寮に戻ってきた中嶋は、ロビーにある掲示板の前に立っている和希に気が付き声を掛けた。
「和希、何をしている?」
「あっ…お帰りなさい、英明。寒い中、遅くまでご苦労様です。」
「ああ。お前も今帰ったのか。」
「はい。」
和希はにっこりと笑った後に、
「これなんですけど…」
和希がそう言って指差したのは掲示板に貼ってある寮の大掃除のお知らせの紙だった。
「大掃除についてか?」
「はい。」
「それの何について知りたいんだ?」
「やっぱり全員参加ですよね。」
「いや、そこにも書いてあるが強制ではない。だが、ほとんどの生徒が参加しているな。」
「そうですよね…英明も参加した事があるのですか?」
「ああ。学生会として参加しないわけにはいかないからな。だが、和希は仕事があるんだ。無理に参加する必要はない。」
「でも…」
悩んだ顔をしている和希に、
「部活動の関係で参加しない者もいる。気にする必要はない。」
「部活動がある人は仕方がないって分かりますが、俺の場合は本当の事を言う事はできないし…やっぱり参加します。」
「人の話を聞いていないのか。」
「英明?」
急に口調がきつくなった中嶋を和希は不思議そうな顔をして見つめた。
そこには明らかに不機嫌なオーラをまとった中嶋がいた。
先程まで機嫌は悪くなかったのに、突然の出来事に和希は戸惑ってしまった。
今の会話のどこに問題があったのだろうか?
だが、いくら考えても思い当たらない。
困った和希は思いきって聞いてみた。
「あの…俺、何かしましたか?」
「…分からないのか?」
「はい。」
不思議そうな顔をする和希を見て、中嶋はため息を付いた。
「俺は無理に参加する必要はないと言った筈だ。」
「はい。でも、大切な行事ですしスケジュールを調整すれば数時間なら時間を作る事はできますから。」
「調整をしたら、その分別の日に仕事をする事になるんだぞ。」
「それは仕方がありません。この時期は理事長や研究所の他に本社関係の仕事がありますから。でも大丈夫ですよ、きっと。」
中嶋はそう言った和希の腰に手を回した。
和希は慌ててその手を振り払おうとしたが思い通りにはいかなかった。
「もう…こんな所で何するんですか?他の人に見られたら困りますから放して下さい。」
「これ位振り払う事ができない程疲れているのに無茶を言うな。」
「なっ…」
「今日はいつもよりは早い帰りだが、どうせその鞄の中には書類が入っているのだろう?」
「…」
「遅くまで仕事をして真夜中に帰ってくるか、仕事を持ち帰って部屋で遅くまで仕事をする。最近の和希の仕事のスタイルだな。」
「何で、知ってるの?」
「お前の行動パターン等、とっくに把握している。」
和希は苦笑いをすると、
「参ったなぁ。英明には隠し事は出来ないんだから。」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている。」
「無敵な学生会副会長ですよね。」
「無敵は余計だ。」
「で、その学生会副会長は俺に寮の大掃除を欠席しろと言うんですか?」
「いつものスケジュールなら止めはしないが、今回は無理だ。」
「無理かどうかは俺が決めます。いくら英明だからってそこまで俺の行動を束縛しないで…」
続きは激しいキスで言えなかった。
上手く息もつけなくて中嶋にすがる和希。
中嶋のキスから解放された和希は立つ事が出来なくて、中嶋に支えられていた。
息を整えたら文句を言おうとしていた和希の耳元に中嶋の切ない声が響く。
「頼む。無理をするな。お前が倒れたと聞く度に俺がどう思っているのか解るか?」
「…英明…?」
「和希の1番傍にいて、体調の悪さに気が付かなかった自分を何度も責めた。」
「どうして…どうして英明がそこまで気にするの?悪いのは俺なのに…」
「お前の性格は分かっている。だから、無理をしそうな時はブレーキをかけるようにしている。」
「…」
知らなかった訳じゃない。
いつも自分の体調を気遣っていた事を何度も気が付いていた。
けれども、いくら恋人だからと言って年下の相手にそんな気苦労をさせたくはなかった。
ただでさえ、仕事のせいで我慢ばかりさせているのだから…
「頼むから、少しでいい。甘えてくれ。頼ってくれ。」
「でも、俺は英明より年上だから…」
「和希!」
強い口調で名前を呼ばれ、ビクッとする。
その瞬間、思い出した。
年上だからと和希が気を使うのを中嶋が嫌がる事を…
「ごめんなさい。でも、こうしてこの学園で英明と一緒に過ごすのは後わずかだから、たくさんの思い出が欲しいんだ。」
「卒業までにたくさんの思い出を作ってやる。だから、今回は諦めろ。いいな。」
分かったとすぐには返事をしたくなかったけれども、誰よりも自分を心配してくれる相手だから今回は言う事を聞こう。
和希は中嶋の肩に頭をコツンと付けると、
「今回は英明の言う事をききます。」
その言葉を聞いて、中嶋はフッと笑うと、
「いい子だな。今夜はいつも以上に可愛いがってやるからな。」
「えっ?」
「安心しろ。仕事が出来る体力は残しといてやる。」
「まったく…」
そう思いながらも最近忙しくて中嶋に触れる事が出来なかったので寂しい思いをしていたのは和希も同じだった。
「お手柔らかに頼みますね。」
そう言って中嶋の頬にそっとキスをしたのでした。