仲直りはハロウィーンで

机の上には綺麗に包装されたお菓子が入っている箱がいくつも置いてあった。
丹羽はそれを見ながらため息を付いていた。
「こんなに買ったって渡せもしないのによう。俺って本当に馬鹿だよな…」
明日は10月31日ハロウィーンだ。
学園では特にハロウィーンのイベントはやってはいないが、生徒達の間ではお互いに「トリック・オア・トリート」と言ってお菓子を渡している。
だから、この時期は街にお菓子を買いに行く生徒が多い。
もちろん、イベント好きの丹羽も毎年お菓子を買いに街に行っていた。
が…今年はいつもと違っていた。
いつもは行かないスイーツの店に行ってくまの形をしたチョコレートやクッキーをたくさん買ってきたのだった。
だが、買ったはいいが渡す事ができるかどうか分からなかった。
丹羽が渡したい相手はある理由で声すら掛けられない状態だったからだ。
最近気になっている人物が丹羽にはいた。
気に入らないとずっと思っていた理事長で、現在名前を偽って1年生として在籍している遠藤和希。
丹羽はその和希の事が気になって仕方がなかった。
最初は啓太と一緒に学生会を手伝ってくれる貴重な戦力だった。
MVP戦後、和希が理事長だと知って酷い言葉を浴びせた。
和希も丹羽の気持ちを察したのか、学生会には近寄らなくなっていた。
偶に学園や寮で会う事もあったが、和希は何事もなかったかのように会釈だけをしてすれ違っていた。
丹羽も一時の怒りで言い過ぎたと反省をしてはいたが、今更どうしていいのか分からずにいた。
その内、和希が啓太や他の人に笑いかけるのが気になってきていた。
自分には見せない笑顔で他の人に接する和希になぜだか腹が立っていた。
そんな気持ちが恋だと気が付いていない丹羽だった。

ある日、丹羽を探しに来た啓太を和希と間違えた事があった。
「王様、和希の事、そんなに気になっているんですか?」
「えっ…そんな訳ないだろう。」
「だって今俺の事『遠藤』って言ったじゃないですか。」
「だから、それは寝ぼけていたって言っただろう。」
気まずそうに言う丹羽を見て啓太は苦笑いをしながら、
「まあ、そういう事にしておきます。」
「そういう事ってなぁ。啓太、お前ヒデと付き合うようになってから変わったよな。」
「そうですか?それよりも和希との関係、このままでいいんですか?」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りですよ。王様、和希に学生会に2度と来るなって言ったのを後悔してるでしょう。」
「…っ…別に俺は…そりゃ、手伝いの手が多いのに越した事はないからな。」
「もう、素直じゃないんですから。」
啓太はクスッと笑いながら、
「でも、何か機会がないと謝りにくいですよね。そうだ!もうじきハロウィーンだから和希にお菓子を渡して謝ったらどうですか?」
「お菓子か…」
「はい。和希はくまが好きだからくまの形のお菓子をあげたら喜ぶと思いますよ。」
「遠藤の喜ぶ顔か…最近見てないからみてえな。」
「なら、決まりですね。頑張って下さいね、王様。」
その時は単に仲直りのきっかけがつかめればいいと思っていただけだった。
そして、また以前のように学生会の手伝いをしてくれたらいいと思っていた。

ハロウィーン当日。
今年は日曜日のせいか寮の食堂でやりとりする生徒が多かった。
丹羽もいつ和希に会ってもいいようにとたくさん買ったお菓子の中から1つだけポケットに入れて持ち歩いていた。
だが、そういう時に限って和希には1度も会わずに就寝の時間を迎えてしまった。
布団の中で寝返りを打った丹羽は机の上にあるたくさんのお菓子の箱を見ていた。
「ったく…こんなに買ってどうするつもりだったんだろうな、俺は…」
声に出すと虚しくなってきた。
ただ、和希の笑顔が見たくてこんなに買ってしまったのだ。
以前のように『王様』と呼んでもらいたかった。
それだけの為にこんなにもお菓子を買い込んでしまった。
「くそー。なんかイライラしてきた。」
そう言うとベットから降り、冷蔵庫を開けて何か飲もうとしたが何も入っていなかった。
「こういう時に限って何にもないんだな。仕方ない。下に行って買ってくるか。」
丹羽はそう言うと部屋を出て、ジュースの販売機があるロビーに向かった。
欲しかった飲み物をを買って部屋に戻ろうとした丹羽の目に和希の姿が映った。
「遠藤。」
「えっ?王様?」
丹羽に声を掛けられた和希は驚いた顔をしていたが、すぐに気まずそうな顔をして頭を下げるとその場を去ろうとした。
「待てよ、遠藤。」
「何か用ですか?」
和希を呼び止めたのはいいが、何を言っていいのか分からず丹羽は黙り込んでしまった。
暫くすると、
「門限破りの事ですね。すみません。」
丹羽に向かってもう1度頭を下げる和希。
そんな和希に丹羽は慌てた。
違うのに…
そんな事を言わせたりさせたりしたい訳ではなかったのに…
「トリック・オア・トリート」
「は?」
丹羽の突然の言葉に和希は驚いて顔を上げた。
「あの…」
「だから!トリック・オア・トリート!意味くらい知ってるだろう。」
「はい。お菓子をくれないといたずらするぞって意味ですよね。」
「ああ。今日はハロウィーンだからな。」
和希はもっていた鞄の中から綺麗に包装された小さな箱を出すと丹羽に差し出した。
呆然として和希を見つめる丹羽。
和希は丹羽の手を取ってその手に箱を握らせると、
「お菓子です。」
そう言うと部屋に向かって歩きだした。
丹羽は慌てて和希に声を掛けた。
「遠藤、お前は言ってくれないのか?」
「何をですか?」
「トリック・オア・トリートだ。」
「俺は別にそういう事には興味ないので。」
「いや、お前に興味がなくても俺にはあるんだ。」
「はあ。だから何ですか?」
「俺にも言って欲しいんだ。」
「…」
和希は暫く考えた後に言った。
「でも、今王様はお菓子を持っていませんよね。俺、いたずらはしたくありません。それに疲れているのでもう休みたいんです。勘弁してもらえませんか。」
「俺の部屋に来てくれればお菓子があるんだ。遠藤に渡そうと思っていたお菓子が。」
「俺に渡そうと思っていたお菓子?」
「ああ。だから今すぐに俺の部屋に来てくれ。お前から『トリック・オア・トリート』と言ってもらってお菓子を渡したらすぐに部屋に帰っていいから。頼む。」
ジッと丹羽を見ていた和希は、
「どうして…」
「えっ?」
「王様は『俺に2度と話しかけるな』って言ったじゃないですか。だから俺は王様との会話は避けていたのに、今頃になってどうしてそういう事を言い出すんですか?」
「…俺が悪かった…」
「王様?」
「遠藤の秘密を知って頭にきて酷い事を言ってしまった。これでも反省してるんだ。何とかして仲直りしたくて…そのきっかけを探してたんだ。今日はハロウィーンだしこれをきっかけにまた以前のように学生会を手伝ってもらえたら助かると思ったんだ。」
「手伝いが必要だからですか?」
「違う!確かに手伝いは欲しいけどよう。それだけじゃない。啓太と一緒に学生会を手伝ってくれている遠藤の姿がみたいんだ。その姿を見ると安心できるんだ。」
「…」
「駄目か?あんな言い方をした俺をもう許せないか?」
和希は首を左右に振ると、
「もう…許してもらえないと思っていました…俺は貴方が嫌いな理事長だから…」
「そりゃ、今でもお偉方は嫌いだけどな。お前が理事長なら理事長だけは好きだ。」
「王様…」
「酷い言葉を浴びせて悪かった。許してくれるか?」
「はい。俺の方こそ黙っていてごめんなさい。」
「それじゃ、俺の部屋に来て言ってくれるか?」
「分かりました。王様が俺の為に用意してくれたお菓子をもらいに行きます。」
そう言って微笑んだ笑顔は丹羽がみたいと望んだ笑顔だった。




少し早いですが、ハロウィーンの話です。
2人が付き合う前の王様と和希です。
意識はしていませんが、和希も王様もお互いの事が好きです。
けれども、それにはまだ気が付いていません。
きっとこの話の王和はゆっくりとお互いの気持ちを確かめあって卒業あたりに王様から告白されて付き合うと思っています。
皆さまも素敵なハロウィーンをお過ごし下さい。
                       2010年10月25日