Beginning 2

啓太と七条さんが幸せそうに笑いあっている所なんて見たくはなかった。
だから、できるだけ寮にはいないようにしていた。
本当は仕事はさほど忙しくなかったから、毎日サーバー棟に行く必要なんてなたんだ。
でも、サーバー棟に行かないと啓太と一緒に会計室に行かなくてはならない。
いつも、嬉しそうに七条さんの話をする啓太。
悪気が無いのはよく解ってるんだ。
けれど、毎回それを笑顔で聞くのは正直言って辛かった。
俺の知らない七条さんの話をする啓太。
俺は2年も前から七条さんを知っていたのに、その俺よりも詳しく七条さんの事を知っている啓太。
複雑な思いでその話を聞く。
そして何より、幸せそうな顔をする啓太が時々疎ましく感じられるのがたまらなく嫌だった。
自分自身の醜い部分を見せられているようで辛かった。


啓太と七条さんが一緒にいて楽しそうにしているのを見るのは辛くて嫌だった。
だから食堂へは行かなくなった。
二人が仲よくしている側で食事なんてできなかったから。
ここ、数日口にした物と言えば、理事長室で飲むコーヒーくらいだった。
寮にも戻りたくないので、サーバー棟から帰るのはいつも深夜だった。
翌日の篠宮さんのお説教はきつかったが、啓太達といる事を思えばずっと楽だった。
でも、深夜部屋に戻って布団に入っても寝れなかった。
身体は疲れているのに、二人の事が頭から離れず、ろくに眠れない。
そんな毎日の繰り返し。
和希の心と身体はオーバーヒート寸前だった。


「それじゃ、私は職員室に行って来るが、後はお願いしていいのかな、中嶋君?」
「はい、解りました。」
保険医の松岡が保健室から出て行くと、中島は和希が寝ているベットの側の椅子に座ると呆れて言った。
「まったく…何日食べてないんだ、遠藤?今時栄養失調なんて聞かないぞ。」
「…」
「お前を抱いた時、余りの軽さに驚いたんだからな。」
「そう…ですか?」
和希は中嶋の顔を見ずに答える。
「俺なんて…ほっといてくれてよかったのに…」
ボソッと言う和希に中嶋は、
「ほっとける訳ないだろう?この数日のお前の姿を見ていたらな。」
「えっ…?何言ってるんですか、中嶋さん?」
中嶋は柔らかく微笑みながら、
「伊藤と会計の犬を見て苦しそうにしているお前をほっとける訳ないだろう。」
「な…何でその事を知ってるんですか?」
「いつも遠藤を見ていたからな。」
「えっ…?」
「お前は気付かなかったろうな、俺の視線に。いつも会計の犬を愛おしそうに眺めていたのだから。」
「どうして?絶対に誰にも気付かれないと思っていたのに…」
「他の奴らは気付かないだろうな。だが俺はずっとお前を見ていた。だから解ったんだ。」
「俺を見ていた?なぜ?」


「好きな奴の事なら普通は気になるだろう?」
「好きな奴って…それって俺の事ですか?」
「他に誰がいる?」
「だって俺は…」
「俺の勝手な想いだ。お前は気にする必要は無い。それよりも遠藤、会計の犬だけは止めておけ。あいつは伊藤しか見ていない。」
「そんな事…中嶋さんに言われなくたって解ってます。啓太は大事な親友なんです。啓太を傷つけるつもりは無い。誰にもこの想いは気付かせない。」
「そうやって、1人で頑張った結果がこれか?」
「うっ…いいじゃないですか?俺の勝手でしょう?」
「確かにな。お前の言う通りだ。お前が何をしようが、倒れようがお前の自由だ。」
「なら…俺の事はもうほっといて下さい。」
「あいにくそうはいかなくてな。気になって仕方ないんだ、お前の事が。」
「そんな気持ちを押し付けられても困ります。もう俺の事はほっといて下さい。もう子供じゃないんだから1人でなんとかします。だから…」


そうの続きは言えなかった。
なぜなら和希は突然に唇を塞がれたからだ。
舌を差し込む深いキス。
でも、その時和希は自分の身に何が起こっているかなんて解らなかった。
クチュッと音をたてて離れた後、暫く呆然としてた和希はようやく自分が何をされたのか気付いた。
「な…中嶋さん?貴方今俺に何をしたんですか?」
「何を?キスをしただけだ。」
「キ…キスをしただけだなんて…ふ…ふざけないで下さい。」
「何だ?キスだけでは物足りなかったのか?」
「ば…馬鹿な事を言わないで下さい。これ以上何かしたら殴りますよ?」
「お前に殴られるのも悪くはないな。」
「い…いい加減にしろ!」
とうとう和希は切れて怒鳴ってしまった。
そんな和希を見て中嶋はニヤッと満足そうに笑う。
「やっと元気が出てきたな。」
「えっ…」
和希はじっと中嶋を見詰めた。
確かにこの数日こんな風に感情を出した事はなかった。
だから、正直言って少し気分が良かった。
「まさか、中嶋さん。わざと俺を怒らそうとしてあんな事をしたんですか?」
「さあな。」
中嶋は和希を見詰め、暫くするとそっと和希を抱き締めた。
和希は驚くがじっとしていた。


「泣きたいときは泣け。」
「えっ…?」
「辛いんだろう?なのに、お前は1人で歯を食いしばって立っている。大人だって辛い時は泣いてもいいんだ。」
「…」
「いつまでも、心の中に溜めておくな。お前が泣きたくなったらいつでも俺の胸を貸してやる。」
「…ヒック…」
「遠慮なんてするな。誰だって辛い事はあるんだ。そんな時は無理をしないで思いっきり泣くがいい。」
「…な…なか…じまさ…ん…」
和希はそっと手を動かすと中嶋の腕をギュッと掴み、声を抑えて泣き始めた。
「遠藤。声を出せ。その方がすっきりとする。」
「な…中嶋さん…俺…俺…」
何かを言おうとしている和希の頭を優しく撫でながら、
「何も言うな。ただ、気の済むまで泣くがいい。お前が必要をするなら俺はいつでも胸を貸してやる。お前が望むならいつでもお前の側にいてやる。だから安心するがいい。」
声を上げて泣いている和希の耳に中嶋の優しい声が響く。
その声を心地よいを感じている和希だった。






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