Another Addition 10

正直言って疲れてしまっていたんだ
遠藤和希でいる事に
二重生活は思ったより大変だった
しかも啓太には恋人ができた
俺が想いを寄せていた中嶋さんは啓太の恋人になっていた
好きだと言ってくれた王様は俺の身体だけが目当てだった
もう何もかも嫌になっていた
このままこの暗闇にいれたら楽になれるかもしれない


「和希はまだ目を覚まさないんですか?」
泣きそうな顔で啓太は松岡を見詰める。
ここは保健室。
先日和希が教室で倒れてから今日で丸2日経っていた。
その間、和希はただ眠り続けていた。
和希が倒れた理由は睡眠不足と疲労だった。
本来ならすぐに目覚めると思っていた。
床に倒れる瞬間に丹羽が和希を支えたので、特に頭など打ってはいないのに。
なのに、あの日から和希は目覚めないままだった。


「何か他に原因でもあるのか?」
中嶋の問いに、丹羽は一瞬ビクッとする。
その様子に気付いたのは中嶋のみだった。
小さく震えた丹羽の動き…その表情は酷く辛そうだったが、その場では中嶋はあえて聞こうとはしなかった。
松岡が答えた。
「そうだね。もう身体はどこも悪くないんだ。後は精神的なものかな?」
「精神的なもの?」
啓太が不安そうな顔で聞く。
「ああ、現実世界には戻りたくないとあまりに強く望む場合、目覚めない事もあるんだ。」
「それって…和希がここにいる事が嫌だって事?」
「残念だけど、そうなるかな?」
「そんな事ない!!」
啓太は叫んだ。
啓太の目からは涙がぽろぽろと流れていた。
「確かに和希、学生と理事長の仕事で大変そうだったけど、いつも笑って俺に言ってたんだ。“大変だけど、楽しいよ”って。そんな和希がここに帰りたくないなんて思う理由があるわけないじゃないですか!」


啓太の一言は丹羽の心にグサッと刺さった。
遠藤がここにいたくない理由…あの時俺が遠藤を無理矢理抱いたから、だから遠藤は辛くて逃げ出したんだ。
今でも忘れる事ができないあの言葉。
『助けて…中嶋さん…』
きっと怖かったんだろうな…嫌だったんだろうな…
逆らう事すら怯えてできなかった遠藤を、自分の欲望のままに好き勝手にしてしまった俺。
遠藤ならすぐに俺を退学にさせる事など簡単にできたんだ。
理事長なんだから。
でも、遠藤はしなかった。
こいつはそういう奴なんだ。
きっと俺の将来を考えてそうしてくれたんだろうな。
いつでも、自分の幸せよりも周りの人の幸せを考えるから。
そんな優しい遠藤の心を粉々にしたのはこの俺なんだ。
丹羽はギュッと手を強く握った。


「落ち着け、啓太。」
中嶋が啓太の肩に手をのせながら、
「お前がそんなんでどうする?」
「だって、中嶋さん。和希が…」
「泣いてわめいても、遠藤は目覚めない事ぐらい、お前にだって解るだろう?」
「…はい…」
「なら、冷静になれ。そうしたらいい答えが見つかる。自分1人で見つからなかったら周りを見ろ。お前を手助けしてくれる奴らの顔が見えるだろう。」
「中嶋さん…」
啓太は顔を上げて、周りを見た。
中嶋さんがいて、王様、松岡先生がいる。
ここにはいなくても、寮に帰れば篠宮さんだって、西園寺さん、七条さん、俊介に成瀬さん達がいる。
1人じゃない…啓太はそう思った。
「解ったか?」
優しい瞳で啓太を見詰める中嶋に、啓太は強く頷いた。
「はい!」


暗闇の中、和希は1人蹲っていた。
あれから、もうどれくらい時が経ったのだろうか?
何もせずに、何も考えずにこんなに長い時間を過ごしたのは、初めての体験だった。
寒さも暑さも感じないこの空間は今の和希には心地よいものだった。
でも…いつまでも逃げていい訳がない。
それくらいの事は今の和希でも理解できた。
和希は顔を上げてこれからの事をゆっくりと考えようと思った。
これから…自分はどうしたらいい…?
1番いい事は鈴菱和希に戻る事だろう。
うん…それがいい…
啓太には中嶋さんがいる。
中嶋さんがいれば、啓太は安心だ。
短い間だったけれども、啓太との約束も守れた。
初めて知った極普通の学生生活も味わえた。
もともと漏洩問題があったから、学生をしていたのだから。
もう十分だろう…
遠藤和希はもういらない…それが1番いいんだ…
そう思った瞬間、和希の心に響いてくる声…
『遠藤』
王様の声…嫌だ!今は聞きたくない!
『遠藤!好きだ!』
嘘だ!王様は俺の身体だけが目当てだったじゃないか!
『遠藤?どうした?顔色悪いぞ?大丈夫か?』
止めろ!心配なんてするな!もう俺なんてどうでもいいんだろう!
1週間避けられてやっと気付いた本当の自分の気持ち。
でも…もう何もかも遅いから…
「頼むから、もう俺の心を乱さないでくれ!ほっといてくれ!」
そう叫ぶ和希の声は、暗闇に吸い込まれていった。


気付いてしまった本心
でももうその想いは遅かったから
今でも中嶋さんが好きだけれども
好きでたまらないけれども
別の意味で俺の心の中に入り込んできた王様
好きと聞かれたら何と答えるだろうか
まだよく解らない
けれども間違いなく今の自分は
誰でもなく王様を求めていた






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