未来への扉1

“カチャ”
新生児室のドアがそっと閉められ、中から出てきた一人の看護婦は早足でそこから去り、病院の裏口から外に出るとそこに立っている男性に声を掛ける。
「ご指示どうり、入れ替えてきました。」
「そうか…ご苦労だった。」
男性は一言そう言うと、懐からお金が入った封筒を出し看護婦に渡す。
嬉しそうに受け取る看護婦。
「解ってると思うがこの件は他言だぞ。」
釘を刺す男性。
看護婦は黙って頷くと、そのままどこかへ行ってしまった。
男性はポケットからたばこを出し、火を付けて吸った。
「これでいい。」
男性の名は久我沼啓二。
久我沼は今ある看護婦を金で買収した。
その日、この病院では2人の男の子が誕生した。
1人は久我沼啓二の子で、もう1人は鈴菱の子であった。
久我沼は我が子と鈴菱の子の入れ替えを計画し、今夜それが実行された。
久我沼には我が子に対する愛情など一欠片もなかった。
それよりもたった今から我が子になった鈴菱の子を使って今までの恨みをいかに晴らそうかと考えていた。
今、新生児室では何も知らずに入れ替わった二人はスヤスヤと眠っていた。
これから迎える恐ろしい運命など何も知らずに…


そして、1週間後入れ替わった子を我が子と疑わない母2人は、それぞれの胸に入れ替わった子を愛しく抱いて退院しようとしていた。
「本当にこのまま帰るのか?」
鈴菱は久我沼の妻、鈴菱の妹である鈴香に声を掛けた。
「ええ、お兄様。私はもう鈴菱の人間じゃないのよ。久我沼啓二の妻なんだから。このまま久我沼の家へ帰ります。」
ニコッと笑って答える鈴香に鈴菱は不安を隠せない。
「産後は無理をすると後が大変だから後で世話をする者を1ヶ月程そちらに連れて行こう。それでいいな。」
「大丈夫です。」
「駄目だ。お前は元から身体が弱いんだ。嫌なら、このまま鈴菱に連れて行くぞ。」
「解りました。それではお言葉に甘えてお願いします。さあ、お兄様。お義姉様があちらで待ってらしてよ。早く行ってさしあげて。」
鈴菱は照れくさそうに笑うと鈴香の腕の中の子の頭をなぜながら言った。
「元気な子に育てよ。」
今、頭をなぜた子が本当の我が子とも知らずに鈴菱はそう言うと妻と子が待つ車に乗って病院を後にした。
その車を見送った鈴香は久我沼の側へ行く。
「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。」
「いや、帰るか。」
謝る鈴香に対し、それだけ言うと車に乗った。
愛しそうに手の中にいる子を見つめる鈴香。
そんな妻と子を久我沼は醒めた目で見ていた。
妻を愛していない訳ではなかった。
ただ、妻は鈴菱のそれも本家の娘だった。
この時代、どんなに頑張っても才能があっても、所詮身分には勝てなかった。
自分には才能がある。
その才能を生かし、自分の実力に相応しい地位が欲しかった。
その為には身分が欲しかった。
華族の血筋が喉から手が出る程欲しかった。
だから、妻と、鈴菱鈴香と結婚した。
世間知らずの華族の娘をおとす事など簡単だった。
もちろんその時は愛しているはずだった。
これで、全てが手に入ったと久我沼は思った。
だが…鈴菱グループに入った久我沼はその扱いに呆然とした。
鈴菱の、しかも本家の娘婿なのに、久我沼に与えられたポジションは本社ではなく、子会社のしかも専務だった。
悔しかった。
実力はあるのに、才能もあるのに、チャンスさえも貰えない。
チャンスさえ貰えたら本社にいるどの人間にだって負けやしないのに。
毎日がもやもやとした気分だった。
そんな時、妻と鈴菱の妻が妊娠したと知った。
運良く、二人共同じ病院に入院して、同じ日に男の子が生まれた。
チャンスだと思った。
俺の実力を見ようともしない鈴菱の奴らに復讐する唯一のチャンスがきたと思った。
生まれた子を利用して復讐してやる…久我沼は心に誓った。
そして…二人の子は入れ替わった。


何も知らない鈴香は今腕の中にいる子に“和希”と名付けた。
平和の“和”と希望の“希”で“かずき”と読む。
鈴香が考えた名前だった。
幸せそうに和希を見つめる鈴香。
しかし、久我沼にはもう愛する妻などいなかった。
そして、和希に対しては憎しみの対象でしかなかった。
車はもうすぐ久我沼の家へ着こうとしていた。
幸せな家庭など無い家へ向かって車は進んで行った。




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