どんな微笑よりも…28

「ど…どうして…?」
「何がだ?」
「どうして、中嶋さんがここにいるんですか?貴方は今頃はご実家の病院で働いている筈でしょう?」
驚いて言う和希に中嶋は、
「ああ。実家の病院は姉が跡継ぎになることに決まった。だから俺は自由だ。」
「な…何で?どうして中嶋さんじゃなくお姉さんが跡継ぎになられるんですか?」
「俺が放棄したからだ。」
「放棄?どうしてそんな馬鹿な真似をしたんですか?」
「馬鹿な真似?俺は至って真剣だ。」
「だって…」

和希は途惑いながら、
「だって…中嶋さんは院長に相応しい器じゃないですか?それなのに…」
「俺が院長の器がどうかは知らないが、俺には興味のない事だからな。姉は医師としては俺ほどの実力はないが、経営陣としての才能には優れている。だから院長の椅子を譲ったまでだ。」
「だったら…中嶋さんもご実家の病院で働けばいいじゃないですか?何を好んでこんな田舎の病院に来たんですか?ここには大した医療設備もない。医学研究だって中嶋さんのご実家の病院と比べたら格段に低いんです。中嶋さんの実力を発揮できない所で働くなんて間違ってます。」
そう言い切る和希に中嶋はため息を付きながら言った。
「俺の実力?そんなものは大した事はない。」
「そんな事ありません。中嶋さんの腕前なら大勢の尊い命を救う事だって可能なんです。だから…中嶋さんはこんな所にいちゃダメなんです。一刻も早くご実家の病院に戻って下さい。」
「それには同意できないな。」
「どうしてですか?」
「俺の力は大したものではない。」
「そんな事はありません。」

中嶋は悲しそうに首を振ると、そっと和希の瞳に触れる。
ビクッとする和希。
「俺の力では…お前にもう2度とものを見せてやる事ができない。」
「それは…仕方ない事です。」
「仕方なくない。医師である以上患者を治せない事程空しい事はないんだ。」
「中嶋さん…」
苦しそうに言う中嶋の声に和希は微笑んで言った。
「仕方ないです。医者だって神じゃないんです。限界があって当たり前です。」
「だが…俺はたった1人の愛する人を治す事すらできない。」
「えっ…」
「俺は和希を愛している。だから医師として出来る限りの事をしたいんだ。側にいさせてくれ。」
「だって…」

和希は困って俯いてしまった。
大好きな中嶋からの告白。
それはとても嬉しいものだった。
けれども、こんな身体の和希は中嶋の重荷以外の何ものにもならない。
中嶋には輝かしい未来があるのだ。
それを無にして欲しくない。
「でも…俺は…」
「和希が俺を嫌っているのは知っている。」
「えっ…」
「俺は無理矢理和希を犯した奴だからな。俺の事を恐いと思っているのだろう。」
「…っ…そんな事は…」
中嶋は寂しそうに笑うと、
「無理をするな。お前が丹羽を好きなのは知っている。」
「丹羽さん?」
「あんなに丹羽を慕っていたのだからな。本当は俺ではなく丹羽に側にいてもらいたいんだろう?」
「違います。確かに丹羽さんの事は好きですが、恋愛感情の好きじゃありません。」
きっぱりと言う和希に中嶋は驚く。

「和希?」
「俺は…俺の好きな人は…中嶋さん…だから…」
顔を真っ赤にして言う和希に中嶋は動揺を隠せない。
「でも…俺は…こんな身体だから…足もろくに動かせないし、目だって見えない。」
「そんな事は大した事じゃない。」
「でも…俺は…中嶋さんの負担にはなりたくない…」
「負担だなんて思った事はない。和希と離れて生きていく方がずっと辛いんだ。」
和希の頬に一筋の涙が伝わる。
その涙を優しい指先がそっと拭う。
「俺がこれから和希の足になる。どこへだって連れて行ってやる。そして俺の見たものを全て和希に語ってやる。俺の言葉から俺が見たものを想像し、その目で見たと思うがいい。」
「…中嶋さん…俺は…」
「だからもう2度と俺の側から離れるな。俺を1人にしないでくれ。」

止まる事を知らない涙。
「俺は…中嶋さんの側にいてもいいの?…負担にならない?…」
「ああ。ずっと側にいろ。」
「…ずっと…ずっと…会いたかった…中嶋さんに…」
「和希。」
「こんな身体になって初めて気付いたんだ。中嶋さんの優しさに。だからどんなに辛い事があっても生きていけると思っていた。俺には中嶋さんとの思い出がたくさんあるから。それを宝物にして生きていこうと思っていたんだ。」
「馬鹿な事を考えていたんだな。そんな昔の出来事よりももっと素敵な思いをこれからたくさんさせてやる。俺の側で今まで味わった事のない幸せを感じさせてやるから覚悟するんだな。」
「…ありがとう…中嶋さん…」
和希は自分の手を握ってくれている中嶋の手をもう片方の手で握り替えした。
「俺も中嶋さんの事を愛しています。」
そう言って微笑んだ顔は今まで和希が見せたどんな微笑みよりも綺麗な微笑みだった。




長い間お付き合いして下さってどうもありがとうございました。
一応これで本編は終わりですが、オマケ話を後1話分書きたいと思ってます。
それでこの連載を終了したいと思ってます。
王和でスタートしたこの小説ですが、中和の方がいいとたくさんの方からコメントを頂いたので途中から変更して話を進めさせてもらいました。
皆様に気に入った内容になったかどうかは分かりませんが、とても楽しく書かせてもらいました。
医療知識がないので「?」と思った方がたくさんいらしたと思いますが、勘弁して頂けたら幸いです。




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