Beginning 1

「和希、俺七条さんと付き合う事にしたんだ。」
「そうか…良かったな、啓太。おめでとう。」
「うん!ありがとう、和希!俺これから会計室に手伝いに行くけれども、和希も一緒に行く?」
「ごめん、啓太。俺これから仕事だ。」
「そっか。でも仕事なら仕方ないね。また今度一緒に行こうな。」
「ああ、啓太また誘ってくれよ。」
「もちろんだよ。じゃあ行ってくるね。」
そう言って走って会計室に向う啓太。
走らなくったって会計室はどこにもいかないのに…急いで走っていく啓太が和希には可愛く映った。
啓太が見えなくなるまで見送った和希はサーバー棟へと向う。
理事長室に入ると、和希は扉を背にズルズルと座り込んだ。
「啓太は七条さんと付き合うのか…」
ボソッと呟いた。
MVP戦で啓太は七条とペアを組んだ。
その頃から2人の仲は急速に近づいていった。
だから、2人が恋人として付き合っても何の不思議もなかった。
大切な啓太に恋人ができたのだから、心から祝福してあげたかった。
でも…和希にはできなかった。
和希は七条に想いを寄せていたのだった。
胸が苦しくて涙が出てきた。
「どうして、啓太なんだ?どうして俺じゃないんだ?」
あふれる涙を止めずに和希は1人で泣き崩れていった。


出会いは俺の方が先だった。
2年前…確かに出会いは最悪だった。
大切な人を庇って俺を睨みつけていた七條さん。
それは、俺にとって新鮮なものだった。
俺を敵意するその人物に俺は興味を抱いた。
なぜ、他人の為にそこまでできるのかが、不思議だった。
入学後、たびたび会う機会があった。
七条さんは最初の時程俺に敵意を抱いてはいなかったが、俺に対していい印象は持っていないようだった。
けれど、大人びているようで、時々見せる子供らしい仕草や表情は俺を引き付けた。
偶にごちそうになる美味しい紅茶やケーキ。
いつの間にか俺は七条さんをよく見ているようになった。
そんな頃解った情報漏洩問題。
俺は学生として学園に乗り込み解決しようとした。
そんな俺を更に支えてくれたのが、七條さんと西園寺さんだった。
時々出入りするようになった会計室。
その頃は七条さんと俺は普通に会話ができるようになっていた。
俺を1年生として接してくれる七条さんが好きだった。
「遠藤君。」…と呼ばれるたびにドキドキしていた。


けれど、啓太が入学して来て、七条さんの様子は変わった。
いつも俺と一緒にいる啓太。
七条さんはいつも啓太を見ていた。
それもとても暖かな眼差しで…
啓太は気付いていないようだったが、西園寺さんと俺は気付いていた。
それが恋する者にむける眼差しだという事に…
でも、俺は気付かない振りをした。
七条さんが好きだったから。
少しでも長く七条さんの側にいたかったから。
けれど…
それも今日で終わりを告げる…
啓太と七条さんが付き合うなら、俺はこの想いをけして悟らせないようにしなくてはならない。
だから、なるべく七条さんには近づかないようにしようと決心した。


「和希、大丈夫?」
「えっ?何が?」
啓太の告白から数日が経っていた。
移動教室の為、廊下を歩いていた啓太が和希の顔を心配そうな顔で覗き込んだ。
「何がって。顔色悪いぞ、和希。最近仕事忙しそうだし、無理してるんじゃないのか?」
「大丈夫だって。心配性だな、啓太は。ほら、元気だろう?」
慌てて笑顔を作る和希だったが、啓太の心配そうな顔はそのままだ。
「本当に大丈夫?和希この頃疲れてないかって七条さんが心配してたんだぞ。」
「…七条さんが…?」
「うん。西園寺さんも心配してるし。本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。皆に迷惑かけてるんだな、俺って。」
「迷惑って…そんな事ないよ。和希は大切な親友じゃないか。それに七条さんや西園寺さんにとっても和希は大事な人なんだよ。」
「ありがとう、啓太。」


優しい啓太。
本気で俺を心配してくれるのが、手を取るように解る。
俺も啓太が好きだから、親友だとも思っている。
けれど…心の中で何かがすっきりとしない。
啓太が悪いんじゃない。
もちろん七条さんだって悪くない。
人が誰かを好きになる気持ちは自然な事だ。
けれど、その想いが両思いになるのは、とても難しいという事だった。


「あっ、王様、中嶋さん、こんにちは。」
啓太の明るい声でハッとして顔を上げる和希。
「よう、啓太に遠藤。教室移動か?」
「はい、王様。次の生物の授業、実験なのでこれから生物室に行くんです。王様達は?」
「次は授業がねえから、これから昼寝かな?いい天気だしな。」
「丹羽、何馬鹿な事を言ってるんだ。お前の行き先は学生会室だろう?やるべき仕事は山程あるんだからな。」
「酷えな、ヒデ。こんなにいい天気なんだぜ?ちょっとぐらいいいじゃねえか?」
「日頃の自分の行動を考えてからものを言え。行くぞ、哲っちゃん。」
そう言って丹羽の腕に手をかけた中嶋だったが、すぐにその手を離し中嶋は和希の側に行くといきなり和希を持ち上げると横抱きにした。
「な…中嶋さん…?」
「和希?」
「お前、何してるんだ、ヒデ?」
3人それぞれに言う。
「遠藤、顔色が悪いぞ。今にも倒れそうだ。」
「えっ?」
「伊藤、遠藤は俺が保健室に連れて行く。次の授業は休むと先生に伝えといてくれ。」
「は…はい、解りました。」
「丹羽、俺がいないといって仕事をさぼるなよ。」
冷たい視線で中嶋は丹羽を見つめる。
さすがの丹羽も今回は観念したようで、
「お…おう…」
「さぼったらどうなるか解ってるな、哲っちゃん?」
「解ってるって。」
「ならいい。」
和希は中嶋の腕の中で暴れていた。
「中嶋さん、俺大丈夫ですから下ろして下さい。授業に出ますから。」
「駄目だ。」
「駄目って…なんで中嶋さんがそんな事勝手に決めるんですか?」
「そんな顔色をしていて何を言ったって説得力がないぞ、遠藤。」
「顔色って…俺の身体は俺が1番良く知っています。とにかく下ろして下さい。」
そんな和希に中嶋は一括する。
「そんなに倒れたいのか、お前は!」
和希はビクッして一瞬大人しくなった。
「行くぞ。」
一言そう言うと中嶋はさっさと保健室に向って歩いて行った。


後に残った啓太と丹羽は…
「王様…俺、あんな中嶋さん、初めて見た…」
「俺も久々に見たな、あんなヒデを。」
「そうなんですか、王様?」
「冷静が売り物のヒデがあそこまで感情を出すとな。何があったんだ?」
「さあ?俺の方こそ知りたいですよ。」
「違いねぇ。俺も知りたいぜ。」






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