大晦日

「まったくついてない。」
中嶋はそう呟きながら歩いていた。
本来なら今頃は家でのんびりとしている予定だったのだが、丹羽が突然に中嶋の家に押しかけてきたので予定が変更になってしまったのだった。
時間は数時間前に遡る…


玄関のブザーがけたたましくなり、ドアを開けるとそこには丹羽が立っていた。
中に入れてくれるかと言われたので丹羽をリビングに通し、中嶋が椅子に座ると丹羽はいきなりとんでもない事を言い出した。
「ヒデ、今年の年越しは俺と過ごそうぜ。」
「何が楽しくて、お前と正月を迎えなくてはならないんだ。」
「つれない事言うなよ。俺とお前の仲だろう。それに遠藤とは忙しくて一緒にいられないんだろう?」
「…よく知っているな…」
「ああ、啓太から聞いたんだ。遠藤も大変だよな。大晦日まで仕事だなんてさ。」
「それが、あいつの仕事だから仕方がないだろう。それよりもどうしてお前はここに来たんだ。確か家に帰ったはずだが。」
「ああ、それがよう…」
丹羽は頭を掻きながら言った。
「今年は親父が大晦日も正月も家にいるんだ。今までこんな事はなかったのによう。ずっとあの親父と顔を合わせるのかと思うとゾッとしてさ。ヒデならきっと1人だからいいかなと思ったんだ。」
「ほう…」
中嶋は腕を組みながら返事をした。
「それは家にいたくないから、俺の所に来たと言う事でいいのか。」
「物わかりがいいな。以前暮れも正月も両親は仕事で忙しいし、お姉さんもいないと言っていただろう。1人きりで正月を迎えるのは寂しいだろうと思ってさ。今年は俺と過ごすのもいいかと思ってな。」
「俺は1人の方がゆっくりできていいのだが。」
「相変わらずヒデは素直じゃないな。俺と一緒で本当は嬉しいんだろう。」
「…」

一瞬蹴りでもくらわそうと真剣に思ってしまった中嶋だった。
どうしてそう自分の考えを人に平気で押しつける事ができるのか中嶋は理解できなかった。
だが、その押しつけは中嶋にとってはもう慣れてしまったものだった。
「来てしまったものは仕方がないが、俺の邪魔だけはするなよ。」
「サンキュー、ヒデ。助かったぜ。」
丹羽はそう言った後、冷蔵庫を覗いて、
「ヒデ、何にもないんだな。」
「ビールとつまみはあるだろう。」
「そうじゃなくてさ。明日はお正月なんだぜ。お正月くらい豪華な物を食おうぜ。」
「正月だからと言って特別な物を食べる予定はない。」
「え〜、折角の正月だぜ。何か美味い物が食いたいんだ。」
あれこれ言う丹羽に、
「そんなに食べたければ、何か買いに行けばいいだろう。」
「なら、ヒデも一緒に行かないか?」
「俺はいい。」
「冬休みだからって家にばかりいたら身体に良くないぜ。買い物ついでにどこかで夕食でも食べて来ようぜ。」


結局丹羽の言う通りに一緒に買い物に行く事になった中嶋だった。
お互いに何か欲しい物があったら買うと言う事で丹羽と別れて何を買おうかと思って店を見ている時だった。
聞き覚えがある声が聞こえたと思いそちらを向いた中嶋は、啓太と七条に会ってしまったのだった。
この2人は付き合っているので、おそらく2人きりで新年を迎える予定なのだろう。
嬉しそうに買い物している姿に一瞬だけイラッとしてしまった。
なぜなら幸せそうな2人の姿を見た時、脳裏に和希の姿が浮かんでしまったからだ。

いつも忙しい和希。
申し訳なさそうに『ごめんなさい』とばかり言う。
いくら気にするなと言っても駄目だった。
和希が理事長である事を承知で付き合っているのだ。
学生の自分とは違い忙しいのは当たり前なのに、恋人としての時間を十分に取る事ができないと和希はいつも思っている。
今回もそうだった。
「英明、俺…もう今年は会えないと思うんだ。」
「そうか。俺も家に帰るから気にするな。」
「…うん…ごめんなさい…」
「どうして謝るんだ。」
「だって…」
和希は目を反らしながら言った。
「普通の恋人は年末年始を一緒に過ごすだろう。なのに俺は仕事で時間を取る事もできなくて…」
「仕方がないだろう。それが和希の仕事なんだから。世の中には年末年始を仕事で過ごす人は大勢いるんだ。和希だけが特別じゃない。」
「うん、分かってる。分かってるけど…ごめんなさい…」
「謝る必要はないと言ったろう。」
「…うん…」
中嶋の胸に顔をつけながら頷く和希に、悲しい思いなどさせたくないのにどうしてこうなってしまうのだろうかと中嶋の胸は切なくなるのだった。

その事を折角忘れていたのに、七条と啓太に会った事で思い出してしまった。
これも全て丹羽が突然に押しかけてくるからいけないのだと思いながら歩いていた中嶋はある店の前で足を止めた。
そこには可愛いくまのぬいぐるみがチャイナドレスを着ていて、その側にはくまと同じ柄のチャイナドレスが置いてあった。
淡い色のチャイナドレスは和希によく似合いそうだった。
チャイナドレスを着ろと言っても嫌がるだろうが、このくまのぬいぐるみと一緒に渡したらおそらく和希は着てくれるだろう。
お正月なのだから、偶には変わった事をしても和希も嫌がらないだろう。
先程までの不機嫌さを忘れた中嶋は嬉しそうにその店に入って行き、くまのぬいぐるみとチャイナドレスを買うのであった。






中和なのに和希が殆ど出てきませんでした。
ドラマCD『学園ヘヴン2〜強気な2年生〜』を聞いた時に思いついた話です。
オチが和希を女装させようと思っている中嶋さんというしょうもない話で申し訳ありませんでした。
和希は啓太と七条さんを見て、自分ももっと中嶋さんと一緒にいられたらいいのにできなくて切ない思いをしているという設定にしてしまいました。

今年も1年間、皆様に支えられてサイトを運営する事ができました。
本当にありがとうございました。
来年も頑張りたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
               2009/12/31