過去拍手ss(2011/1〜2011/6)

〜新年のキス〜《石塚×和希》    (2011年1月に載せていた拍手ssです)

「和希様。今から30分だけですが、スケジュールに空きができました。」

「30分?確か今日のスケジュールはぎっしりだったはずだが。」

「はい。予定ではそうでしたが、少しだけ予定がずれてしました。その為、急ですが時間に空きが出来てしまいました。」

「そうか…でも、急に言われても何をすればいいのか悩むな。」

和希は困った顔をした。

毎年、お正月は仕事柄みで忙しい。

それこそ、分刻みのスケジュールだ。

偶々スケジュールに余裕が出来るはずがない。

おそらく石塚が調整してくれたのだろう。

たとえ30分でも年末年始と忙しい時間を過ごした和希にとっては有難い時間だった。


「和希様?」

黙り込んだ和希を心配そうな顔で見つめる石塚に、
「ありがとう、石塚。スケジュール調整は大変だったろう?」

「いいえ。本当に偶々スケジュールに空きが出ただけですので私は特に何もしていません。」

相変わらず律儀な秘書に和希は苦笑いをする。

「和希様。30分をどのようにお過ごしになられますか?この近くに小さいですが、神社がありますので初詣もよろしいかと思います。それとも、このまま部屋で休まれますか?」

「そうだな…」

和希はしばらく考えた後、

「初詣も興味があるが、外に出て誰かに会うと面倒だからこのまま部屋にいよう。」

「分かりました。それでは、お時間になりましたらお声をお掛けしますので、それまでごゆるりとお過ごし下さい。」

そう言って頭を下げて部屋を出て行こうとする石塚のスーツの上着の端を和希は掴んだ。


「和希様?」

「俺を1人にするのか?」

「お疲れですので、少し横になられた方がよろしいかと思いますが…」

和希は少しだけ拗ねた顔をして、

「年末も年始も忙しくて、祐輔とゆっくり過ごせなかった…」

「和希様…」

「和希っていつもみたいに呼んで。」

「和希。」
愛しそうにそっと和希の頬に添えた石塚の手に和希は触れる。

「俺…祐輔の手が好きだ。祐輔みたいに暖かくて俺を包んでくれるから…」

「私も和希の手が好きですよ。和希の様に優しいですから。」

そう言うと石塚は触れるだけのキスをする。

「時間は後少ししかありません。どうやって過ごしたいですか?」

「そうだな…もっとたくさんキスして。新年のキスをたくさんしたいんだ。」

「仰せの通りに。」





〜インフルエンザ〜《石塚×和希》    (2011年2月に載せていた拍手ssです)

「37度3分…だいぶ下がってきましたね。」

「うん。」

「先程飲んだタミフルが効いてきたのでしょう。熱が下がると少しは楽になるでしょう?」

「う〜ん…でも、身体はダルイなぁ…」

「それは仕方ありません。薬で熱を下げているのですから。でも、インフルエンザにはこれが1番効きますから。それよりも何か飲みますか?水分を取った方がいいですからね。」

「ポカリがいいかな…」

石塚は冷蔵庫を開け、中に入っているペットボトルを取り出すと和希に渡した。

「ありがとう、祐輔。」

「どういたしまして。」


ペットボトルの蓋を開け、美味しそうに飲む和希。

冷たいそれは喉越しがとてもよかった。

飲み終わると、和希はため息を付く。

それに気付いた石塚は心配そうに和希を見つめた。

「どうかなさいましたか?」

「いや…」

言葉を濁した和希は、暫くすると情けない顔で言った。

「学園で1番最初にインフルエンザに掛かったのが理事長っていうのは何か情けなくて…」

「仕方ありませんよ。誰も掛かりたくて掛かるわけじゃないのですから。」

「それは分かってる。けど、きっと俺が掛かった事によって学園でも生徒が何名かインフルエンザに掛かると思うと申し訳ない思いでいっぱいなんだ。」

「そうですね。確か生徒のインフルエンザ接種は希望者だけでしたね。」

「ああ。運動部は大会があるから全員受けたはずだけれどその他の生徒は受けた者と受けない者がいたと思うんだ。」

「予防接種を受けても100%掛からないわけではないのですから、あまり気に留めない方がよろしいかと思いますよ。」

「分かってはいるんだけど…」


和希は再度ため息を付く。

その後、ハッとして、

「もしかして祐輔にもうつったかもしれない。」

「私も一応予防接種を受けたので大丈夫だとは思いますが、万が一うつった時は和希が看病してくれますか?」

「当たり前だろう。完全に治るまで付きっきりで看病するから。」

「和希が付きっきりで看病してくれるのですか?それなら掛かってみてもいいですね。」

クスクスと笑いながら石塚は言う。

「でも、それだと仕事がおろそかになりますので困りますね。やっぱり私はインフルエンザに掛かるわけにはいかないようです。」
「掛からないに越した事はないよ。」


そう言った後、

「本当は仕事に戻ってと言えればいいんだけど…今日だけは俺の傍にいてくれる?」

「もちろんですよ。こんな貴方を放って仕事などできません。」

「ありがとう、祐輔。でも、明日は仕事に行ってね。俺と祐輔が休むと仕事が大変な事になるからさ。」

「そうですね。今頃岡田はてんてこまいかもしれませんが、今日1日だけは頑張ってもらいましょうね。」

後輩の岡田から先程電話が掛かってきた事は和希には内緒にしていた。

やはり急に和希と石塚が休むと仕事はかなり困難をきたす。

けれども、せめて今日だけは和希の傍にいたいと思う石塚だった。

「今日は1日傍にいますから、安心して休んで下さい。」





〜綺麗な笑顔〜《中和前提の石塚+岡田の秘書室での会話です》    (2011年3月に載せていた拍手ssです)


「はぁ…」

先程から何度となくため息を付く岡田。

その岡田の頭を石塚はファイルで叩いた。

「…痛ぁ…もう、何するんですか、先輩。」

「何するんですか、ではありません。いつまでも椅子に座って呆けた顔をしてため息ばかりついていないで仕事をしなさい。」

キツイ口調で言う石塚に岡田は少し拗ねた顔で言った。

「だって…」

「だってじゃありません。」

「だって和希様が…」

「和希様?和希様がどうかしたのですか?」

石塚がピクッと反応した。

さすが石塚先輩。

和希様の事になると反応が違うな。

和希様命の人だからな。

岡田が感心していると心配そうな顔をして石塚は岡田に再度聞いてきた。


「岡田。和希様に何かあったのですか?」

「昨日の事なんですけどね。」

「昨日?昨日の接待ゴルフで何かあったのですか?しかし、昨日の先方はとても満足したと岡田は報告しましたよね。」

「はい、接待ゴルフは何の問題もありませんでした。さすが和希様ですよね。先方を満足させるゴルフをなさるのですから。」

昨日のゴルフを思い出して岡田は満足そうに言った。

昨日は大切な取引先の社長とのゴルフだった。

ゴルフが好きな社長を勝たせる為に和希はギリギリの所で相手を勝たせたのだった。

最後までどちらが勝ってもいい勝負をしながら最後にはわざと負ける。

それもわざとではないと見せるやり方だ。

それだけ和希のゴルフの腕が凄いのであるが、相手は勝った事に満足しているので和希の本当の実力には気がついていなかった。


「なら、何が問題なんだ?」

石塚の問いに岡田は少し頬を赤らめながら、

「昨日の帰りの車の中の出来事なんですが…車の中で和希様がプライベート用の携帯を開いたんです。多分バブルにしていた携帯にメールが入ったと思うんです。で…携帯を見ていた和希様が一瞬なんですが、凄く綺麗に微笑まれたんですよ。あんな綺麗な顔見たの俺初めてで…まるで蕾が花開くように綺麗な微笑みなんですよ。」

「ああ。それって中嶋君からのメールが来たからだろう。」

「えっ?そうなんですか?」

驚く岡田に平然と石塚は答える。

「伊藤君からのメールも嬉しそうな顔をするんだけど、中嶋君からのメールの時は明らかに反応が違うからね。凄く嬉しそうに綺麗に微笑むんだ。岡田、そんな事も知らなかったのか?」

「知りませんよ。俺は先輩程、和希様と一緒に行動していませんから。」

「まったく…少し気をつけていれば分かるだろう。」

呆れ顔の石塚を岡田は恨めしく見る。

確かに石塚程ではないけれども、岡田も和希と行動を共にする

悔しいけれども、まだ岡田は石塚みたいに和希の様子を上手く読み取る事ができないのであった。

「でも、中嶋君は凄いよ。和希様のあんな素敵な笑顔を引き出せるのだから…」

そう言った石塚の顔は少しだけ悔しそうだった。

和希が日本に戻ってきてから4年。

ずっと秘書として側にいて和希に尽くしてきたのだから。

「中嶋君と付き合うようになって、私達秘書にも綺麗な笑顔を見せてくれるから良しとしないと罰が当たるかもしれないな。」

そう言った石塚に岡田も黙って頷いたのだった。





〜これからも守ってやる〜《西和+七啓》    (2011年4月に載せていた拍手ssです)


新入生も寮に入り、早2週間。

先日まで丹羽達3年生のカラーだった青いネクタイを締め、真新しい制服を身につけている新1年生はとても初々しかった。

まだ少しだけ不慣れなその新1年生の間にざわめきが起こっていた。

場所は朝の食堂。

ざわめきの原因は新1年生が初めて出会う2年の先輩だった。

亜麻色の髪、白い肌、柔らかに微笑むその姿はまるで地上に降りたった天使のようだ。

そんな笑顔を向けている相手は同じく2年生の学園MVP、そして現学生会会長の伊藤啓太。

朝食をトレーに乗せた和希と啓太はどこに座ろうかと席を探していたが、啓太が七条と西園寺の姿を見つけると嬉しそうに笑い、そちらの席に行こうと和希を誘っていた。

そんな啓太に笑いかけながら和希も七条と西園寺が座っている場所に向かった。


「おはようございます、七条さん、西園寺さん。」

元気よく挨拶する啓太に、恋人の七条は嬉しそうに微笑みながら、

「おはようございます、伊藤君、遠藤君。」

「おはよう、啓太。遠藤、もう学園に来て大丈夫なのか?」

「おはようございます、七条さん、西園寺さん。今日からまた、お世話になりますのでよろしくお願いします。」

トレーを持ったまま和希は西園寺と七条に頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いしますね、遠藤君。」

「遠藤、お前も学生会副会長なのだから今日からしっかりと働いてもらうぞ。」

「相変わらず、手厳しいですね、西園寺さんは。どうかお手柔らかにお願いしますね。」

「さあ、どうかな。それはお前次第だ。」

ニヤッと笑う西園寺に困った顔で微笑み返す和希。

久しぶりに会ったように話をしている和希と西園寺だが、つい数十分前までお互いのぬくもりを感じていたのだった。




朝方、ようやく仕事のめどが立った和希は朝の5時に寮に戻ると、真っ先に西園寺の部屋に向かったのだった。

ドアをノックしようとすると西園寺がドアを開いた。

驚いた和希に優雅に微笑みながら西園寺は言った。

「サーバー等を出る時、メールをよこしただろう。だから待っていたんだ。」

「寝てると思ったので、顔だけ見たら自室に帰るつもりだったんです。でも、昨日何時でも構わないから仕事が終わったらメールしてくれって言われたので、失礼な時間だと思ってのですが、連絡しました。」

「昨日の様子だと、帰れるのは早朝だと思ったからな。夕べはいつメールが来てもいいように早めに休んだんだ。」

「西園寺さん…」

和希の頬を西園寺の細い指が触れる。

「郁だろう?」

「…郁…会いたかった…」

「私もだ。」

そう言うと啄むようなキスを何度もする。

久しぶりに触れる西園寺の唇に和希の身体からは力が抜けていく。

「疲れているのは分かっている。だが、いいか?」

「俺が断るとでも思ったんですか?俺の方こそ、郁が欲しくて仕方がなかった。」

「和希。」

久しぶりに会った恋人達は濃厚な時間を過ごしたのだった。




「それにしても、今日は注目の的ですね、遠藤君。」

「はい?それってどういう意味ですか、七条さん。」

「まさか…気が付いてないんですか?」

驚く七条に啓太が言った。

「七条さん、和希ならずっと気付いていませんよ。」

「ずっと、ですか?」

「はい。」

「それは…驚きですね。」

「俺もです。だって俺の部屋を出た時からずっとなのに、和希ってば全然気が付かないんですよ。」

啓太と七条の会話を不思議そうに聞いていた和希が声を掛けた。

「あの…何の話なんですか?」

「遠藤、本当に気が付いていないのか?さっきから1年生がずっとこちらを見ているだろう?」

西園寺に言われた和希は周りを見回した。

確かに新1年生はこちらの席を気にしているようだ。

だが、この席には美しい美貌の持ち主の会計部の西園寺がいる。

だから注目されていて当然だろう。

「確かに、こっちを見ているようですが…でも、それって西園寺さんを見ているんじゃないんですか?去年も西園寺さんを見惚れている人が多かったし。」

「遠藤、それは本気で言っているのか。」

呆れ顔の西園寺に和希は真剣な顔をして頷く。

そんな2人を見て七条と啓太は苦笑いをする。


「お前が鈍いのは今に始まった事ではないがな。」

ふぅ〜とため息を付く西園寺を見て、和希は不思議そうな顔をする。

「郁、これからが大変ですね。」

「臣、からかうのは止せ。」

「おや、僕は真剣に言っているのですよ。僕の伊藤君も鈍いですが、遠藤君の鈍さは伊藤君以上ですからね。郁も苦労するな、と思っただけです。」

「ふん。どうせ面白がっているんだろう。」

「心外ですね。僕はそんなに酷い人じゃありませんよ。」

「どうだかな。私には楽しんでいるようにしか見えないがな。」

西園寺はそう言った後、

「遠藤、新1年生をただの可愛い生徒だと思っていると痛い目にあうぞ。」

「えっ?それってどういう意味ですか?」

「言葉のままだ。」

「言葉のままって…俺、さっきから状況をまったく理解できないんですが…」
心底困った顔をした和希に西園寺は言った。

「まあ、いい。お前の事は私が守るから安心しろ。」





〜いちごの思い出〜《啓太+和希》    (2011年5月に載せていた拍手ssです)

「啓太は本当にイチゴが好きだよなぁ…」

和希は幸せそうな顔をして苺を食べている啓太を見ながらしみじみと言った。

「だって美味しいじゃないか。和希は嫌いなの?」

「いや、俺も好きだよ。」

「だよねぇ。」

嬉しそうに啓太は言う。

「苺って赤くて可愛い形をして、見た目も可愛いだろう。食べると甘いんだけど、酸味もあってさっぱりとしているし。」

イチゴの美味しさを語る啓太は本当に可愛い。

仕事先からイチゴをたくさんもらったので、少しだけもらってきたのだけれども、こんなに啓太が喜ぶならもっともらってくれば良かったな…と思った和希だった。

「このイチゴ、大粒で凄く甘いね。」

「ああ。大粒なのに思った以上に甘くて、ビックリしたよ。」

「うん。こんな美味しいイチゴを持って来てくれてありがとう、和希。」

「どういたしまして。啓太に喜んでもらえて嬉しいよ。」

和希は啓太に微笑む。


「そういえば…」

「何?」

何かを思い出した顔をした和希に啓太は不思議そうに尋ねた。

「昔…と言っも俺が啓太に初めて会った夏の日なんだけど。これと同じような事があったんだ。」

「同じような事?」

「ああ。啓太がイチゴが大好きだって聞いたお祖父様が苺を取り寄せてくれたんだ。」

「え?わざわざ?」

「まあな。でも、お祖父様にしてみたら嬉しかったと思うよ。」

「嬉しかった?どうして?」

「当時の俺は可愛げがなくて、あれが欲しい、これが欲しいって言った事がなかったんだ。鈴菱の後継者として育てられていたからわがままを言う事なんて知らなかったから仕方がないんだけど、お祖父様にしてみたら可愛げのない孫だったんだろうな…だから、啓太が素直でお祖父様は可愛くて仕方がなかったと思うよ。」

和希がそこまで言った時、

「そんな事ない!」

「啓太?」

驚いた顔をした和希に、

「俺、小さかったからあんまりよく覚えてないけど、和希のお祖父さんはいつも優しい眼差しで和希を見ていたよ。」

「啓太…」

「うん。だって和希のお祖父さんが和希を見つめている時って、俺のお祖父さんが俺を見る時と同じだったから、間違いないよ。」

一生懸命言う啓太を見て、和希はフッと微笑んだ。

記憶の中、表情が乏しかった和希のちょっとした変化も見逃さなかった和希の祖父。

感情を表す事を知らなかった和希を根気強く見守っていてくれたんだろう。

気が付かなかった祖父の思い。

申し訳ない思いと、そんな自分を愛してくれた祖父に改めて感謝をする和希だった。


「和希?」

黙り込んだ和希を心配そうに見つめる啓太。

「悪い。ちょっと昔を思い出していたんだ。」

「なら、いいけど…」

「心配掛けて、ごめんな。イチゴ、まだ残っているから食べよう。」

「うん。」

ふわりと笑った和希に啓太も嬉しそうに笑い、2人でイチゴを食べ始めるのでした。





〜ファーストキス〜《クラスメートと和希の会話》    (2011年6月に載せていた拍手ssです)

「ファーストキス?」

「そう、遠藤のファーストキスっていつなんだ?」

クラスメートに聞かれ、和希は困った顔をした。

事の始まりはクラスメートに彼女ができたという話からだった。

この間の日曜日、母校の中学の運動会に行った際にずっと想いを寄せていた同級生にそのクラスメートが告白をしたそうだ。

玉砕を覚悟の告白は、嬉しい結果を迎えたのだった。

そう…
その彼女はクラスメートの告白を受け取ったのだった。

憧れの人と両想いになったクラスメートは最近1日中嬉しそうだった。

そんなクラスメートをからかうように数名のクラスメートと話をしていた和希。

クラスメートの彼女の話から初恋の話へ変わり、そしてファーストキスの話になっていた。

いつの間にか1人1人の告白タイムになってしまい、黙って話を聞いていた和希に矛先が回ってきたのであった。


「で、遠藤はいつなんだ?」

「遠藤って早いか遅いかどっちかのタイプだよな。」

「俺の勘だと遠藤って既に経験済みだな。」

「そうか?奥手だからキスも未経験じゃないのか?」

色々と憶測でものを言ってくるクラスメートに和希は引きつった顔をしていた。

さすがにこの歳で未経験のはずはない。

だが、一応高校1年生、15歳で通しているのでまさか本当の事を言う事などできない。

黙り込んでしまった和希にクラスメートは声を掛ける。

「遠藤、さっさと白状しろよ。」

「え〜と…」

和希は言葉を濁した後、

「実はまだなんだ。」

苦笑いをしながら答えた。

そんな和希の肩をクラスメートの1人がポンッと叩く。

「気にするなよ、遠藤。これからだって。」

「そうそう。遠藤って綺麗な顔してるからきっと可愛い彼女ができるって。だから安心しろよ。」

「あっ…うん…ありがとう…」

必死に慰めてくれるクラスメートに心苦しい思いをしていた。

まさか、キスどころか経験済みだなんてばれたらまずいなぁと密かに思いながら。


それと…
これはきっと誰にも言えないけれども和希の記憶に残る初めてのキスの相手は大好きな青いくまのぬいぐるみだった。


仕事で忙しく殆ど家にいない両親、和希の周りにいたのはメイドや執事、家庭教師、教育係りだけだった。

そんな大人達に囲まれていた幼い和希にとって心から安心できる存在は大きい青いくまのぬいぐるみだけだった。

そのくまのぬいぐるみは和希の3歳の誕生日に両親からもらったものだった。

和希にとっての唯一の心許せる存在。

和希の大切な友達だった。

いつも持ち歩きたかったけれども、それは許されなかったので青いくまのぬいぐるみは和希のベットでじっと座って和希の帰りを待っていた。

そんな青いくまのぬいぐるみが和希は大好きで
「くまちゃんvv」
と言っていつも抱き締めていた。

ある日、和希は教育係りからこんな事を教えてもらった。

『相手の唇・顔・手などに自分の唇を付けて、愛情・親愛・尊敬などの意を表すことをキスという』

初めてそれを聞いた幼い和希は教育係りに聞き返した。

「相手が好きな人にするって事?」

「そうです。ただ、日本の場合は恋愛感情の元でする方が問題がありません。」

「恋愛?恋愛って好きとは違うの?」

「違います。愛していると言う意味です。」

「愛してる?」

「身近な例ですと、和希様のご両親です。お二方共、お互いを深く愛し合っております。今の和希様にはまだ難しいと思いますが、いつかは理解できるでしょう。」

幼い和希にはその言葉の本当の意味は理解できないでいたが、その時はこう思っていた。

『好きがたくさん集まると愛してるになる』

そんな相手がいつか自分にも現れるのだろうか?

お父様やお母様の様に愛し合う相手に出会えるのだろうか?

いつかはそんな相手に出会えるかもしれない。

その時までキスは大切に取っておいた方がいいのだろうか?

でも、今の和希が愛しているのはくまちゃんだから…

和希は1人の時、そっと唇をくまちゃんの顔につけた。

和希のファーストキス。

キスをすると胸がキュンとなった。

「くまちゃん、大好き!」

和希はキスをした後、必ずくまのぬいぐるみにそう囁いたのだった。   

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