どんな微笑よりも…29

これは中嶋が和希の所に来てから数ヶ月が経ったある日の出来事です。

“コンコン”
「和希様、おはようございます。」
規則正しいノックの音と共に掛かる声。
そして静かに開くドア。
「おはようございます。石塚さん。」
和希はドアの方に向かって微笑む。
そんな和希に石塚は声をかけた。
「おはようございます、和希様、中嶋様。」
「ああ。」
中嶋はいつものように和希の部屋の椅子に座って医学雑誌を読みながら返事をした。
そんな中嶋に、
「英明さん、“ああ”じゃなくて“おはようございます”でしょう。きちんと朝の挨拶くらいしてください。」
「どっちでもいいだろう。」
「ダメです。きちんと言って下さいって毎朝言ってるじゃないですか。」
2人のやりとりと聞いていた石塚は、
「和希様、構いませんので結構です。」
「もう、石塚さんまでそうやって英明さんの事を甘やかすんだから。」

頬を膨らまして言う和希に石塚は微笑む。
「本当にお気になさらないで下さい。それよりも、今朝ももう入浴と着替えは終わられたのですね。」
「はい。」
石塚は中嶋に向かって頭を下げる。
「今朝もありがとうございます。」
「別に礼を言われる事ではない。俺が風呂に入るついでに和希を入れたまでだ。」
「それでも…本来和希様のお世話は私の仕事ですので、ありがとうございます。」
「構わないと言ってるだろう。毎朝律儀によく続くものだな。」
「これが私の仕事ですので。」
石塚はそう言った。
中嶋は大抵朝風呂に入るので、その時に和希も一緒に連れて入る。
そしてそのついでに和希の着替えさせてしまうのだ。
だから石塚が和希を起こしに来る時間帯には和希の身支度は完璧になっている。

「食事の支度が整っていますので、このまま食堂に向かわれますか?」
「あっ、はい。」
そう言ってベットから降りようとした和希は床に足をつけ立とうとした瞬間膝がガクッとなって倒れそうになる。
「和希様…」
石塚が和希の側に寄る前に中嶋は和希を支える。
「馬鹿か、お前は。立てる訳ないだろう。」
「大丈夫です。俺、一生懸命リハビリやったんですから。」
「そう言う意味じゃない。シタばかりで身体に負担が掛かっているんだ。無理ができる筈がない。」
途端に和希の顔が赤くなる。
「それは…英明さんがしつこくするからじゃないですか…」
「俺がか?お前の間違いだろう?“もっと”と散々ねだったのは和希じゃなかったのか。」
「そんな事…俺…言いません…」
中嶋は楽しそうに笑う。
「そうだったか?」
「そうです!」

耳まで真っ赤にして中嶋に抗議している和希を微笑みながら見つめていた石塚はそっとドアを開けて外に出た。
和希がここに来て数年。
感情を出すようになったと石塚は思っていた。
しかし、中嶋が来てからのこの数ヶ月の和希の変化には驚きを隠せた無かった。
こんなにも豊かな感情を持っているとは思っていなかった。
ただし、それは中嶋限定であったけれども。
それでも、和希のあんなにも幸せそうな顔を見れる日が来るとは思わなかった。
「さてと…あの様子だと仕事に行かれるギリギリの時間帯に和希様と中嶋様が食堂にいらっしゃるから準備を完璧に整えておかないといけませんね。」
石塚はそう呟いて急いで食堂に向かっていた。




『どんな微笑みよりも…』最後までお読み頂いてどうもありがとうございました。
最後の29話は番外編でお届けしました。
中嶋さんの深い愛情に包まれて和希は不自由な身体でも幸せいっぱいに過ごしています。
そんな幸せそうな様子を石塚さんは毎日見せつけられています(笑)
この話を書いている途中にたくさんの方から拍手やコメントを頂きました。
凄い励みになりました。
皆様のお陰で最後まで書き続ける事ができました。
この場をおかりしてお礼を言わせて下さい。
本当にありがとうございました。
もしかしたら番外編を書くかもしれませんので、その時はお付き合いして頂けると嬉しいです。
                  2009/5/27





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