星に願いを 15

和希が戻ったのは、家を飛び出してから3日目の朝だった。
中嶋と丹羽、啓太の3人で朝食を食べ終わり、紅茶を飲んでいる最中だった。
ドアがノックされ、石塚と一緒に中に入ってきた和希に真っ先に声を掛けたのは啓太だった。
「和希!おかえり!」
いつもと変わらない笑顔を向けて、立ち上がった啓太に和希が声を掛けようとした時、
「啓太、食事中だ。立ち上がるな。」
「あっ…ごめんなさい、英明さん…」
啓太はシュンとして椅子に座り直した。
中嶋は和希を見ると、
「何しにきた。」
「何しにって…」
和希は困惑した顔で言った。
「言いたい事だけ言って勝手に家から飛び出して、3日間の無断欠席。社会人としての自覚がお前にはないのか。」
「それは…」

和希は言葉を詰まらせた。
確かに中嶋の言う通りだったからだ。
丹羽との事を反対された上に、丹羽から中嶋を庇う事を言われ、カッとなって中嶋に酷い事を言った。
そして家を飛び出して今日までの3日間、竜也の家に世話になっていた事すら中嶋には報告しないで、黙って仕事まで休んだのだ。
中嶋の言う通り、自分勝手な行動を取ったのは和希にもよく分かっていた。
けれども、今まで中嶋の言う事にはできるだけ逆らわずにきた和希にとって、自分の意志を通す事、自分の思いを伝える難しさを初めて知ってどうすればいいのか分からなかった。
誰にも相談できない気持ちを落ちつかせるには時間が必要だったのだ。

「俺は…」
「いい訳なら聞きたくない。さっさと仕事に行け。そして迷惑を掛けた職場の人達にきちんと謝ってこい。」
「天帝。俺の話を聞いて下さい。」
「聞く必要はない。」
「大事な話なんです。」
「くどい!俺は仕事に行けと言っているんだ!同じ事を何度も言わせるな!」
中嶋は和希に向かって怒鳴った。
そんな中嶋にいつもの和希なら『ごめんなさい』と言って中嶋の言う通りにしたはずだったが、今回の和希は違っていた。
中嶋に向かって頭を下げ、
「お願いです。少しでいいんです。俺の話を聞いて下さい。お父様。」
数年ぶりに聞くその呼び方に中嶋はもちろんの事、一緒にその場にいた啓太も丹羽も石塚でさえ驚いていた。
和希が中嶋の事を『お父様』と呼んだからだ。
小さい頃から和希を知っている石塚には2人きりの時だけ中嶋を『お父様』と呼んでいたが、他はどんなにプライベートな時間でも誰に対しても中嶋の事を『天帝』と呼んでいたからだ。

頭を下げて中嶋の返事をじっと待つ和希を見て石塚が口を開いた。
「天帝。私が個人的な事に口を挟むのは差し出がましいと思いますが、和希様のお話を少しだけでも聞いてみてはいかがでしょうか。出勤時間にはまだ時間がかなりあります。」
石塚に言われ、中嶋は暫く考えた後和希に言った。
「用件は手短に言え。」
「ありがとうございます。」
和希は顔を上げ、
「俺は、今までお父様の言う事にはできるだけ逆らわずにきたつもりです。小さい頃から忙しく働いているお父様を見て育ったから、できるかぎりお父様の望む通りにしたいと思っていました。それが天帝の子として生まれた俺の義務だと思ったからです。だから、結婚もお父様の望む人と一緒になるつもりでした。でも…ずっと片思いだった王様から告白されて俺は嬉しかった。王様と結ばれて結婚するなら心から好きな人としたいと思ったんです。確かに天帝の跡取りとしての責任もある事は分かっています。けれども、義務だけで結婚しても自分も相手も幸せになれないと思ったんです。」
和希はいったん言葉を切った後、手をギュッと握って言った。
「俺は天帝の子供の前に1人の人間なんです。好きな人と一緒になりたい。それを誰よりもお父様に分かってもらいたいんです。俺の我が侭を認めて下さい。」

再び頭を下げた和希を見て、中嶋はため息を付いた。
「まだ、子供だと思っていたが、こんなにしっかりとした考えをもっていたとはな…」
「お父様?」
和希は顔を上げて中嶋を見ると、中嶋は微笑んでいた。
「それ程好きなら、その想いを貫いてみろ。ただし、どんな事があっても泣き言は一切聞かないからな。」
「あっ…それじゃ…俺…」
「好きにしろ。」
中嶋はそう言った後、丹羽に向かって言った。
「和希はああ言っているがお前はどうなんだ?」
「俺は本気で和希を嫁にもらう気でいる。ヒデにも何度もそう言っているだろう。」
中嶋は黙って頷いた。
丹羽は立ち上がると、和希の側に行き、
「ヒデからの承諾はもらった。本当に俺と一緒になって後悔はしないんだな。」
「王様…」
今にも零れそうな涙をその手で拭いながら、
「和希。俺と結婚してくれ。」
和希は黙って頷くと丹羽の胸に飛び込んだ。
「王様…王様…」
泣きながら何度も丹羽の名前を呼ぶ和希を丹羽は優しく抱き締めながら、その背中を優しく撫でていた。





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