どんな微笑よりも…12
人の身体はどんな時でも、その環境になれるようにできているのだろうか?
和希が中嶋家に引き取られてから1ヶ月経つ頃になるとあれだけ物が食べられなかった和希も食欲が戻ってきていた。
と、言っても食は相変わらず細かったが顔色はずっとよくなり通いの家政婦からは『和希さまが食べられるようになったのは嬉しいのですが、もっと食べないと身体によくありませんよ。』と言われる毎日を送っていた。
「これは…?」
仕事から帰ってきた中嶋が用意した物を見て和希は呆然としていた。
「見れば解るだろう。これからお前が通う高校の制服と教科書だ。」
「俺が?でも…」
「でも、何だ?」
中嶋は困惑した顔をしている和希を見ながら、
「何が気に入らない。」
「いえ…気に入るとか気に入らないとかではなく…どうして俺にこんな事までするんですか?」
「お前はまだ17なんだろう。高校に行くのは当たり前だ。」
「だけど…」
和希は本当に困ってしまった。
和希はここに勉強する為に来たのではない。
借金の利子分中嶋に奉仕する為に来ているのだ。
ただでさえお金がないのに、高校へなど行けるわけがない。
しかも、中嶋が用意した高校は成績が優秀な生徒ばかりが集まる有名な私立高校だった。
奨学金制度もしっかりしており、家庭の貧しい子でも通う事ができるのだが免除されるのは授業料のみなので、成績がいくら優秀でも雑費が結構掛かるのでそうやすやすと行ける学校ではなかった。
「何が気に入らない。」
中嶋は少しイラ付いた声で言った。
その様子に気付いた和希は慌てて、
「違います。高校に行けるのはとても嬉しいのですが、俺お金がないのに高校なんていけません。」
「ああ。その事は気にするな。」
「えっ?」
「俺が勝手に入れたんだから、授業料くらい出してやる。」
「そんな…安いものではないんですよ?ご迷惑を掛けるわけにはいきません。」
「気にするな。俺の側にいるのに高校くらい出てないと俺が恥をかく事になるからな。」
和希は一瞬ドキッとした。
中嶋に『俺の側にいるのに』と言われたからだ。
確かに中嶋家で暮らしてはいるが、中嶋と一緒に出かけた事など1度もない。
家に閉じ込めておくだけなら、関係ないのにと和希は思っていた。
でも…これからは違うのだろうか?
戸惑う和希の様子に気付いた中嶋は、
「ここにいる以上俺の客だってくるんだ。中卒の奴などがいたら俺が恥をかくだけだからな。それだけだ。解ったか。」
「あっ…はい…」
和希は俯いて答えた。
「お前の成績は既に取り寄せてある。この高校に通うにはなんの問題もないだろう。一応1年生のクラスに編入するようにしておいた。通うのは1ヵ月後からだ。」
「1ヵ月後ですか?」
「それまでは今までの遅れを取り戻すように家庭教師をつける事にした。明日から毎日10時から15時まで来て教えてくれるから、しっかり勉強しろ。」
「はい。」
「それから、お前は俺の遠縁の親戚の子になっている。身体が弱く今まで静養をしていたので学年も1つ下と言う事になっているので、聞かれたらそう答えろ。」
「解りました。」
中嶋は和希の顎を掴むと、和希の顔をジッと見て満足そうに言った。
「やつれ具合が丁度いいな。これなら何とかいけるだろう。和希、いいな。今日から今までの生活は全て忘れるんだ。」
「ど…どうしてですか?」
「さっきも言ったろう?お前は俺の遠縁の子としてこれから生きていくんだ。お前の過去は全て変わるんだからよく覚えておけ。」
「…」
高校へ通えと言われた時、本当は凄く嬉しかった。
けれども、自分の過去を偽ってまでしなくてはならない事なのだろうか?
ここに来て1ヶ月以上経った。
和希は中嶋と暮らすうちにある事に無意識に感じ取っていた。
口では何とでも酷い事を言うが、態度は凄く優しい事を和希は肌で感じ取っていた。
そしてその優しさに引かれていた事に和希はまだ気付いてはいなかった。
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