Another Addition 9

どうしてあの時受け入れてしまったんだろう
拒もうと思えばいくらでも抵抗できた筈だ
相手がいくら王様だって
本気で抵抗すれば逃げられた筈だった
なのになぜ俺はそうしなかった?
心の中で沸く疑問に答えはなかなか出てこなかった…


「和希?大丈夫?」
啓太の声にハッと顔を上げると、そこには心配そうに和希を見詰める啓太の顔があった。
「ああ…平気だ…」
「本当に?和希この間から元気がないから心配だよ。仕事忙しいのか?」
「うん…少しな…」
言葉を濁す和希。
「そう言えばさあ。」
「うん?何?」
「王様ってば、この頃ちっとも教室に来なくなっちゃったね。もう1週間くらいかなぁ?」
「そう…だな。」
やっぱり身体だけが目当てだったんだ…和希ほそう思うと胸がギュッと締め付けられる気がした。
あの日以来丹羽は和希を避けていたのだ。
あんなにも『好きだ』と言って追いかけてきていたのに…
丹羽のあまりの変わり様に和希は戸惑いを感じていた。
「和希、王様と何かあったの?」
「えっ?別に何もないよ。」
「ふ〜ん。1週間前って言ったら、和希に頼んだ書類を王様が代わりに持ってきた日だな。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。」
「あの時は悪かったな。急ぎの仕事が入って、行けなくて。」
「ううん、大丈夫だよ。王様がちゃんと持って来てくれたから。」
「そうか…良かった…」
和希はホッと一息付く。
あんな事があったからといって、頼まれた仕事を放り出したのだ。
実は気にはなっていたのだが、聞きたくても聞ける勇気がなかったのだ。


「さてと、俺はそろそろ学生会の手伝いに行くけど、和希はどうする?来るか?」
「俺?今日は仕事かな?」
「最近忙しいよね。」
「ああ、悪いな。一緒に学生会の仕事が手伝えなくて。」
「いいよ、そんな事。和希は理事長で忙しいんだから。」
「ありがとう啓太。さてと、俺もそろそろ行くか?啓太、そこまで一緒に行こう。」
そう言って立ち上がった和希だが、突然に目の前が真っ暗になる。
フラッとする和希。
「和希!」
「遠藤!!」
啓太の声が聞こえた気がした。
それから、誰かが俺の名を呼んだ…『遠藤』と…
誰?誰が俺を呼んだの?
王様?
まさかな…王様はもう俺なんか見てもくれないじゃないか。
もう俺なんか用済みなんだから…  
床に倒れる寸前の和希をその声の人物が支え、和希は倒れずにすんだ。


「ここ…どこ…?」
和希が気が付くと、どこか知らない暗い所にいた。
怖い…本能でそう感じる。
誰かいないかと、暗闇の中を気をつけながら歩いて行くと1ヶ所僅かに明るい場所があり、そこに人がいるのが見えた。
和希は嬉しくなり、そこまで急いで行くが声を掛け様として立ちすくんだ。
「えっ…何…これ…?」
『こんにちは、和希。どうしたの?そんなに怯えた顔をしてさあ。』
「き…君は…?」
『俺?俺は和希。もう1人のお前だよ。』
「もう1人の俺?」
『ああ。言いたい事も言えない和希が作ったもう1人の和希さ。』
「俺が作った?」
『そうさ。』
面白そうにもう1人の和希は笑いながら言った。
『和希はさあ、いつも良い子を演じすぎるんだよ。だから疲れちゃうんだよ。』
「俺は、演技なんてしていない!」
和希は怒鳴った。
『してるよ?意識してない分、可哀そうだけどね。』
「…」
『今回の事だってそうだ。本当は啓太なんていなくなってしまえばいいと思ってるくせに。』
「なっ…俺はそんな事思ってなんかいない!」
『本当に?だって啓太は和希の恋の邪魔をしたんだよ?そんな奴理事長権限で退学にさせちゃえよ。』
「啓太は俺の大切な人だ!それに俺の親友だ!退学になんかさせない!」
『おや?また良い子ぶって。本当は憎いんだろう、あの子が。和希この間怒鳴ってたじゃないか?』
「あ…あれは…」
『ククッ…啓太がいなくなれば、中嶋は和希を見てくれるよ?和希が中嶋の恋人になれるんだよ?』
和希の身体がビクッと震える。
『ねっ?退学にしちゃいなよ。』
「駄目だ!だとえ啓太が学園を辞めても、中嶋さんは俺なんか見ない!中嶋さんが本当に好きなのは啓太なんだ!」
『ふ〜ん。和希はそんな風に思ってるんだ。馬鹿だな。』
哀れみのこもった目で和希を見るもう1人の和希。
『じゃあさ、中嶋を退学にさせれば?』
「なんで、中嶋さんを?」
『だって、中嶋がいなくなれば、啓太が悲しむじゃないか。いい復讐になるだろう。』
「いい加減にしろ!」
ニヤニヤ笑いながら言うもう1人の和希に向かって、和希は怒鳴った。
「さっきからお前は何なんだよ!啓太と中嶋さんはお互いに好きあってるんだ。その仲を裂く事なんて俺にはできない!いや、させない!」
『ふ〜ん、ならさぁ、丹羽はどうするんだ?』
「お…王…様…?」
『そう。和希の事を無理矢理やったんだろう?そんな奴こそ、ベルリバティスクールには相応しくないだろう?退学にさせちまえよ。』
「できない…そんな事…」
『できない?どうして?憎い相手なんだろう?』
「あの事は許せないけど…王様はこのベルリバティスクールには必要な人なんだ!」
『自分が何をされたか、もう忘れたの?和希は丹羽にレイブされたんだよ?』
「違う!!確かに無理矢理だったかもしれない。だけど、俺は逃げようと思えば逃げられたんだ。だから、王様は悪くない!悪いのは俺だ!」
『どこまで人がいいんだろうね、和希は…もう俺は知らないよ?後は和希の好きにすればいいだろう?』
「えっ…?」
『折角和希が楽になれる方法を教えてあげたのに。自分で辞めようとするんだからね。どこまで良い子でいれば気がすむんだい?もう勝手にしなよ。俺は知らないからな。』
そう言うと、もう1人の和希はフッと消えた。


暗闇に戻った中で和希は考えた。
もう1人の和希と言ったあの人物を。
あれは、紛れもなく俺だった。
俺の醜い部分が積もりに積もって、もう1人の俺を作ったんだ。
ため息を付きと、
「俺…あんな事を考えていたんだな…」
涙が1つ頬を伝わる。
「俺って最低だ…偽善者だ…」
そう呟きながら、手をギュッと握る。
「俺なんて、ずっとこの暗闇の世界に1人でいるのがお似合いなんだ。もう…疲れた…ずっと…ここにいる…」
和希は目を閉じると、その場に座り込んで涙を流した。


ここは何て安らかな世界なんだろう
ここでは俺は1人の人間になれる
遠藤和希じゃない
鈴菱和希でもない
ただの和希だ
1人でいれば誰にも傷付けられない
誰を傷つける事もない
このままずっとここにいようか?






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