どんな微笑よりも…13

和希が玄関のドアを開け中に入ると、リビングから笑い声が聞こえてきた。
足元を見ると、靴が3足ある。
「珍しい。もう中嶋さん帰って来てるんだ。しかも今日はお客様と一緒なんだ。」
和希はそう呟きながら、リビングの方に歩いて行く。
「挨拶した方がいいのかな?それとも…」
家に自分がいる事を知られては困るのではないかと思ったが、挨拶をしなかったと怒られるよりはいいかと思い、和希はリビングの扉をノックした。
「中嶋さん、和希です。今帰りました。」
すると、リビングのドアが開き中から中嶋が出てきた。
和希はもう一度言う。
「ただいま帰りました。あの…お客様にご挨拶した方がいいですか?」
「ああ。」
中嶋はニヤッと笑って和希を中に入れる。
和希は挨拶をしようとしたが、その前に声を掛けられる。
「和希!」
「えっ?紘司にいさん?」
和希はそう言うと破顔で中嶋の側を通り抜け、篠宮に抱きついた。
「会いたかった、紘司にいさん。」
「ああ、俺もだ。暫く見ないうちに少しは大きくなったか、和希。久しぶりだ。俺に顔をよく見せてくれないか?」
「はい、紘司にいさん。」
和希は篠宮から身体を離すと嬉しそうに笑った。


中嶋はその様子を寂しそうに見ていた。
和希が見せた笑顔は1度たりとも中嶋は見た事がなかった。
和希は中嶋に対して、いつもどこか怯えた顔で見ていた。
和希にとって中嶋の存在は、ある意味恐怖でしかなかったからだ。
中嶋は篠宮家の借金を肩代わりしてくれた大切の人である。
中嶋には感謝はしているが、中嶋が和希に求めた見返りはその身体を差し出す事だった。
和希はもちろんその条件を受け取った。
けれども未だに中嶋との情事に和希は嫌悪感を持っていた。
もちろん、もう何度も抱かれているので和希の身体はその行為に対して快感を覚えるようになっていた。
ただ…心がついていかないのだ。
好きな相手に求められている行為でない以上、和希にとってはそれは恐怖意外なにも感じない行為だった。


「和希、その制服だが…もしかしてお前あの高校へ通っているのか?」
「はい。中嶋さんが授業料を出してくれくれてるんです。」
「中嶋が?」
「はい。」
篠宮は中嶋を見て頭を下げた。
「すまない、中嶋。借金の肩代わりだけでなく、和希の学費まで出してもらって申し訳ない。学費代は今は無理だが必ず払うから暫く待ってくれないか?」
「その必要はない。」
「えっ?」
「俺が勝手に決めて和希を高校へ行かせてるんだ。篠宮からお金を受け取る気はない。」
「しかし…」
「くどいぞ、篠宮。俺はいいと言ってるんだ。」
困惑している篠宮に今までジッと成り行きを見ていた丹羽が声をかけた。
「諦めろよ、篠宮。ヒデがいいと言ったらどうやったって受け取りはしないぜ。それよりもありがとうと言う方がヒデも喜ぶぜ。」
「丹羽…しかし…」
「しかしじゃねえよ。お前、何年ヒデと付き合ってるんだよ。こいつの性格くらいいい加減に把握しろよな。」
篠宮は困った顔をしていたが、暫くすると中嶋に向かって、
「中嶋すまない。お前の好意に甘えてもいいのだろうか?」
「構わないさ。俺が好きでやった事だ。和希はそこら辺の奴よりもずっと優秀だ。その才能を埋もれさせるのがもったいなかったから高校へ入れただけだ。篠宮が気にする事じゃない。」
「それでも…俺ではあの高校へは行かせてやる事すらできなかった。兄の俺が言うのは何だが、和希は優秀だ。せめて高校くらいは出してやりたかったんだ。中嶋本当にありがとう。」
篠宮は頭を下げた。
「顔を上げろ、篠宮。俺はお前に礼を言われたくてやったわけじゃない。」
篠宮は頭を上げると、和希の方を見て、
「和希、中嶋には感謝してもしきれない。折角高校に行かせてもらってるんだ。きちんとそれなりの結果を出すんだぞ。」
「はい、頑張ります。」
篠宮に向かって頷く和希。
そんな和希の頭を篠宮は優しく撫でていた。


「おい、篠宮。その子か?お前の自慢の弟は?」
「丹羽。」
篠宮は少し照れくさそうに言うと、
「ああ、俺のすぐ下の弟だ。」
「へぇ〜。篠宮は可愛いって言ってたが、その通りだな。でも可愛いけど美人でもあるな。」
「丹羽。そんなにじろじと和希を見ないでくれ。和希が怯えるだろう?」
「怯えるって…俺は何も取って食おうなんてしないぜ?」
「そうだな。すまない丹羽。」
篠宮はクスクス笑いながら和希の方を振り返り、
「和希。俺の学生時代の友人の丹羽だ。丹羽、これが俺の弟の和希だ。」
「俺は丹羽哲也だ。よろしくな、和希。」
大きな声で、でも優しい響きのある声だった。
そして何よりもひまわりのような眩しい笑顔をしていた。
今まで会ったどんな人よりも印象深いその人物に和希の胸はドキッとしてしまった。
「あっ…篠宮和希です。よろしくお願いします。」
そう言って丹羽が差し出した手を握り返した和希の頬は微かだがほんのりと赤く色づいていた。






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