信じる事の難しさ 2

事の起こりは1週間前だった。

中嶋と暮らすマンションにブザーの音が響き渡った。
いつもならすぐに自分が出ると言う和希が、今回は黙ったままだった。
不思議に思いながら中嶋が対応すると訪ねて来た相手は和希の秘書の石塚だった。
中嶋は玄関に石塚を迎えに行った。
中嶋と共にリビングに入って来た石塚はソファーに座っている和希に、
「和希様、どうしていらして下さらなかったのですか?」
「私は行きたくないと言った筈だ。」
「それは伺いました。けれども、先方とのお付き合いもあるので必ずいらして下さるよう昨日も念を押して言った筈ですが。」
「行きたくなかったから行かなかった。私が今回の事を快く思っていない事を君も知っているのだからうまくやってくれるのが当然だろう。何の為の秘書なんだ。」
「確かに私は和希様の秘書です。けれども秘書にもできる範囲があります。今回の事はどう考えても秘書の仕事の範囲ではありません。」
「…っ…」
和希は石塚から視線をずらした。
そんな和希を見て今まで黙って事を見守っていた中嶋が声を掛けた。
「石塚さん。和希は何をしたんですか?」
「実は…」
「石塚!言うな!!」
怒鳴る和希を無視して中嶋は言った。
「構わないから続けて下さい。」
「今日は和希様のお見合いの日だったんです。」
「お見合い?」
中嶋は和希の方を見た。
和希はばつが悪そうな顔をしていた。

「鈴菱グループにとって大切な取引先のお嬢様との縁談です。社長自らも勧めていたものでした。でも、和希様には中嶋君がいるので断っていました。もちろん、中嶋君との事は一言も喋っておりません。けれども、断るにしてもお見合いには出席しろと社長は仰って、和希様はそれに頷いたのでまさか当日連絡もなしにいらっしゃらないとは思いませんでした。」
「ドタキャンしたのか?」
呆れた顔をした中嶋に石塚は頷いた。
「はい。携帯も切られていたので連絡が取れない状態でした。」
「なるほどな。どうりで今日和希が出かけたがっていた訳だ。ここにいては石塚さんがいずれ来る事が分かっていたからな。だが、和希。それは安易な考えだぞ。どうして俺に何も言わなかったんだ。」
「どうして?それを英明さんが言うんですか?」
「ああ。」
「俺には英明さんがいるのに、どうしてお見合いができると思うんですか!」
「和希は鈴菱グループの後継者だ。」
「だから?だから英明さんは俺にお見合いをして結婚しろって言うんですか?」
「誰もそんな事は言ってはいない。」
「言ってるじゃないですか!英明さんはもう俺の事が飽きたんですか?」
中嶋を睨み付けながら和希は言った。
「どうしてそういう方向に話を持っていくんだ。」
「そうじゃないですか!英明さんは俺の事を愛してるって言ってくれるけど、本当はどうでもよかったんですね。だから俺がお見合いをして結婚すれば厄介払いができると思ったんでしょ。」
「和希!」
「俺が馬鹿でしたよ。英明さんと生涯を共にできると信じていたのに…英明さんに遊ばれていた事に気が付かなくて夢中になっていた…」

バシッと言う音が部屋に響き渡っていた。
中嶋に本気で叩かれた和希の頬は赤く腫れ、口の中には血の味がしていた。
「…なっ…」
「出て行け!」
「…英明さん…」
「俺の事をそんな風にしか見られないお前とは一緒にいたくない!」
「…お望み通り出て行きますよ!」
和希はそう叫ぶと部屋から飛び出して行った。
後に残った石塚は困った顔をしながら、
「申し訳ありません。私のせいですね。」
「石塚さんのせいじゃない。」
「しかし、私がお見合いの話をしなければこんな事態にはならなかったと思います。」
「それは違う。和希が鈴菱グループの後継者である限り、こういった事は何度でもあるだろう。けれども、それに逃げていては駄目なんだ。俺と共に生きるならそれなりのリスクが必要だろう。そのリスクを背負う覚悟がなければ一緒にはいられない。今の和希にはその覚悟がまだ足りないんだ。」
「中嶋君は和希様の事を真剣に考えて下さっているのですね。」
「当然だろう。生涯を共にすると誓った相手だからな。今は何の力もないが、未来は違う。和希を守ってやる力を必ず付けてやる。」
自信ありげに言う中嶋に石塚は微笑む。
それでこそ、自分が和希様のお相手として認めた唯一の方だと思いながら…
「中嶋君がその力を身に付ける日まで中嶋君の代わりに和希様をお守りするのが私の役目だと思っています。和希様はおそらくサーバー棟にいると思いますよ。」
「そうだろうな。あそこなら寝泊まりができるからな。和希が落ちつくまで暫く和希の事を頼む。落ちついた頃を見計らって迎えに行くのでその日まで和希をおねがいします。」
頭を下げる中嶋に石塚は言った。
「頭を上げてください。これは秘書の仕事だと思っておりますので、安心して和希様をお任せください。」




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