Beginnig 6


中嶋が制服に着替えている途中で携帯にメールが入った。
メールは和希からのものだった。
『仕事が立て込んできたので、暫く寮へは帰れません。朝食を一緒に食べられなくてごめんなさい。』
メールを見た中嶋はすぐに返事を送り携帯を閉じる。
「さてと…1人で食べるのもいいが、偶には丹羽でも誘って食べるか。学生会の仕事も溜まっている事だし、朝から仕事をするのも悪くないしな。」
中嶋は楽しそうに笑うと部屋と出て、隣の丹羽の部屋に向った。


昨夜理事長室に戻ったまま、そこで一晩過ごした和希は一睡もせずに朝を迎えた。
理事長室の大きな窓からさす朝日を眩しそうにぼんやりと見ていた和希はハッとして時計を見た。
時刻は6時45分だった。
「いけない。そろそろ中嶋さんが来る時間だ。早く支度をしなくっちゃ。」
そう呟いて立ち上がろうとした和希だったが、すぐに立ち上がるのを止めた。
「馬鹿だな…もうそんな必要なんてないのに…」
和希の目がらまた涙が零れた。
朝方まで泣き続けた和希の目は真っ赤に腫れていた。


昨夜聞いた中嶋の言葉がよみがえる。
『別に遠藤とはそういう仲ではない。丹羽、お前が遠藤と付き合いたければ告白でも何でもすればいいだろう。』
胸が締め付けられるように痛い。
『俺の勝手な想いだ。お前は気にする必要は無い。』
俺を好きだと言った後中嶋さんが俺に言ってくれた言葉。
俺はその言葉に甘えていた。
最初はもちろん中嶋さんの事なんて何とも思ってなかった。
啓太と七条さんを見ないですむので、一緒に朝食を食べ、学生会室でお昼を食べていた。
たわいない話をするだけだったが、あの時の俺にはその会話の全てが心休まるものだった。
そして仕事が忙しくない限りは放課後は学生会の仕事を手伝っていた。
そんな毎日を数週間過ごしていた。


自分でも気付かなかった。
中嶋さんの事をこんなにも好きになっていただなんて。
確かに啓太と七条さんを見ていても前程心が苦しくなる事はなかった。
啓太から七条さんの話を聞かされても何とも思わなくなっていた。
けれども…
俺はどうしてそうなったのか考えもしなかった。
いや、しようとは思わなかった。
考えればきっと中嶋さんを好きな自分に気付いてしまうからだった。
数週間前まで七条さんが好きだったのに、今は中嶋さんが好きだなんて自分が移り変わりの早い奴だと思いたくなかった。
簡単に人を好きになりやすいなんて思いたくなかったんだ。
だから、中嶋さんの優しさに黙って甘えていたんだ。
でも、その結果は…
俺は中嶋さんに呆れられてしまったんだ。
仕方が無いと和希は思った。
いくら好意を示していても、いつまでたっても自分ではなく他の人を想っている相手をいつまでの想い続ける事なんて簡単にはできない。
きっと中嶋さんは優しい人だから、こんな俺を見捨てられなくて側にいてくれたんだろう。
その時、王様が俺を好きだと言ったので、丁度いいと思ったんだろう。
もう俺の子守をしなくて済むと…


悪いのは中嶋さんじゃない。
俺だ。
でも…もう嫌なんだ…
好きな人を眺めるだけの日々は…
報われない想いを抱えながら中嶋さんを見ている事は俺にはできない…
遠藤和希はもういらない。
こらからは鈴菱和希だけでいい。


そう思いながら、中嶋にメールを打つ。
『仕事が立て込んできたので、暫く寮へは帰れません。朝食を一緒に食べられなくてごめんなさい。』
打った後、すぐに返信が来た。
メールを見た和希は苦笑いをした。
「どこまで優しくすれば気が済むんですか?中嶋さん。そんなに優しくされたら俺期待しちゃうじゃないですか?中嶋さん、貴方が大好きです。でも…もう迷惑は掛けませんから安心して下さいね。」
携帯を閉じながら、
「退学届け…早めに出さないとな…」
そう言いながら、制服からスーツに着替え始めた和希だった。
中嶋から来たメールは…
『解った。無理はするなよ。どんなに忙しくてもきちんと食事は取れ。それから忙しいとは思うが、できるだけ睡眠を取るように心掛けおけ。』






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