嶋に和希はため息をつきながら、
「…午後には仕事にいけるようにして下さいね。」
「それはこれからのお前次第だな。」
和希はふわりと微笑んで言った。
「お手柔らかにお願いしますね。」



中和でバレンタインでした。
今無償に甘々な話が書きたくて書いた話です(笑)
中嶋さんはチョコは嫌いですが、和希からもらうチョコは特別みたいです。
でも、食べるのかな?
食べてもきっと1粒で後は和希が食べる気がします。
                  2009/2/23