Fireworks Display 1
「あっちいなぁ、でも今日も良い天気だぜ。」
学生会室の窓を開けながら丹羽は言う。季節は7月中旬。夏休みまで後1週間である。
「なぁヒデ、こんな良い天気なのに学生会室に籠もっているのは身体に良くないと思わないか?」
「そうだな。だがこの書類が片付かないかぎり、どうにもならないだろう、哲ちゃん。」
「そりゃそうだけど…分かちゃいるけどやる気なんておきやしねぇよ。見てみろよ、この青空。学生会室の中にいるなんて勿体なくないか?」
「ふぅ…」
中嶋はため息を一つ付いた。しかし、パソコンを打つ手は休むことはない。
「お前がどう思おうが自由だが、提出期限は待ってはくれないぞ。ぐずぐずしていると、また会計部から催促が来るぞ。それに最終的には遠藤が困る事になるんだぞ。」
「分かってるさ…でも大丈夫。遠藤は少しぐらい遅れても怒らないさ。」
「そうか。だが書類の提出が遅れたせいで、遠藤が夏休みに忙しくなってお前といる時間が取れなくなってもいいんだな。」
「う…そう言うえげつない事言うのか、ヒデ?」
「本当の事だ。」
「ちぇっ…」
そう言うと丹羽は窓を閉めて、しぶしぶ椅子に座り書類を片づけ始める。
「そういえば、もうじき花火大会だな。ヒデ、今年もお前は見に行かないのか?」
「花火大会など興味がない。」
「そうか?今年で最後じゃないか。一緒に行かないか?」
「断る。人混みは好きではない。」
「そんな事言うなよ。そうだ!遠藤と啓太も誘おうぜ。あいつら、初めての花火大会だろう。きっと喜ぶぜ。」
“啓太”と言われ一瞬中嶋の手が止まった。
「皆で浴衣を着ても良いな。なぁヒデ、お前啓太の浴衣姿見たくないか?俺は見てみたいなぁ、遠藤の浴衣姿。きっと似合うぜ。」
「…」
「なぁヒデ、行きたくなったろう、花火大会。」
「そうだな。」
中嶋はニヤッと笑うと徐に席を立つ。
「丹羽。急用を思い出した。暫く席を外すが、花火大会に行きたければその間にその書類を片づけておけよ。」
そう言い残すと中嶋は学生会室から出て行った。
「なんだ、ヒデの奴急に?まぁ良いか。それよりも花火大会の為にこれを片づけるか。」
今日は終業式、そして花火大会の日でもある。
学校は午前中で終わりだが花火大会があるので、殆どの生徒がまだ帰宅せずに残っている。
「啓太!遅くなってごめん!」
和希が中庭のベンチで待つ啓太の所に走って来た。
「ううん、大丈夫。和希こそ走って来たのか?あーあ、こんなに汗かいて。」
そう言うと啓太はポケットからハンカチを出し、和希の汗を拭いた。
「啓太…」
「動かないで和希。よし、これで大丈夫だよ。」
ニコッと笑う啓太。そんな啓太に和希は嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、啓太。」
「どういたしまして。ところで和希、ここの花火大会ってそんなに凄いの?殆どの生徒が残って見に行くって話をしていたよ。」
「どうだろうな。実は俺、花火大会会場で見た事がないんだ。」
「え?そうなの?」
「この時期は仕事が忙しくて。あっ、でも理事長室の窓からは毎年花火を見ているよ。すごく綺麗だよ。」
「そっか、ここからでも見えるんだ。」
「ああ。だから花火大会会場まで行かなくて、ここで見る生徒も沢山いるはずだよ。確か学校と寮の屋上は使用可能になってるはずだ。」
「へぇ〜そうなんだ。でも和希、今日は仕事大丈夫なの?」
「まあな、かなりきつかったけど、なんとか終わらせてきたから大丈夫だよ。」
「また無理したんだ。」
「少しだけだよ。でも俺どうしても啓太達と花火大会に行きたかったんだ。」
「俺もだよ、和希。」
お互いに顔を見て笑った。
「俺、浴衣着るのなんて幼稚園以来だな。」
「啓太、幼稚園で浴衣着たんだ。」
「うん。夏祭りがあってね。和希は幼稚園の時着なかったの?」
「俺、幼稚園って行ってないんだ。その頃って家庭教師がついて勉強してたし。」
鈴菱グループの後継者として育った和希にとってそれは当たり前の事だったが、啓太にとっては驚きだった。
「じゃあ、もしかして和希浴衣着るのって初めて?」
「ああ。王様と中嶋さんが俺たちの分まで用意してくれたんだろう。楽しみだな。」
「俺も楽しみにしてるんだ。」
“コンコン”
「伊藤と遠藤です。失礼します。」
二人が中に入ると、すでに浴衣姿の丹羽と中嶋がいた。
「わー!素敵です、中嶋さん。紺色の浴衣、良く似合ってます。」
「そうか、啓太。」
「はい。惚れ直しました。いいなぁ、中嶋さんこんなに格好良く着こなせて。俺なんて子供っぽいからな。」
「大丈夫だ。啓太に似合う浴衣を用意したからな。」
「本当ですか?中嶋さんにそう言われると俺嬉しくなります。あれ?和希、何入り口で突っ立っているんだよ。早く入って和希も王様に何か言ってあげたら?」
啓太の声で和希はようやく中に入り丹羽の側に行く。
「どうした?遠藤、俺何か変か?」
「いいえ王様、良く似合ってますよ。」
「そうか?お前にそう言って貰えると嬉しいぜ。」
丹羽は嬉しそうに笑う。
参ったな。こんなに浴衣が似合うなんて思わなかった。これ以上惚れさせてどうするんだよ、王様…心の中で和希はそう思った。
「本当にお似合いですよ、王様。深緑色で良く映えてますよ。」
「そんなに褒めるなよ、遠藤。照れるだろう。」
「丹羽会長、中嶋副会長、そろそろ準備しても構いませんか?」
和希が振り向くとそこには手芸部の先輩達が立っていた。
「先輩方、どうしてここに?」
「遠藤と伊藤の着付けを頼まれたんだ。」
「おう、悪いなお前ら、忙しいのに無理言っちまって。」
「とんでもない。楽しかったですよ、丹羽会長。」
「俺と丹羽は外で待っているから、後は頼むぞ。」
「はい。あっ、中嶋副会長臨時予算の件ありがとうございました。」
「ああ、あれで足りたか?」
「十分過ぎるぐらいでした。きっとご満足できる仕上がりになると思います。」
「そうか、楽しみにしているぞ。」
手芸部との話を終えると、丹羽と中嶋は学生会室から出て行った。
「先輩方まさかと思いますが、俺や啓太の浴衣を作ったのって先輩方ですか?」
「そうだ。」
「丹羽会長と中嶋副会長の分もな。」
「急に中嶋副会長に頼まれたんだ。」
「布選びから仕上げまで5日でやったんだぞ。」
「そうそう、花火大会に間に合わせろって急に言われてさ。」
「しかも臨時予算しっかり持ってきて。こんなに急なのによく会計部通ったのかビックリしたよ。」
「さすが中嶋副会長だよな、できないことは無い人だ。」
「そう言う訳で、遠藤、伊藤、俺達手芸部の力作着て貰うからな。」
「お…俺は嫌ですよ。先輩方。第一それ女物の浴衣じゃないですか。それに手芸部で作った物って、部員は着ないことになっているんじゃないですか?」
「遠藤、そう言うことは真面目に部活に出てから行って貰おうか?」
「この一週間部活に一度も顔を出さなかった者がいう台詞じゃないよな。」
「そ…それは…俺実家の用が忙しくて、俺だって部活出たかったんです。だから勘弁して下さいよ、先輩。」
「問答無用だ、遠藤。さっさと制服を脱いで貰おうか?」
「絶対に嫌です。」
「諦めが悪いな、遠藤。ほら、伊藤を見てみろ。もう浴衣に着替えてるぞ。」
「啓太!お前何普通に着替えてるんだよ!!」
「だって和希、折角手芸部の先輩方が作ってくれたんだろう。着ないと失礼じゃないか。」
「だからって啓太、俺達これから学園から外に出るんだぞ。分かってるのか?」
「うん、分かってるよ。ちょっと気になるけどかつらもあるし、化粧もしてくれるって言うから、きっと何とかなるよ。」
「そ…そう言う問題じゃないだろう。」
「じゃあ、何なんだよ和希。」
「…」
なんでこんな子になっちゃったんだよ。恨むよ中嶋さん、貴方啓太をなんて子に教育したんだよ。カズ兄は悲しいよ…和希は心の中で叫んだ。
「じゃ、時間も無いのでさっさとやるぞ、遠藤。」
「嫌です。啓太なら似合うと思いますが、俺なんて似合うわけないじゃないですか?絶対に嫌です。」
「もうごちゃごちゃとうるさいな遠藤は。皆さっさと遠藤の服を脱がせて浴衣に着替えさせろ!」
「嫌だって!!」
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