Beginning 4


気が付けば啓太と七条さんが一緒にいる所を見ても、前程心が苦しくなる事はなかった。
それでもやっぱり笑って見ていられる程の心の余裕はなかったけれども。
でも、最近は啓太が七条さんの話をしていても無理して笑顔を作るまでには至ってなかった。
これも全て中嶋さんのお蔭かな…と和希は思っていた。
規則正しい生活は疲れていた心に安らぎを与えてくれていた。


「ねえ、和希。最近よく学生会室に行ってるよね?」
「えっ?そうか?」
「そうだよ。お昼休みなんてほぼ毎日行ってるじゃないか。」
啓太に言われて、和希はそうかな?と考えた。
確かに、あの日以来お昼休みはお弁当を買って学生会室に通っていた。
中嶋は学生会の仕事を手伝えと言っていたが、お昼休みに仕事をする事は滅多になかった。
大抵は他愛も無い会話を中嶋としたり、時には丹羽も加わって楽しいひと時を過ごしていた。
啓太を通してでしか、関わった事がなかった学生会の2人…中嶋と丹羽。
それが今では毎日のように会話をする関係になっていた。


「別にお昼に俺がいなくても、啓太は七条さんと食べるから平気だろう?」
そう言う和希に啓太は少し膨れて言う。
「そりゃ、七条さんと食べる事が多いけどさ。最近ちっとも和希と一緒にご飯を食べてないじゃないか。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。朝は俺が寝坊してるから仕方ないと諦めてるけど。最近は和希の仕事が忙しいから夜も一緒に食べられないんだから。」
不貞腐れて言う啓太を和希は嬉しそうに見詰める。
七条と付き合うようになってから、できるだけ七条といるようにしている啓太だったが、最近は少し変わってきていた。
「だって、啓太には七条さんがいるだろう?俺なんかいなくても平気だろう?」
啓太は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに悲しそうな顔をした。
「和希、それ本気?」
「えっ?」
「確かにこの数週間、俺七条さんと付き合える事が嬉しくて浮かれてたかもしれない。でも、和希の事を蔑ろにしたつもりはなかったよ。いや、もしかしたら無意識に和希よりも七条さんを優先していたかもしれない。」
「啓太…」
「でも、俺…和希の事親友として大切に思ってるんだ。これだけは信じてくれる?」
啓太の大きな目からは今にも涙が溢れそうだった。
和希だって解っていたはずだった。
啓太が七条と恋人になって嬉しくてたまらなかったのを。
これがもし、七条じゃなかったら和希はそんなに気にしなかったと思う。
けれども、相手が和希が想いを寄せていた七条だったから、少しややっこしい事になったと思っている。
和希は啓太の頭をポンッと叩くと、
「馬鹿だな、啓太は。俺だって啓太の事親友って思ってるよ。第一俺達の友情は簡単には壊れないだろう?」
「和希…」
「なっ!」
和希が笑って言うと、啓太も笑顔になる。
「うん!ごめんね、和希。変な事言って。」
「構わないさ。俺も最近忙しくて啓太と話せなかったから、少し不安になってたかもしれないし。お互い様だな。」


その時、
「おや、随分と楽しそうですね?」
「七条さん、どうしたんですか?」
七条の姿を見て啓太は明るい笑顔になる。
そんな啓太を見て、和希の心は少しだけ痛む。
もう大丈夫だと思っていたのに…2人の姿を見るのは大丈夫でも、2人と一緒にいるのはまだ耐えられない和希だった。
そんな和希の心情など解る訳はなく、2人の会話は続いていた。
「遠藤君?どうしたんですか?」
七条の声でハッとする和希。
顔を上げると心配そうに和希を見詰める七条と目があった。
「えっ…」
「黙りこくってしまったので、心配しましたよ。気分でも悪いんですか?」
「いえ、大丈夫です。」
「それならいいのですが。そういえば…遠藤君は最近学生会室にばかり行っていると伊藤君から聞きましたが、そうなんですか?」
「いえ、そんな事ありませんよ。」
「そうですか?あそこには困った方がいますからね。あんな所に出入りばかりしていると心配になってしまいますね。」
困った方…多分それは中嶋の事を指しているんだろうなと和希は思った。
七条と中嶋の中はもの凄く悪いからである。
「偶には会計室に来ては頂けませんか?遠藤君が最近来てくれないと郁も寂しがってるんですよ。」
「そうだよ、和希。最近ちっとも会計室に来ないじゃないか。」
七条と啓太に言われ、和希は困ってしまった。
まだ、会計室に行って冷静に啓太と七条を見れる心の余裕が今の和希にはなかったのである。
でも、ここで断るにしても上手い理由が見つからない。


どうしようと思案していると、いきなり腕を引っ張られた。
「遠藤は学生会の仕事を手伝ってもらってるので、会計室に遊びに行っているヒマはない。」
「中嶋さん?」
腕を引っ張られ、中嶋に寄りかかっている姿勢になっている和希が驚いて言った。
「おや?3年生である貴方が何故1年生の教室にいるんですか?中嶋さん。」
「それは、貴様とて同じだろう?何故1年の教室にいるんだ?」
「僕は伊藤君と遠藤君に話があったんです。」
「ほう。」
「で、貴方は何の御用でここにいるんですか?用がないのならさっさと3年生の教室か学生会室に戻ったらいかがですか?」
「貴様に言われる筋合いはない。遠藤さっさと行くぞ。」
中嶋はそう言うと和希の腕を掴み教室から出て行こうとする。
「えっ?えっ?中嶋さんどこへ?」
「学生会室だ。仕事が溜まってるんだ。手伝ってくれるか?」
和希はため息を付くと、
「1時間だけですよ?それ以上は仕事があるんで無理ですからね。」
「ああ、解った。悪いな。」
「構いませんよ。俺で役に立つなら喜んでお手伝いしますから。」
和希はふわりと笑って中嶋に答えると、啓太に向って、
「啓太、俺これから学生会の手伝いなんだ。また後でな。」
そう言って笑顔で手を振ると嬉しそうに中嶋と一緒に学生会へ向って歩いて行った。






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