Meet again

ふと窓を見ると、外にはチラチラと雪が降っていた。
和希は理事長の椅子から立ち上がると窓の側に立ち、
「雪か…今年は久しぶりにホワイトクリスマスになるんだな…」
そう寂しそうに呟きながら、窓を何気なく触り、
「…冷たい…」
そう言って窓から手を離した。
暖房の効いた室内だが、窓は外と同じように冷たい。
冷たいのは窓に触れた手だけではなく、和希の心の中もそうだった。


あれから何年経ったのだろうか?
中嶋さんと別れてからもうすぐ5年になろうとしている。
ケンカ別れをしてしまって、そのまま海外に留学してしまった中嶋さん。
留学中1度も連絡がなく、おそらくもう日本に帰って来ているのだろうが今だに自分の元には連絡がなかった。
王様にでも聞いて見れば今の中嶋さんの様子が解るかもしれないと思ったが、聞く勇気もなかった。
もっと素直になっていたらこんな風にはならなかったのだろうか?
そう考えた和希はフッと笑った。
中嶋さん相手だ。
遅かれ早かれきっと自分と別れる日が来ただろう。
自分がいくら好意を抱いていても、中嶋さんもそうだとは限らない。
隔離されているこの学園島にいるから、自分を恋人をして付き合ってくれたんだろうから。
ケンカ別れをしなくても、おそらくは卒業と同時に別れを切り出されたか、自然消滅していただろう。
きっとそうに違いない…
和希はそう思いながら、窓の外の雪を眺めていた。

          * * *

5年前の年明けのある日の事だった…
その日和希は何気なく、理事長室で3年生の進路希望書を見ていた。
そろそろセンター試験が近いせいもあり、3年生の進路が気になっていた。
中嶋からどこの大学を受けるか聞いていなかった和希はほんの好奇心で中嶋のデーターを見て唖然としてしまった。
そこに書かれていた進路希望は『海外大学への留学』
ガタッと立ち上がった和希はすぐに制服に着替えると、急いで寮に戻り中嶋の部屋を訪ねたのだった。


“コンコン”
和希がドアをノックするとすぐにドアが開き、
「どうした?そんな顔をして。」
中嶋は和希を見て一言そう言った。
「中嶋さん、話があるんです。中に入れてもらえますか?」
「ああ、構わないが、手短に頼むぞ。」
部屋に入った和希は、
「中嶋さん、中嶋さんの進路って留学なんですか?」
「誰に聞いた?」
「誰だっていいじゃないですか。それよりも本当なんですか?」
「ああ。」
中嶋の一言に和希は言葉を失った。
どうしてそんな大切な事を自分に言ってくれないんだろう?
和希は悲しみにくれた瞳で中嶋に尋ねた。
「どうして?どうして俺に言ってくれなかったんですか?」
「お前に言ったってどうしようもない事だろう。」
「それは…そうかもしれないけれども…でも、俺は知りたかった。中嶋さんの口から留学すると聞きたかったんです。」
中嶋は冷たく和希を見つめると、
「お互いに束縛しないと決めたはずだが。」
「なっ…確かにそう言う約束はしましたが…」
「なら、文句は言うな。」
「文句じゃなくて…」
「なら、何だ。」
「…」
和希は言葉を失っていた。


和希と中嶋の付き合いは和希の告白から始まった。
告白した和希に中嶋は付き合うならお互いを束縛しないでいようと言った。
理事長である和希は常に忙しく思うように時間が取れないのが現状だったし、中嶋はあれこれと煩く言われたり行動を規制されるのは好きではなかった。
だから中嶋にとって常に忙しい和希との付き合いは丁度良かったのかもしれない。
運良く身体の相性も良かったらしく、中嶋は和希を抱くのを好んでいた。
時折見せる中嶋の優しさに和希はどんどん惹かれていった。
けれども、和希が中嶋に惹かれれば惹かれる程和希は中嶋と自分との間に温度差を感じていった。
自分が思っている程、中嶋は自分を好きではないのではないかという事に…
そんな時だった。
もうじきセンター試験があるので、中嶋に合格祈願のお守りを渡そうと思っていた和希は、中嶋から受験の事について何も聞かされてないのに気が付いた。
だが、この時期は来年度の新入生の選抜で忙しいく、中嶋もまた受験勉強と学生会の引継ぎで忙しく、お互いに忙しくて会えなかったのでいけないとは思ったが学校のデーターから中嶋の進路を調べたのだった。


「用はそれだけか?俺は忙しいんだ。もう帰ってくれるか?」
中嶋の一言に和希はハッと我に返り、中嶋に言った。
「確かにお互いを束縛しないと決めました。でも、俺は中嶋さんの恋人でしょ?中嶋さんの進路くらい教えてくれてもいいじゃないですか?」
「一々報告する義務があるのか?遠藤、お前は理事長なんだからいくらでも自分で調べられるだろう。煩わせないでくれ。」
「…煩わしいんですか…?」
「ああ、そうだ。」
中嶋の一言に和希の胸はツキンと痛んだ。
「これじゃ付き合ってると言えないじゃないですか?いくら束縛しないからってあまりに酷いです。」
「俺はこういう人間だ。そんな俺に付いていけないなら別れた方がいいな。」
「なっ…中嶋さんにとって俺はその程度の相手だったんですか?」
「そうだ。」
「解りました。それが中嶋さんの望みなら別れた方がいいですね。」
和希はそう言って中嶋の部屋を飛び出したのだった。


当然中嶋は和希を追っては来なかった。
和希も頭にきていたのと理事長の仕事が忙しかったので、中嶋に会うこともなく時は流れていった。
そして、運が悪く卒業式の2日前から出張が入り和希が学園に戻ったのは卒業式が終わってから3日経っていた。
それっきり、中嶋は和希に何の連絡も寄越さず、和希もまた中嶋に連絡をしようとは思わなかった。

          * * *

あの時、勇気を出して謝っていたら事態は少しは変わっていたのだろうか?
でも、あの時の和希にはそれが出来なかった。
自分はこんなにも中嶋が好きなのに、中嶋は自分の事をそれ程思ってはいないと知ってしまったからだ。
今では大人げなかったと思う。
駄目になるなら本心を伝えていれば良かった。
最初から『束縛されるのは嫌じゃない』と…
中嶋に嫌われたくなくて、一生懸命に中嶋の好む相手になるように努力していた。
本当の自分を隠して付き合っていたって上手くいくわけがないのに、あの時はただ付き合いたいという思いでいっぱいだった。
その結果、我慢の限界をむかえてケンカ別れをしてしまった。


窓の外の雪を見ながら和希は5年前のクリスマスを思い出していた。
あの時も雪が降っていてホワイトクリスマスだった。
中嶋と過ごした初めての、たった1度のクリスマス。
鬱陶しがられると思ったがどうしてもクリスマスプレゼントを渡したくて、手編みのマフラーをプレゼントした。
嫌がると思ったが、貰ったマフラーをその場で首に巻いて『ありがとう』と言ってくれた。
もちろん、中嶋からのクリスマスプレゼントなどなかったが和希からのプレゼントを貰ってくれただけで和希は嬉しかった。
和希の頬を流れる一筋の涙…
もう忘れなくちゃいけない…
5年も待っていたって何も変わらなかった。
もしかしたら留学から帰ってきたら連絡があるかもしれないと淡い期待もしていた。
けれども、そんなむしのいい事など起こるわけがなかった。
窓から離れ理事長席に戻った和希にノックの音が聞こえた。


「はい。」
「失礼します。」
理事長室に入って来た秘書は、
「和希様、BL学園の卒業生がいらしているのですがいかがいたしましょうか?」
「卒業生?」
「はい。和希様に大切なお話があると言うのですが、お断りいたしましょうか?」
和希は暫く考えた後に言った。
「いや、折角尋ねてくれたんだ。通してくれ。」
「かしこまりました。」
秘書はそう言うと軽く頭を下げると、いったん理事長室を出て行った。
再びノックが聞こえ、中に入るのを即した和希の前に現れた人物を和希は呆然として見つめていた。


そんな和希に入ってきた人物は一言言った。
「久しぶりだな、遠藤。いや、鈴菱か。相変わらずだな。」
「…中嶋さん…?」
「どうした?鳩が豆を食らったような顔をして。」
そう言って中嶋は和希の頬に触れた。
その暖かさに和希はハッとして、
「どうして?」
和希は中嶋の手を払って言った。
払われた手を中嶋は気にもせずに、
「フッ…やはりその方がお前らしい。」
「えっ?」
中嶋は優しく微笑みながら、
「お前はいつも無理していただろう?俺はそんなお前を見るのが嫌だった。」
「えっ…?」
和希は驚いた顔をして中嶋を見つめた。


「5年前、遠藤から告白されて俺は嬉しかった。俺も同じ想いだったからだ。だが、お前は俺の好きなタイプになろうと自分を押し殺して無理をしていただろう。そんなお前といるのが俺は辛かった。」
「…」
「俺はありのままの遠藤が良かったのに、作られた性格の遠藤と一緒にいるのは嫌だった。」
「でも…あの時中嶋さんは…束縛されるのは嫌だと…言ったじゃないですか…」
「お前の反応を見たかったからな。嫌だと言うかと思ったら『ちょうど良かったです。俺も理事長として忙しいので助かります』そんな答えが返ってくるとは思わなかった。」
「…だって…」
「だって何だ?」
和希の目から涙が溢れてきていた。
「中嶋さんが好きだったから、どうしても貴方と付き合いたかったんだ。だから、中嶋さんの好みに人になるように自分を偽って付き合っていたんだ…」
和希の頬を流れる涙を中嶋は優しく拭う。
「馬鹿な奴だ。なぜそんな事をする必要があるんだ。そんな事をするからわざと素っ気ない態度で接していたんだ。それなのにお前はそれに無理をして合わせようとしていただろう。まったく呆れて物も言えないとはこの事だな。それに、いつ謝ってくるかと待っていたのに5年もほっとかれるとは思わなかった。」
「…待ってて…くれたんですか…?」
「当たり前だろう?俺はお前と付き合うと言ったんだぞ。俺の言葉を軽くみるな。」
「…いいの?…こんな俺で…中嶋さんは…いいの…?」
「ありのままのお前がいい。今度は嘘偽りのないお前と付き合いたいものだな。」
「…ごめんなさい…」
「フッ…やっと聞けたな、その言葉を。」
中嶋は和希の腰を引き寄せると、優しくキスをする。
そして耳元で囁いた。
「和希、お前を愛してる。もう、俺の側を2度と離れるな。」
そう言った中嶋に、和希は嬉しそうに微笑むと返事のかわりにキスをした。




ちょっと切ないクリスマス話が書きたかったので書いてみました。
お互いに意地っ張りな2人でしたが、最後に折れてくれたのは中嶋さんでした。
さすがに和希の性格をよく把握していますね(笑)
和希、今度こそ素直になって中嶋さんと幸せになって下さい。
                       2008/12/22