伝えたい想い

愛しているから…
丹羽は自分の隣に寝ている愛しい人の柔らかい髪を撫でながら、そう呟いた。
さっきまで自分の腕の中で悩ましいほどの顔で甘い声を出していた事を思い出して丹羽は思わずにやけてしまった。
きっと…いや…絶対に俺がお前を幸せにする…
そう誓いながら丹羽は眠っている人物の唇にそっと自分の唇を重ねた。

「あれ?ねえな?家に置いてきたんだっけかな?」
丹羽は自室で本を探していたが見つからなかった。
「どうするかな?家に取りに行くか。久しぶりに顔くらい出さねえと、お袋が寂しがるからな。」
丹羽はそう言って寮の外泊届けを書き始めた。
今さっきまで丹羽が探していた本は受験に関する資料だった。
その資料ならわざわざ自宅に取りに帰らなくても、学園の図書館にある筈だった。
いつもなら、家に帰ろうなんて思わなかったのだろうが、何故だかその時は家に帰ろうと強く思ったのだった。

「ただいま!」
そう言って玄関のドアを開けた丹羽は茶の間から聞こえる楽しそうな竜也の声にげんなりしていた。
竜也がいるなら帰ってくるんじゃなかったと思った丹羽だったが、ふと玄関に目をやると明らかにこの家のものではない靴が置いてあった。
「誰か来てるんだ…」
丹羽は靴を脱ぐとそのまま茶の間に向かう。
ドアを開けると竜也がすぐに丹羽に気付いた。
「何だ、帰ってきたのか?」
「悪かったな。ちょっと本を取りに戻ってきただけだ。すぐに寮に帰るよ。」
そう言った丹羽に背を向けて座っていた人物が振り向いた。

「王様、お邪魔しています。」
「え…遠藤?お前なんで家にいるんだよ。」
「俺にチョコを届けに来てくれたんだよ。今日はバレンタインだからってな。」
驚く丹羽に竜也は和希から貰ったばかりのチョコの箱を丹羽に見せた。
咄嗟に丹羽の機嫌が悪くなる。
「親父にはお袋がいるのになんでチョコなんて送るんだ、遠藤。」
冷たく言う丹羽に和希は笑って言った。
「嫌だな、王様。ただの義理チョコですよ。何怒ってるんですか?」
「何だ?そうなのか?毎年坊っちゃんは必ず手渡しで持って来てくれるんで、俺に気があると思ってたぜ?」
「もう…竜也さんまで何言ってるんですか?竜也さんには愛しい奥様がいらっしゃるのに俺の出番なんてないですよ。それに、竜也さんには本当にお世話になってますからね。そのお礼もかねて毎年持ってきているだけですよ。」
「そうか、そりゃ残念だな。」
竜也は笑いながら和希の髪の毛をくしゃくしゃにする。
そんな竜也に困った顔をしながら笑っている和希を見ていると何故だか丹羽はイライラしてきた。

「あら?哲也。帰って来てたの?」
「お袋…」
声のした方を振り向くと、台所からお酒のつまみを持った丹羽の母が立っていた。
「ああ。ちょっと本を取りに来ただけだからすぐに帰るけどな。」
「折角来たのにすぐに帰るの?相変わらず落ち着きのない子ね。」
丹羽の母は微笑みながら言った。
本当は泊まるつもりで来たのだった。
けれども、竜也と和希の仲の良いところを見たら一刻も早くここからいなくなりたくなったのだった。
「悪いな、お袋。受験が終わったらゆっくり帰って来るから。」
「いいわよ、無理しなくても。でも、当てにしないで待ってるからね。」
「ああ。」
そう言って丹羽は2階の自分の部屋に行き、目当ての本を見つけるとそれを持って部屋を出た。

下に戻ってくるとまだ和希は竜也と楽しそうに話をしていた。
丹羽はドアを開け、
「親父、お袋、俺帰るからな。」
「何だ?もう帰るのか?お前も飲まないのか?」
竜也は飲んでいた缶ビールを丹羽に差し出す。
「竜也さん、王様はまだ未成年なんですよ。それなのにお酒を勧めちゃ駄目じゃないですか。」
「こいつは大分前から飲んでるぜ。」
「それは俺も知ってますけど…けど、駄目ですよ、親が勧めちゃ。王様は俺の学園の大切な生徒なんですからね。未成年の飲酒は認められてないのですからね。」
「やれやれ。坊っちゃんは生徒思いだねぇ。でも、こいつが酒を飲めるって事を知ってるって事は飲んでいる所を見てたって事だろう?その時はよくて、今は駄目なのかい?」
「うっ…それは…」
和希は言葉に詰まる。
確かに丹羽がお酒を飲んでいるのは知っている。
寮の部屋で今まで宴会と証して飲んでいるからだ。
でも、その時の和希は理事長の“鈴菱和希”ではなく、1年生の“遠藤和希”なのだ。
止める事などできなかった。

困っている和希の腕を丹羽は掴むと、
「遠藤、帰るぞ。」
「えっ?どこにですか?」
「寮に決まってるだろう?俺のバイクで送ってやるからさっさと支度をしろよな。」
「でも…」
「でもじゃねえよ。そんなに赤い顔して酒臭かったら篠宮になんか言われるぜ。それに…」
その続きは言えなかった。
『そんな潤んだ目でいつまでも親父の事見てるんじゃねんよ』
…本当はそう言いたかったのだが…
「俺、そんなに顔赤いですか?」
和希が丹羽の顔を覗き込む。
丹羽はドキッとする。
「ああ…だから帰るぞ。」

和希は名残惜しそうに竜也を見ながら、
「それじゃ、竜也さん、失礼します。」
「何だ?本当に帰るのか?」
「はい。寮の門限もありますしね。また今度一緒に飲みに連れて行って下さいね。」
微笑んで言う和希に竜也も諦めたのか、
「おお。いつでも連絡寄越しな。待ってるぜ。」
「はい。」
ふんわりと笑う和希の腕を引いて丹羽は家を出た。

「遠藤、ほらヘルメットだ。かなり飲んでいるみたいだが、大丈夫か?」
「平気ですよ。」
「本当かよ?頼むから振り落とされるなよ。」
「はい。それよりも俺、王様のバイクに乗るの、初めてです。俺なんかが乗っても大丈夫なんですか?」
「どういう意味だ?」
怪訝そうに聞く丹羽に和希は、
「だって、バイクの後ろには好きな子を乗せたいと思いませんか?」
「…好きな子…?」
「はい。俺なんて王様の嫌いな理事長なのに、本当に良いんですか?」
「…」

丹羽はジッと和希を見た。
そう…こいつは…俺の嫌いな理事長だった。
でも、啓太と一緒に学生会の仕事を手伝ってくれるようになってから遠藤の印象が少しづつだが変わってきた。
啓太の為に学生をしていて、啓太の為に綺麗に笑う遠藤を見ているうちに、自分にもその笑顔を向けて欲しいと思うようになった。
けれども、遠藤が好きなのは啓太であって俺ではない。
だから…ずっと我慢してきた。
だけどさっきみたいに親父に無防備に笑っているのをみるとたまらなく空しくなる。
「遠藤…」
「はい?何ですか?王様。」
ニコリと笑う和希に丹羽は一言だけ言った。
「酔い覚ましをしてから帰るから、さっさと乗れ。」

バイクを走らせて止まった所は丹羽が気に入っている場所だった。
綺麗に海が見渡せて、それでいて周りにとくに何もなくていいロケーションだった。
「わぁ〜、綺麗ですね。」
和希は嬉しそうに言った。
「ここはな、俺の気に入っている場所なんだ。まだ、誰もここに連れてきてはいない。」
「えっ…?」
和希は不思議そうな顔をして丹羽を見た。
丹羽は少しだけ困った顔をして、
「遠藤が啓太を好きだって事は知っている。だけど、俺はお前が好きなんだ。」
「王様?」
「分かってるって。こんな事言われて迷惑なんだろう。だけど、卒業前にどうしてもこの気持ちを伝えたかったんだ。」
「…俺は…」
和希の言葉を丹羽は遮ると、
「いいんだ。無理しなくても。突然好きでもない奴からこんな事を言われたら困るのは分かってたんだ。だけど俺は…」
「あの…」
「親父と仲良くしていたのを見たら何かこうムカついてきてさ。」
「えっ?」
「それだけじゃねえ。遠藤が誰かに微笑んでいるとみょうに落ち着かなくなるんだ。」
「王さ…」
「俺もだらしがないよな。王様なんて呼ばれてるくせに好きな奴に告白一つできないんだからな。」
「好きって…」
「悪いな。こんな話なんか聞かせてよう。気分悪くしたら謝るぜ。」
「…」
「遠藤?」

黙り込んでしまった和希を見ると和希は丹羽を怒った顔で睨んでいた。
やっぱり…と丹羽は思う。
啓太が好きなのに、他の奴からの告白を気にしないわけない。
こいつは優しいからきっと困っているはずだ。
そう思った丹羽がもう一度謝ろうと思った時、
「王様なんて嫌いです。」
和希はそう言った。
覚悟していたとはいえ、やっぱりその一言はキツイ。
けれども、事実は事実としてきちんと受け止めなくてはならい。
丹羽は改めて和希を見てギョッとした。
和希の目からは涙が溢れていたからだ。
「え…遠藤?そんなに嫌だったのか?悪い。そんなに嫌な気分にさせるつもりじゃなかったんだ。この通りだ。謝る。許してくれ。」
頭を下げた丹羽に和希はボソッと言った。

「どうして…どうして俺の話を聞いてくれないんですか?」
「遠藤?」
丹羽は顔を上げて和希を見る。
「俺は…王様の事がすっと好きだった。けれども、俺は王様の嫌いな理事長だから。必死に自分の気持ちを抑えこんでいたんだ。なのに、啓太が好きだとか、迷惑だとか。どうして俺の気持ちを聞いてくれないんですか!」
丹羽は唖然として和希を見つめた。
頬を流れる涙は止まる事を知らないように流れている。
丹羽はソッと和希の頬に触れ、流れている涙を拭うと、
「啓太の事、好きなんだろう?」
「好きですよ。でも、それは恋愛の好きじゃない。」
「親父の事は?」
「竜也さん?留学時代からずっとお世話になっている大切な人です。」
「じゃあ、俺の事は?」
「えっ?」
「さっき嫌いって言ったのに、今度は好きって言っている。本当はどっちなんだ?」
和希の顔が真っ赤になる。
困ったように目を彷徨わせている和希を丹羽は嬉しそうに抱き締めた。
「…王様…離して下さい…」
「嫌だ。」
「嫌だって…」
「素直じゃねえ奴にはお仕置きが必要だろう?」
「誰が素直じゃないって…」
「お前だよ、遠藤。」
「なっ…」
丹羽の腕の中で暴れている和希の唇を丹羽を強引に塞ぐ。
最初は啄ばむように、そしてだんだんと深いキスへ変わっていく。
驚いた瞳はいつの間にか閉じ、丹羽の腕をギュッと握っていた。
唇を離した丹羽は和希の耳元に囁く。
「お前が欲しい。駄目か?」
ビクッと震える和希の身体を丹羽は優しく抱き締めながら和希の返事を待つ。
暫くした後、和希はボソッと言った。
「…王様の…すきにして下さい…」

その後、急いで寮に帰って丹羽は和希を抱いたのだった。
そして朝…
和希は丹羽に背を向け、布団を頭までかけて黙り込んでいた。
側には困った顔の丹羽がいた。
「なぁ、遠藤。こっち向いてくれよ。」
「…」
「遠藤。」
「…」
「おい!人の話聞けよ!」
丹羽の怒った声に和希の身体は少しだけ動くと、
「だって…王様…嘘…ついた…」
「ああ?俺が嘘をついたって?いつ?」
「…」
まただんまりを決め込んだ和希に丹羽はため息をつきながら、
「悪かったって。で、俺が何嘘ついたって?」
「…って言った…」
「はぁ?今なんて言った?よく聞こえなかったからもう一度言ってくれないか?」
丹羽は和希の頭を撫でながら言う。
和希は観念したようにさっきよりは大きい声で言った。
「…優しくするって言ったのに…」
「…」
今度は丹羽の方が黙り込んだ。
「優しくするからって何度も言ったくせに…俺がもう嫌だって言ってもやめてくれなかった…」
布団から少しだけ顔を出して言った後、また布団に潜り込んだ和希を丹羽は参ったという顔で見ていた。
「だってよう。和希が可愛い顔してあんな色っぽい声を出すから止められなかったんじゃねえか。」
「なら、悪いのは俺だって言うんですか!」
布団から身体を起こそうとした和希は身体の痛みでそのまま布団にうつ伏せになった。
文句は言っているが顔を赤くして恥ずかしそうな顔をしている和希を見た丹羽は、
「悪かったって。手加減できなくてよう。今度からは気をつけるから、今回は許してくれ。頼む。」
頭を下げて言う丹羽を見て和希はまいったなぁって顔をしながら、
「約束ですよ。もうあんな無茶な抱き方はしないで下さいね。」
「ああ。約束する。」
「なら…今回だけ許します…」
そう言うと和希は丹羽の唇に触れるだけのキスを落としたのだった。




こんな風に結ばれるのもいいなぁ…と思って書いてみました。
1週間の休止でしたが、ご迷惑をお掛けしました。
こちらの小説は3月1日の0時00分までフリーでお持ち帰り可能です。
              2009/2/12