星に願いを 14

「俺の気持ちを上手く天帝に伝える事ができるかな…」
ボソッと呟いた和希の髪の毛を丹羽は撫でながら、
「大丈夫だろう。ヒデは一見頑固だが、理解はある奴だ。焦らずにゆっくりと説得すればいい。」
「焦らずにゆっくりとか…やっぱりすぐには認めてはもらえないよね。」
「そうだな。おそらく反対はするだろう。」
「俺…自分の気持ちを人に上手く伝える事ができないんです…」
「えっ?」
驚く丹羽に和希は苦笑いをしながら言った。
「王様も気が付かなかったんですね。おそらく誰も俺がそんな事を考えているだなんて思ってないだろうな。小さい頃から忙しい天帝を見て育ったせいか、自分の気持ちを抑える事しか知らないんです。波風をたてないように話す癖がついているんです。言い方を変えれば、人の顔色を伺って喋っているんですよ。でも、最近色々とあって自分の気持ちを伝えようとするとどうしても感情に走った喋り方をしてしまうんです。だから、先日のお見合いの件も天帝を怒らしてしまうし…自分の思いを人に伝えるのがこんなに難しいとは思いませんでした。」 目にうっすらと涙を浮かべながら言う和希を丹羽はそっと抱き締めた。
「王様?」
「悪いな。」
「えっ?」
「俺はお前がずっと我慢をしていたなんて気が付きもしなかった。和希はいつだって笑っていたから。寂しい思いをさせちまったんだな。」 和希は丹羽の胸に顔を埋めながら、
「いいえ。天帝や王様が忙しい時は竜也さんがいてくれたから、寂しくなかったですよ。」
「親父が?」
「はい。本当の事を言うとね…俺、小さい頃天帝と王様が仕事ばかりして嫌だったんです。もっと自分と一緒にいて欲しいと思ってました。でも、言えなかったんです。だってそれは俺の我が侭だから。だからいつも泣いていたんです。泣いていると必ず竜也さんが来てくれて、俺と一緒にいてくれたんです。竜也さんがいなかったら今の俺はいなかったと思います。」
「そうか…」
丹羽はムッとして言った。
笑顔しか知らなかった自分が許せなかった。
手の掛からない大人しいいい子だとずっと思っていた。
寂しさを1人抱えて泣く事しかできなかった和希をずっと支えていたのはよりにもよって自分がどうしても超えられない男だった。
丹羽が心の中で葛藤している時、
「王様、貴方のお父様は本当に素晴らしい方ですよね。憧れています。俺もああいう人になりたいと思ってます。」
そう言った和希の顔は今まで見た事もない位幸せそうだった。


「そんな事を和希が言っていたのか…」
「ああ。俺達も当時は若かったからそんなところにまで気が回らなかったからな。」
「そうだな。そう言えば最近になってようやく和希が私の言う事に意見を言うようになった。それに早く気が付いてやればこんな事にはならなかったかもしれない。」
「こんな事?」
不思議そうな顔をする丹羽を中嶋は睨みながら、
「お前との事だ。」
「ヒデ。俺達は真剣に愛し合ってるんだぜ。」
「呆れてモノが言えないとはこの事だな。今朝までそんな気持ちを和希には持っていなかっただろう。」
「う゛…それは…」
丹羽は言葉に詰まった。
確かに和希の事を意識したのは先程久我沼に会ってからだ。
だからと言って、和希との事を勢いだとか気の迷いだとか言われたくはなかった。
「ヒデ、俺は…」
「もういい。丹羽も暫く頭を冷やせ。今日は仕事に戻らなくてもいい。」
それだけ言うと中嶋は部屋から出て行った。
後に残った丹羽はこれは思ったよりも説得が大変だとため息を付いたのだった。


「えっ?和希ですか?夕べは来ていませんが、和希がどうかしたんですか?」
翌朝、中嶋の執務室で啓太は不思議そうな顔で言った。
「そうか。ならいい。」
「ならいいって…英明さん、和希がどうかしたんですか?まさか無断外泊をしたんですか?」
「もういいと言っただろう!」
珍しく声を荒げた中嶋に啓太はビクッとする。
側に控えていた石塚が啓太の耳元でソッと囁いた。
「昨日、天帝と和希様は喧嘩をなさったんです。それで、家を飛び出した和希様が一晩経っても帰っていらっしゃらないので天帝はご心配なさっているんです。」
「和希が家出!?」
「伊藤さん!」
慌てる石塚にしまったという顔をする啓太。
「石塚。余計な事を啓太に言うな。」
「はい。失礼しました。」
石塚は頭を下げる。
そんな石塚に啓太は申し訳ない顔で、
「ごめんなさい、石塚さん。俺が大声を出したから。」
「いいえ。大丈夫ですよ。」
ニコッと笑って言う石塚に啓太は少しだけ胸が軽くなった。
「あっ…でも、俺の所じゃなければ和希はどこにいるんだろう?俺以外に親しい友達はいないのに…」

心配そうに啓太が言ったその時、執務室のドアがノックされて竜也が中に入って来た。
「何かあったのか?近衛隊長」
「今日は仕事ではなく、個人的な事で伺いに参りました。」
「個人的な事?何だ。言ってみろ。」
「和希様が昨夜から私の所にいます。天帝には絶対に知らせるなと言われているのですが、誘拐だと思って大騒ぎになられても困るので和希様には内緒でお知らせに参りました。」
「良かった。和希、近衛隊長の家にいるんですね。」
嬉しそうな顔をした啓太が言った。
「はい。伊藤さん。ただ、少し熱があるので今日はゆっくり寝ているように言っておきました。」
「熱が?具合はどうなんだ?」
心配そうな顔で中嶋は聞いた。
「先程医者に診てもらいましたが、風邪ではなく精神的なものからくる熱だと言われました。和希様から昨日天帝と喧嘩としたと伺いました。その事で心を痛めているようです。」
「そうか…」
「何かありましたら、すぐに連絡を致します。それでは仕事がありますのでこれで失礼します。」
「ああ。知らせてくれてありがとう。助かった。」
「いいえ。」
そう言って竜也がドアに手を掛けた時、
「近衛隊長。和希を頼む。」
竜也が振り返ると、頭を下げている中嶋の姿が目に映った。
だが、何も言わずに竜也は黙ってドアを開け外へと出て行った。
天帝が部下に向かって頭を下げるなどあってはならない行為だった。
だが、天帝といっても父親なのだ。
子供の為ならばいくらでも頭を下げて頼む事はできた。
中嶋にとって和希はかけがいのない大切な子供だからだ。
そんな中嶋の気持ちを竜也は同じ親だから理解し、見て見ぬふりをしたのだった。




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