島での生活

(1)
哲也が和希のいる島にやって来て数週間が経っていた。
哲也の明るく気さくな性格は島の人々にすぐに受け入れられた。
もちろん、信頼している和希が慕っている人物というのも大きなところだったけれども。
島の駐在所に勤務した哲也は当然和希と一緒に暮らせるものだと思っていた。
が…哲也の住まいは駐在所の隣で和希は学校の側の一軒屋に住んでいた。


「なあ、和希。一緒に住まないか?」
情事の後、哲也は息がまだ整わない和希の髪を撫でながら言った。
和希はまたか…という顔をしたが、
「無理です。」
きっぱりとそう言った。
落胆する哲也。
大体和希は考えが固いんだと哲也は思っていた。
和希の性格は解っていたつもりだったが、こうして一緒にいると新しい面ばかり見つかる。
そしてそれは以外な和希の一面でもあった。


この島にやってきて哲也の告白にうなずいた和希。
そしてその場でキスを受け止めてくれた和希。
当然その後は和希を抱くつもりでいた哲也だった。
だが、和希は「もう駐在所に行ったのですか?」とか「村長さんに挨拶に行きましたか?」と言い出した。
島について真っ先に和希に会いにきた哲也だったので「まだ何もしていない」と言うと、「それではまず村長さんのお宅に行きましょう」
と言い出し、そのまま連れて行かれて挨拶をすると歓迎会だと言われ村長の家で飲まされてその日はそこに泊まる事になってしまった。
和希はというと、「明日も学校があるので失礼します」と言いさっさと帰ってしまった。
久しぶりの再会と愛を確かめあったのにこれは酷くないかな…とさすがの哲也も思ったがまあ明日があるさと思ってその日は村長に付き合って飲み明かした。
翌日はさっそく島の駐在所の仕事の引継ぎがあり、バタバタしていた為に和希にすら会えなかった。


島に来て3日目、島の案内をしてもらっている途中に生徒と一緒にいる和希に哲也は会った。
嬉しさのあまりに、
「和希!元気だったか?」
と声をかけると、周りの人が驚いた顔をした。
「丹羽さん、和希先生とお知り合いなのですか?」
「和希先生、この人誰?」
「俺、このおじさん知ってるよ。今度駐在所に来たお巡りさんだって聞いたよ。」
「へ〜。でもどうして和希先生を知っているの?」
和希は少しテレた顔をしながら、
「先生の高校の先輩なんだ。」
そう言った。


哲也の胸がズキンと痛んだ。
そりゃ、男同士だから恋人だなんて言えないだろう。
でも、他にもっと言い方があるだろう?
親しくお付き合いしていたとか、昔から懇意にしているとか…
よりにもよって「ただの先輩」。
その前に「親しい」とか「仲か良かった」とかつけないのか?
哲也はそう思って和希を見たが、和希は既に生徒と楽しそうに話をしていた。
唖然としている哲也に和希は、
「丹羽先輩、俺子供達と帰るのでこれで失礼します。お仕事に早くなれて下さいね。」
そう言って生徒達とその場を離れていく和希。


その姿を見つめていた哲也に案内をしていた人はこう言った。
「丹羽さんは和希先生の先輩だったんですね。和希先生はとても良い方で島の皆に慕われているんですよ。子供達にも人気があって、時間がある日はああして子供達と一緒に帰っているんですよ。」
「そうなんですか…」
「ええ。丹羽さんは和希先生と親しいんですね。気をつけないと子供達にヤキモチをやかれてしまいますよ。」
笑いながらそう言った案内人に哲也は困った風に笑い返した。
もしかしてここで和希と付き合っていくのは結構大変なのかもしれないと。
でも、その予感は的中していた。


その晩哲也は和希の家を訪ねていた。
驚いた和希だったが、快く迎えてくれて離れていた10年間のそれぞれの生活の話をしていた。
ふと、会話が途切れた時哲也は言った。
「和希、これからの事なんだが一緒に暮らさないか?」
「えっ…?」
「俺は和希が好きだ。ここには和希を俺の妻にする気で来たんだ。だからずっと一緒にいたい。」
「丹羽先輩…」
和希は困った顔をしていた。
暫く続いた無言の後、和希は言った。
「俺も丹羽先輩が好きです。けど…一緒には暮らせません。」
「どうしてだ?」
「ここは小さな島です。男同士が一緒になんて暮らせません。まして丹羽先輩は警察官で、俺は教師なんです。立場上どう考えたって無理です。」
「立場なんて関係ないだろう?大切なのはお互いの気持ちだろう?」
「それはそうかもしれないですけど…」


俯いてしまった和希にもどかしさを感じる哲也。
好きなら好きで一緒にいたって何の問題も無いだろう?
そう思った哲也は俯いている和希を抱き締め、その唇にキスをした。
驚いた和希だったが、素直にその行為を受け止めていた。
その様子に安心した哲也は触れるキスから舌を入れる深いキスにかえていった。
ビクッと震える和希の身体。
でも、哲也は止まらなかった。
もう我慢の限界だったからだ。
哲也はキスをしながらその場に和希を押し倒した。
そしてシャツを捲って和希の胸に触った時、
「やっ…」
和希は哲也を突き飛ばした。
まさかの出来事だった。
油断していたとはいえ、この和希の身体のどこにそんな力があるかというくらいの力だった。


和希は哲也から離れると自分の震えている身体を抱き締めて、怯えた目をして哲也を見ていた。
唖然とした哲也だったが、すぐに和希の過去を思い出した。
義父によって無理矢理客を取らされた和希。
その時は確かまだ12歳だったはずだ。
どんなに恐ろしかった事だろう?
でも拒む事などきっと許されなかった筈だ。
その時の事があったので最後まで自分と付き合えないと言い張った和希。
好きと言う気持ちがあっても身体はついてはこなかったようだ。
哲也は怯えきっている和希にそっと近づくと、その頭を優しく撫でた。
「悪かったな。急ぎすぎた。」
そんな哲也の言葉に身体の震えがまだ止まらない和希は、
「ごめんなさい…」
涙を浮かべて言った。
「俺…やっぱり無理です…丹羽先輩の想いには答えられない…丹羽先輩とは付き合えない…」
「大丈夫だ。今のは俺が焦り過ぎただけだから。もう無茶はしないから安心しろ。」
和希は首を振りながら、
「駄目です。俺にはできない。」


泣き始めた和希を哲也はギュッと抱き締めた。
「駄目だなんて言うな。」
「だって…丹羽先輩は…俺が欲しいんでしょう?…」
「馬鹿野郎。確かに和希が欲しい。でもそれは無理矢理なんかじゃねえ。好きだからお互いを求めたいだけだ。和希が無理だって言うんならこうして抱き締めるだけで十分だ。」
「…丹羽先輩…」
和希の涙で丹羽の服は濡れていくが哲也はそれすら愛しかった。
「今は無理でもいつかは出来るようになるかもしれないだろう?だったら俺はその日を待つ。」
「いいんですか?何年も掛かるかもしれませんよ?」
「大丈夫だ…と言いたいが、そう何年もだとまた暴走しちまうかもな。」
和希がクスリと笑う声が哲也の耳に届く。
大丈夫だと哲也は思った。
和希を見つけるまでに10年も掛かったんだ。
後数年くらい我慢してみせる。
なぜなら和希の心が解ったから。


そのまま哲也が和希を抱き締めていてどのくらいの時間が経ったのだろうか?
ふと気付くと和希は哲也の胸の中で気持ち良さそうに寝ていた。
哲也の顔に笑みが浮かぶ。
焦る事なんてないのだと。
このゆったりと時間が過ぎる島で和希の心の傷口をゆっくりと塞いでやろうと思った。
和希の心の傷を癒せるのは自分しかいないのだから。
哲也は布団を引くとそこに和希を寝せ、その布団に自分も入り込み和希の額にキスをすると和希を抱き締めて哲也も眠りについた。
哲也の願いは数週間後には叶えられる事になる。


『未来への扉』の番外編の(1)は哲也が島にやってきた頃の話です。
お互いの想いを知った2人ですが、結ばれるのはまだ少し先のようです。
昔から遠慮ばかりして生きてきた和希ですから、何をするのもなかなか本心が出てこないので哲也は少しイラつく事も多いようです。
哲也は思った事をはっきりと言うタイプですから(笑)
『未来への扉』は個人的に好きな作品なので、これからも時々番外編が登場してくると思います。
その時はお付き合いをしていただけたら幸いです。
                     2008年9月24日




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