どんな微笑よりも…18

「まずは和希様の出生の事からお話させていただきます。」
穏やかな顔で石塚は言ったが和希の心臓はドキッとした。
「和希様は鈴菱家の後継者ですが、正妻のお子様ではありません。」
「えっ…?」
「和希様のお母様は、そちらにいらっしゃる奥様です。奥様は鈴菱様の正妻ではなく、世間でいうお妾なんです。」
石塚がそこまで言っ時、女性が口を挟んだ。
「石塚、私は妾って言葉が嫌いなの。愛人って言ってちょうだい。」
「申し訳ありません。」
石塚は頭を下げて言った。
呆然としている和希に女性は平然と言った。
「確かに私は愛人だけど、恥ずかしいとは思ってないわ。家の為に好きでもないあの人と一緒になった正妻よりずっとあの人に愛されてるもの。だから和希、貴方も堂々としていていいのよ。」
「…」

そう言われても何と言っていいか分からなかった。
何も言わない和希に石塚は、
「いきなりの話で驚かれたでしょう。このまま話をしても構いませんか?それとも少し落ち着かれてからにいたしましょうか?」
和希は少し考えた後に言った。
「俺は大丈夫です。続きを話して下さい。」
「分かりました。けれども、何か聞きたい事や途中で休みたくなったら遠慮なく言って下さいね。」
「はい。ありがとうございます。」
返事をした和希に石塚は優しく微笑んでくれた。

「今お話した通り、和希様は鈴菱家の正妻のお子様ではありません。けれども、鈴菱様と正妻との間には女のお子様がお二人しかいらっしゃいません。その為、鈴菱様の血を受け継ぐ和希様が後継者に選ばれたのです。」
「後継者は男だから…だから俺が選ばれたのですか?」
「そうです。」
「でも俺は…今まで捜索すらされてなかったんです。それはどうしてなんですか?」
「その事はとても重要な事なのでこれから話す事を聞いて頂いてからお答えします。和希様が生まれた時、まだ鈴菱家の正妻にはお子様はいらっしゃいませんでした。つまり鈴菱家にとっては初めてのお子様、しかも男子のご誕生だったわけです。当然鈴菱様はその子を自分の後継者として教育されようとしました。けれども、残念な事に和希様は愛人のお子様でした。鈴菱家に愛人の子が入る…それを好ましく思わない方々は大勢いました。」
「それは鈴菱の奥様なんですね。」
「はい。しかし、それだけではありません。鈴菱家の分家とはいえ、和希様の家はかなりの資産を持っています。当然親戚の方が和希様の誕生を喜ぶはずがありません。それに残念ながら家柄でも奥様の身分は低いものだったからです。」
「家柄?」

不思議そうな顔をする和希に女性は言った。
「石塚、はっきり言って構わないのよ。和希、私はね鈴菱家のメイドだったのよ。」
「メイド?」
「そうよ。だから和希を身ごもった時も嫌がらせを散々受けたわ。でも、私は負けなかった。だって私にはあの人が、鈴菱が付いていてくれたからね。」
何でもないように言う女性を和希は強いと思って見ていた。
身分がものをいうこの時代に好きだから大丈夫と言い切れるこの女性の強さに和希は感動さえしてしまった。
和希にはそんな強さはないので、自分の親だと分かっていても尊敬さえしてしまう。

「奥様、話を続けてもよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ。」
「奥様が仰った通り、奥様が和希様を身ごもっておられる時から嫌がらせはありました。けれどもそれはまだ氷山の一角だったんです。」 「氷山の一角?」
不思議そうな顔をする和希に石塚は話を進めた。
「はい。本当に大変だったのは和希様がお生まれになってからなんです。奥様がお産みになった子は男のお子様でした。これが女の子だったら、何の問題もなかったでしょう。例え正妻のお子様ではなくても鈴菱家には長男の誕生だったからです。」

石塚は少しだけ間をおいてから、
「嫌がらせはエスカレートしていきました。しかも、ターゲットは奥様から和希様に変わりました。和希様のその額の火傷の痕も和希様の誕生を好まない人によって付けられたものです。」
「この傷はワザと付けられた傷だったんですか?」
「はい。あの時、和希様についていた護衛の者がほんの少し目を離したすきに熱湯をかけられたんです。ですが、幸い熱湯をかける瞬間にメイドが気付き叫んだので熱湯がかかる場所がずれたおかげで額だけの火傷ですんだんです。それでもかなりの重度の火傷でした。」
和希はゾクッとした。
いくら憎くても生まれたばかりの赤ん坊に平然と熱湯をかけようとする大人がいるなんて、なんて恐い世界なんだろうと思った。
「他にも色々とありました。そして、ついにあの日が訪れたのです。」
「あの日?」
「はい。和希様が誘拐された日です。」






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