「和希!」
中嶋は会議室の扉をノックもせずに勢いよく開いた。
会議室の中は窓が大きく開かれ、和希は制服を着ていつものように椅子に座っていた。
和希は中嶋を見るとニコッと笑い、
「おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
「どこって…」
「だって、俺が会議室に来た時は誰もいなかったんですよ。」
「…」
「そうそう。誰もいない時は鍵をかけておいて下さいね。ここには大切な書類が置いてあるんですから。」
先程の出来事などなかったかのように話す和希に中嶋は違和感を覚えていた。
「和希、お前は何を言っているか分かっているのか?」
「えっ?何をって…」
「なぜ、今さっきここに来たように話すんだ。」
「変な事言いますね。俺、今ここに来たんですよ。」
首を傾げながら言う和希の腕を中嶋は掴んだ。
「痛っ!」
中嶋の掴む強さに和希は顔をしかめた。
「どうしたんですか?」
「それは俺の台詞だ。なぜ、今ここに来たように言うんだ。先程の事をないように言うのはなぜだ。」
「何を言っているのか分かりません。」
頑なな和希の態度に中嶋は和希の袖口を捲ると、
「この痣を見てもそういう態度を取るのか。」
「…っ…」
和希は一瞬言葉に詰まったが、
「この間、シタ時の痕が残っているだけじゃないんですか。」
「あくまでも白を切るのか。なら、ごみ箱に捨てたチョコレートはどうしたんだ。」
「チョコレート?」
「そうだ。お前が俺にくれたチョコレートだ。」
「英明は甘いものは嫌いでしょう?だからバレンタインだけれども、チョコレートは用意しませんでしたよ。」
「和希…」
中嶋は和希の腰を引き寄せた。
その瞬間和希の身体がビクッと震えた。
「どうしても言わないなら、その身体に聞いてもいいんだぞ。」
和希の身体が微かに震え始め、顔は怯え、俯いて黙り込んでしまった。
そんな和希を中嶋はそのまま黙って見つめていた。
どの位時間が経ったのだろうか?
和希はボソッと言った。
「…嫌だったんだ…」
俯いたまま和希は小声で続きを言った。
「英明の為に選んだんだ。確かに、王様の分と一緒に注文した。だけどそれは送料が高くつくからで、ついでなんかじゃない。英明でも食べられそうな甘くないチョコレートを探して選んだんだ。でも、王様と一緒に頼んだ事でついでだと誤解されたのなら、それは仕方がないと思った。だから、何もなかった事にしたかった。俺がチョコレートを英明に渡さなければ、ついでだと思われないと思ったんだ。」
床にポタッと涙が零れ、しみを作った。
「英明が好き。だから、さっきの出来事は忘れてしまいたかった。なかった事にしたかった。」
和希は顔を上げて中嶋を見ると、
「駄目?やっぱり俺の事が許せない?もう…俺の事を好きにはなってくれない?」
中嶋はギュッと和希を抱き締めた。
「やっぱり、お前は馬鹿だな。」
「…」
「俺がお前を嫌いになれるわけないだろう。それよりも俺こそ嫌われたと思っていた。」
「俺が英明を嫌う?そんな事ないのに。」
「…あんな事をしたのにか…」
中嶋の声が微かに震えているのに和希は気が付いた。
和希は中嶋の胸に頬をつけると、
「何の事を言っているのか分からないな。俺は今さっきここに来たって言っただろう?」
「和希。嫌な事から目を背けるな。」
「だって…」
「俺も背けない。自分の愚かさを素直に認める。」
「愚かさって…」
和希は驚いて顔を上げると、そこには苦痛に顔を歪ませた中嶋がいた。
「信じる事を忘れた愚かさを俺は一生忘れない。」
「英明…」
「だから、和希も忘れるな。それがどんなに辛い出来事だとしても。」
和希は手を伸ばして中嶋の頬に触れると、
「忘れなくていいの?俺は大丈夫だけど、英明は本当に平気?」
「ああ。今言ったろう。」
「なら…俺も忘れない。」
和希は嬉しそうに微笑んだ。
その綺麗な笑みは中嶋の心を癒してくれる。
中嶋は自分の頬に触れている和希の手を掴むと、その平にキスを落とす。
「愛してる。今夜は最高のバレンタインの夜にしてやる。」
「英明…」
「俺にチョコレートをくれるか。」
「うん。あっ、でも、ごみ箱から拾ったものは渡せないから、今度別のチョコレートを買って渡すから待っててくれる?」
「いや、そのチョコレートがいい。和希が心を込めて選んでくれたものだからな。俺にくれるだろう。」
手を出した中嶋に和希は最初は躊躇していたが、鞄の中からチョコレートを出すと手渡した。
「ありがとう、和希。」
優しい笑顔と共に送られた感謝の言葉。
誤解が解け、より深い愛情に包まれた2人のバレンタインは始まったばかり。