信じる事の難しさ 3

和希が飛び出した後に中嶋と石塚がそんな話をしていた事を知らずに、和希は中嶋に裏切られたと思って悲しみの淵に立っていた。
生まれて初めて心を許した人…
甘える事を教えてくれた人…
自分を愛してくれた人…
初めて肌を重ねた人…
人を信じた事がない自分が唯一信じた人…
中嶋を想い、涙で枕を濡らす日々を過ごしていた。


そんなある日、和希は昔の夢を見ていた。
幼い和希の側にはいつも教育係がいた。
「よろしいですか、和希様。他人の言う事を簡単に信じてはいけません。」
「どうして?だって先生の言う事は信じなくちゃいけないのでしょ。」
「そうです。和希様が信じていいのは僅かな方々だけです。」
「僅かな人だけ?」
「はい。和希様は鈴菱グループの後継者です。和希様に気に入られるという事は鈴菱グループに気に入られると言う事なんです。この意味が分かりますか?」
「ごめんなさい。よく分かりません。」
「和希様の言葉、行動全ては鈴菱グループに影響すると言う事です。」
「だって、僕は鈴菱和希であって鈴菱グループじゃないよ。」
「世間はそう見てはくれません。和希様は鈴菱グループの後継者なのですから。今は分からなくても結構です。けれども、これだけは守って下さい。他人の言う事を簡単に信じてはいけません。分かりましたね。」
「…はい…先生の言う通りにします。」
幼い頃から毎日のように言われた言葉。
それは和希の心の奥底にはびこり、他人を簡単に信じる事ができない大人へと成長させてしまっていた。


「…信じていたかった…英明の言葉だけは…」
涙を流しながら眠ったまま呟く和希。
その涙を優しい手がそっと拭っていた。
「俺を信じろ、和希。俺を疑うなど愚の骨頂だ。」
眠っている和希に中嶋はそう囁いた。

安心できる温もりにここ数日安眠できなかった和希は久しぶりによく眠ったと思って目を覚ました。
目を開けた和希は自分を抱き締めて眠っている人物に気が付いて慌てて起き上がろうとしたが、抱き締めている腕の力が強くてそのままの状態でいた。
和希を抱き締めている腕の主が目を覚ました。
「おはよう、和希。」
「おはようじゃありません。どうして貴方がここにいるんですか?」
「迎えに来たんだが、夜遅かったので一緒に眠ったんだ。」
「…一緒にって…貴方は俺を捨てたんですよ。何言っているんですか、ひで…中嶋さん。」
「俺はお前を捨ててはいない。」
「嘘をつかないで下さい。俺に見合いをしろって言ったのは誰だかもう忘れたんですか?」
「俺だ。」
「分かっているなら、今すぐにここから出て行って下さい。」
「嫌だと言ったらどうする?」

面白そうに微笑みながら言う中嶋に和希はイラだっていた。
「俺の事は遊びだったんでしょ。もう飽きたからお見合いをしろと言ったんでしょ。」
「俺はそう言った意味で言ったんじゃない。」
「どういう意味で言ったと言うんですか!」
眉間に皺を寄せていう和希。
「和希は鈴菱グループの後継者だ。その責任は負わなくてはならないだろう。」
「それがお見合いだって言うんですか。」
「それも仕事に1つだろう。」
「…仕事…?」
怪訝そうな顔をする和希。

「俺は何もお見合いをしてその相手と付き合え等とは一言も言ってはいない。お見合いをしろとは言ったがな。」
「それって、どういう意味ですか?」
「鈴菱グループの後継者としてお見合いは仕事の一部だと言ったんだ。しかし、その話を受けて付き合ったり一緒になるなどをしたら俺は許さない。お前は俺のものだからな。」
「…中嶋さん…」
「俺はまだしがない学生だ。だが、待っていろ。必ず和希の隣に立つのに相応しい人物になってみせる。その時にはもうお見合いなど下らない事はさせないがな。」
「その時、俺はどうなっているんですか?」
「下らん質問だな。俺のものだと言っただろう。周りに文句など言わせない。俺の籍に和希を入れる。」
「それって…俺と一緒になってくれるって事?そう思っていいの?」

和希の頬を中嶋は優しく撫でる。
「当たり前だ。俺の生涯の相手は和希、お前だけだともう何度も言っているだろう。どうして俺を信じないんだ。」
「だって…俺は貴方よりも年上でその上同性だから…相応しくないと思っていた…」
俯く和希に、
「お前は信じると言う事をもっと覚えた方がいいな。」
その言葉に和希は顔を上げ、中嶋を見た。
優しい瞳で和希を見つめる中嶋。
「中嶋さんを信じます。けれども、もしも俺を裏切ったら…その時は覚悟をして下さいね。」
「どんな覚悟だか知らないが、そんなものは必要ない。」

中嶋の強い眼差しに和希は顔を綻ばせる。
信じていいのだと…
この人の隣をずっと歩いていていいのだと…
そう言われた和希は嬉しそうに中嶋の胸に顔を埋めながら小さい声で言った。
「ずっと傍にいて。愛してる、英明。」
「ああ、知っている…俺はけしてお前を離さない。だが、覚悟をするのはお前の方だからな、和希。」




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