その話をするまでは忙しい合間の恋人同士の優雅なティータイムだった。
理事長室のソファーに座ってお茶を飲んでいた和希は隣に座っている石塚に思い出したようにその話をしたのだった。
「祐輔、俺今度追試を受ける事になったんだ。」
「追試、ですか?」
驚いた顔をしている石塚に和希は苦笑いをしながら答えた。
「そうなんだ。この間のテストで1教科だけなんだけど、赤点を取ってしまったんだ。」
「赤点…」
和希が配属しているクラスはレギュラークラスだ。
レギュラークラスの問題など和希にとっては簡単過ぎるレベルだ。
そのレベルのクラスのテストで赤点を取ってくるとは、いったい何があったのだろうか?
石塚は心配になり、和希に聞いてみた。
「今回のテストはそんなに難しい問題でも出たのですか?ですが、和希に解けない問題ばかりなら、他の生徒達も解けるとは思えないのですが…」
「違うんだ。殆どの生徒は大丈夫だったんだ。」
「なら、どうしてですか?」
不思議そうな顔をした石塚に和希は心底困った顔をした。
「和希、理由を教えてくれませんか?」
「理由?」
「はい。」
「え…と、本当の事を言っても呆れない?」
「えっ?」
和希は視線をずらしながら言った。
「実は、テスト中に寝てしまったんだ。」
「はい?」
「だから、テスト中に寝ていたから答えを書く事ができなかったんだ。」
「……」
和希の告白に石塚は一瞬唖然としてしまった。
暫く続いた沈黙の後、おもむろに石塚は聞いてきた。
「和希、確認しますが、テスト中に寝たと仰ったのですか?」
「そう。もう、何度も言わせないでよ!」
和希は頬を膨らませて言った。
そんな和希を石塚は黙って見つめていた。
優秀な和希がどうして赤点を取ったのか不思議だった。
もしかして、わざと赤点を取ったのだろうか?
だが、赤点を取る行為は和希にとってはリスクが高過ぎる。
ここBL学園の定期試験で赤点を取った者は補習を受けた後、再試験を受ける事になっている。
ただでさえ忙しい和希が、補習を受ける時間を取る余裕があるとは思えない。
しかも、再試験を受けるためには5日間ある補習を全て受けなくてはならないからだ。
「わかっているとは思いますが、赤点を取った生徒は補習を受けなくてはならないのですよ。」
「知っている。」
「5日間の補習、全てを受けないと再試験が受けられないって知っていますよね?」
「うん。」
「なら、どうして…これ以上忙しくしてどうするんですか?」
呆れ顔で言う石塚に、
「何も怒らなくてもいいじゃないか。」
「私は怒っているわけではありません。」
「どう見たって怒っている風にしか見えない。」
拗ねた顔で石塚を睨みつける和希。
石塚はため息を付くと、再度同じ事を言った。
「私は怒っているわけじゃありません。ただ、和希の事が心配なんです。」
「心配?」
「はい。貴方の事だから補習で潰れた時間だと言って睡眠を削って仕事をするでしょう。ただでさえ、この数日の暑さで和希は体調を崩しかけているのに。私は和希にこれ以上無理をしてもらいたくないんです。」
「祐輔…」
「お願いですから、これ以上私を困らせないで下さい。」
和希は石塚の手を握ると、
「ごめんなさい。心配掛けて。」
「和希。」
「俺が補習を受けると祐輔の仕事にも負担が掛かかるし、余計な心配も掛けてしまうし…」
「それは構いません。和希が学生をやると決めた日から覚悟はしていましたから。でも、本当に大変なのは私より和希です。約束してくれますか?けして無理はしないと。」
和希の手を石塚はギュッと握り返した。
それに答えるように和希は頷く。
「うん。約束する。」
「なら、構いません。せっかく学生をしているのですから、補習の1つくらい受けてみるのもいい経験かもしれませんね。」
にこやかに言う石塚を見て、和希の顔に安堵が戻ってくる。
「いい経験か…そうかもしれないな。俺、補習なんて初めてだ。」
「でしたら、楽しんで来て下さいね。」
分かったと返事をした後、和希は石塚の唇にそっと自分の唇を重ねた。
触れるだけのキス。
「祐輔、5日間迷惑を掛けるけど、よろしくお願いします。」
石塚は和希の頬に手を添えると、
「大丈夫です。安心して補習を受けて来て下さいね。学生の間しかできない、思い出をたくさん作ってきて下さい。」
「祐輔がいてくれるから俺は何でもできるんだ。ありがとう。」
「お礼を言うのは私も同じですよ。」
石塚の笑顔に和希も嬉しそうに微笑むと心の中でそっと呟いた。
『本当に、祐輔にはかなわないな…祐輔の事…好き過ぎておかしくなっちゃいそう…』