信じる事の難しさ1

この話は2008年1月14日にUPした中和小説『二十歳の告白』の続編になります。 和希がBL学園3年生、中嶋が大学2年生の成人の日に中嶋に告白された和希。
中嶋が在学中から中嶋の事が好きだった和希は、中嶋からの告白を受けて付き合い始めた。
2カ月もせずに卒業を迎えた和希は卒業と同時に中嶋が用意したマンションで一緒に暮らす事になった。
幸せいっぱな暮らし。
これ以上の幸せはないと和希は思っていた。
だが、その幸せが今崩れようとしていた。


「和希様、今日もこちらにお泊まりですか?」
「ああ。そのつもりだ。仕事がたまっているからね。」
石塚に向かって微笑みながら答える和希。
でも、その目は笑ってはいない。
仕事は殆ど片づいているのでたまってなどいない。
まったく…
石塚はため息を付きながら和希をチラッと見た。
数ヶ月前、2年間想い続けていた相手、中嶋英明から告白された和希。
その日から和希が放つ雰囲気が変わってきた。
いつも纏っていたはりつめた雰囲気がなくなり、変わり穏やかな雰囲気を醸し出すようになった。
それは卒業と同時に中嶋と一緒に暮らし始めてからは更にいい方向へと向かって行ったのに、ここにきて以前の和希に戻ってしまった。
原因は分かっていた。
特に今回は自分も関わってしまったのだから何とかしたいと石塚は思っていた。
だか、和希は中嶋に腹を立て、サーバー棟に泊まりこんでしまった。
和希に仲直りするように石塚は言ったのだが『もう別れる』と言うばかりだった。

「和希様。こちらに泊まるようになって今日で1週間です。」
「…そうだな…」
「中嶋君も和希様の事を心配なされていると思いますので、そろそろお戻りになられてはいかがですか?」
「…石塚には関係がないだろう?」
「そうでしょうか?この数日、和希様の笑顔を私は見ていません。」
「そんな事はないだろう?」
「いいえ。確かに笑顔は作っていますが、目は微笑んでいません。作り物の笑顔など見たいとは思っていません。私は和希様の心からの笑顔が見たいんです。」
「…」
目を反らした和希に、
「和希様、嫌な事から目を反らしても何も始まりません。私は今回の事は和希様に否があると思ってます。」
「なっ…俺が悪いって言うのか!」

言葉使いが理事長のものから和希の言葉に変わったがその事にすら気が付かない和希だった。
そんな和希に石塚は微笑みながら、
「和希様が中嶋君を大切に想っている事は存じ上げております。が…今回の様に逃げているだけではどうにもならない事を和希様はご存じだと思っています。」
「そんな事…石塚に言われなくたって俺が1番分かっているよ…」
「でしたら…」
泣きそうな顔の和希に石塚は言った。
「今後の事をゆっくりと考えて下さい。それでは今日の仕事はこれで終わりです。失礼します。」
そう言って理事長室を出て行った石塚を和希は見る事ができなかった。
その代わりに一言だけ呟いた。
「仲直りできるんだったら、とっくにやっているよ。でも…もう駄目なんだ。英明を想っているのは俺だけなんだから…英明はもう俺の事を何とも想っていないのだから…」
和希は椅子から立ち上がると窓の側に立ち外を見ながら、
「悪いのは俺だって分かっている。けれども、俺にどうしろって言うんだ。」

そんな和希にあの言葉が蘇ってきていた。
『他人の言う言葉を簡単に信じてはいけません』
そう教育係に言われて育ってきた和希。
それは鈴菱グループの後継者としての和希を守る為に教えられた言葉だった。
けれども幼い頃から言われ続けてきた和希にとってその言葉は呪縛の様に和希を捕らえてしまっていた。
その結果、人を信じる事ができないまま成長してしまった和希。
それでも、啓太や竜也、石塚、岡田など心を許せる人々に出会った和希だった。
そして…心から愛せる人・中嶋英明にも出会った。
信じて、愛される喜びを初めて知った和希。
けれども、幼い頃から言われ続けてきた言葉は心の奥底に眠っていて、どうしても心の底から信じる事を否定してしまうのだった。




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