「いい匂いですね。」
寮の厨房に入った和希は嬉しそうに篠宮に声を掛けた。
「和希、今帰ったのか?おかえり。」
「ただいま、紘司さん。」
「外は雨だったが、濡れなかったか?」
篠宮は料理の手を止め、タオルを持って和希の側に来ると、少し濡れている和希の制服をタオルで拭いた。
「よし、これで大丈夫だな。」
「ありがとうございます、紘司さん。」
「いや、今日は冷え込んだからな。風邪を引いたら大変だからな。」
和希はクスッと笑うと、
「本当に心配性ですね。」
「笑い事ではないぞ、和希。ただでさえ、忙しい毎日を送っているんだ。健康に気をつけるのは当たり前だろう。」
「はい。」
「分かればいい。」
篠宮はニコッと笑うと、
「今、出来上がった所なんだ。」
「本当ですか?お言葉に甘えてリクエストしたけど本当に作ってくれたんですね。」
「当たり前だろう。和希の願いだったら何でも叶えてやりたいと思っている。だが、肉じゃがが食べたいと言われるとは思わなかったな。ハンバーグと言われると思ったぞ。」
「ハンバーグは大好きなんですけど、今日は肉じゃがの気分だったんです。」
「そうか。今盛り付けるから座って待ってろ。」
「あっ、俺も手伝います。」
「それなら、味噌汁をよそってくれるか?」
「はい。」
テーブルの上に篠宮が作った肉じゃがにサラダ、わかめと豆腐と長ネギの味噌汁、お握りが並んだ。
「いただきます。」
そう言って、一口食べた和希は嬉しそうに微笑む。
「この肉じゃが、美味しいです。」
「良かった。普通肉じゃがは牛肉で作るんだが、俺の家では豚肉を使って作るんだ。」
「俺、豚肉の肉じゃがは初めて食べましたが美味しいですよ。」
「和希が喜んでくれて何よりだ。」
篠宮は美味しそうに食べている和希を満足そうに見ていた。
暫くして和希が箸を止めて言った。
「紘司さん。」
「ん?何だ、和希。」
「その…ジッと見るの…やめてくれませんか?」
「えっ?」
「だから…紘司さんがジッと俺を見つめているので恥ずかしいんです。」
頬をほんのりと赤く染めながら言う和希。
篠宮は慌てて、
「俺は和希をそんなに見ていたのか?」
「はい。あんまりジッと見られてたので穴が開くんじゃないかと思いましたよ。」
苦笑いで言う和希に、
「すまない。無意識だった。」
「は?」
「そんな驚いた顔をしないでくれ。俺の料理を美味しそうに食べる和希が可愛くて、つい見惚れてしまったようだ。」
「なっ…可愛いって…見惚れるって…」
口をパクパクさせながら言う和希が可愛らしくて篠宮は更に笑みを増す。
「悪かったな。だが、俺の料理をこんなに美味しそうに食べてくれるのは和希だけだ。」
「そんな事、ありません。紘司さんの料理は絶品ですから、誰が食べたって美味しいって言いますよ。俺が保障します。」
「まったく…そんなに誉めるな。」
「だって、本当に美味しいから…」
篠宮は和希の頭に触れると、柔らかなその髪を優しく擦ると、
「ありがとう。俺の料理をそんな風に言ってくれて。嬉しいよ。」
「紘司さん。」
「本当に嬉しいんだ。他の誰が言うよりもお前にそう言ってもらえるのが1番嬉しい。お前じゃないと駄目なんだ……お前に言ってもらえるのが最高に嬉しい…これからも、和希にそう言ってもらえるよう、精進するからな。」
「はい。楽しみに待っています。」
和希は嬉しそうに微笑むのでした。