Wish
学校から啓太と2人で寮に帰って来た和希はロビーに飾ってある大きな笹をじっと見ていた。
生徒会主催の七夕祭り…毎年、寮のロビーに巨大な笹が飾らる。
笹の側には願い事を叶える為の色とりどりの短冊が用意されている。
既に笹が飾られてから数日が経っているのと、今日が七夕の夜なので笹にはかなりの数の短冊が結ばれている。
「願い事か…」
和希はそっと呟く。
鈴菱の後継者として育てられてきた和希には、願っても叶えられない事ばかりだった。
なぜなら和希の自由などないに等しい生活を送ってきたからだ。
どんなに和希が望んでもそれが鈴菱にとって必要でなければ叶えられない。
だから、いつしか和希は願う事を止めてしまった。
そんな時に出会ったのが啓太だった。
啓太に出合って和希は初めて強く願った夢ができた。
『一緒の学校へ行こう』
そう啓太と約束した事は、どんな犠牲を払っても叶えたいと願った夢。
その願いが叶ったのだ。
これ以上の願い事などない…そう和希は思っていた。
「和希。何真剣に見ているの?」
「啓太?」
笹をジッと見ていた和希は視線を啓太に向けた。
「笹を見ていたの?」
「ああ。」
「和希はもう願い事を書いたの?」
「いや、まだだ。啓太は?」
ポッと頬を赤らめて啓太は答えた。
「うん。この間中嶋さんと書いたんだ。」
「そうか…中嶋さんと一緒にか。」
和希は照れくさそうにしている啓太を微笑ましく思ってみていた。
中嶋さんは啓太には優しい。
細かい所にも気が利くし、本当に哲也とは大違いだ。
特に笹に短冊を書いて飾りたいなどとは思ってなかった和希だったが、もしも哲也から『一緒に書いて飾ろう』と言われたら、きっと喜んで書くんだろうな…と何となく和希は思っていた。
でも…そんな気の利いた事を言ってくれる哲也ではないと思ってもいたが…
「お前らこんな所で何してるんだ?」
急に後ろから声を掛けられて和希と啓太は驚いて後ろを振り返った。
そこには、丹羽と中嶋がいた。
「中嶋さん。」
啓太は嬉しそうに中嶋の所に行く。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「今日はもう仕事を切り上げたんだ。」
「えっ?」
「折角の七夕だろう?啓太と一緒に過ごすのもいいと思ってな。嫌か?」
啓太は首を振り、
「嫌なんかじゃありません。俺、嬉しいです。」
「そうか。なら行こう。」
そう言って中嶋と啓太は仲よく並んで部屋の方へ歩いて行った。
そんな2人を優しい目で見守っていた和希に丹羽は声をかける。
「で…和希はこんな所で啓太と何をしていたんだ?」
「何って…笹を見てたんですよ。」
「笹か…明日にはもう片さなきゃな。」
「そうですね…」
和希は笹を見ながら答えた。
「和希はさぁ…その…もう…書いたのか?」
「何をですか?」
「その…願い事だ…」
「ああ。書いてませんけど。それが何か?」
「…」
いつになく歯切れの悪い丹羽はボソッと言った。
「和希は叶えたい願い事はないのか?」
「願い事ですか?そうですね…特にはないかな?」
「そうか…和希は鈴菱の後継者だから叶わない願いなんてないか…」
「えっ…」
和希は丹羽の方を見た。
少し寂しげな顔をして和希を見詰めている丹羽を見て和希は困った顔をした。
丹羽が何を言いたいのか解らなかったからだ。
「哲也、何か誤解しているみたいだけど、俺は叶わない事だらけの人生だったよ。」
「どういう意味だ?」
和希は寂しげに微笑んだ後、笹を見上げて言った。
「鈴菱の後継者だから自分の願いなんて1つも通らないんだ。鈴菱に必要が無い事は何1つ叶えられない。俺はそうやって育ってきた。今はこうして少しだけ自由に過ごしているけど、これもいつまでか解らないんだ。」
「和希…」
「だから、俺は願いなんて書かない。だって叶えられる筈はないんだから。でも…もしも叶うなら…」
「もしも叶うなら?」
和希は丹羽を見ながら言った。
「哲也。これからの人生を貴方と共に生きて生きたい。」
「俺もそうだぜ。」
「哲也。」
丹羽は短冊を取るとそこに何かを書いた後それを和希に見せて、
「ほら、和希の名前も書けよ。」
「…」
短冊を見た和希の目は大きく開かれ、すぐに涙が零れてきていた。
丹羽はその大きな手で和希の頬を流れる涙をそっと拭いながら、
「願いなんて信じて努力すれば叶うんだよ。最初から無理だって諦めたらそこで終わりだと俺は信じている。だからここに和希が名前を書いてそれを信じて俺と和希が努力すればきっと叶うさ。」
「哲也…」
「なっ。ほら、書いて2人で飾ろうぜ。」
「うん。」
嬉しそうに微笑んで和希は短冊に自分の名前を書くと、丹羽と2人で笹に結びつけた。
丹羽は和希の頭を優しく撫でると、
「よし!これで願いはきっと叶うな。」
「うん。俺、この願いが叶うように頑張るからね。」
「ああ。俺もだ。さてとそろそろ食堂にでも行くか?腹減ったぜ。」
「うん、行こう。」
和希は笑いながら答え2人で食堂に向った。
笹には丹羽と和希が書いた短冊が2人を見守るように揺れていた。
その短冊にはこう書かれていた。
『いつまでも2人で一緒にいられますますように 丹羽哲也 遠藤和希』
1週間早いですが、七夕の話を書いてみました。
王様はこんな願い事をしないかな?と思いながらもいつまでも和希といられますようにと願いをかけて書いたと思います。
その願いはきっと叶えられると思ってます。
皆様はどんな願いを叶えたいと思ってますか?
その願いが叶う事を願ってます。
2008年6月30日