どんな微笑よりも…19

「誘拐?」
和希は驚いて聞き直した。
「驚かれるのも無理ありません。けれども、和希様のご誕生を疎ましく思っている人達が大勢いらっしゃる事をご理解して下さい。」
「ど…どうして…俺は何もしてないのに…」
涙ぐむ和希に石塚は、
「和希様はそのようなお立場にあるのです。鈴菱家の第一子の男のお子様だからです。しかも正妻のお子様ではなく、愛人のお子様です。しかし、愛人のお子様であっても和希様は正式な後継者です。けれども、中にはそのような事を認めるのが嫌な方々もいらっしゃるのです。そういう方々にとって和希様の存在は邪魔なんです。」

驚く和希に石塚は話を進める。
「和希様がいらっしゃらなければ、もしかしたら自分が鈴菱家の後継者になれるかもしれないと思う方々からの嫌がらせが始まりました。」
「それが…この額の…傷…?」
「はい、それも勿論ですが、他にも様々な目に合われました。ですので、鈴菱様、和希様のお父上は和希様に護衛を付けられたのです。けれども、どんなにしていて僅かなすきをついてあの日和希様は誘拐されてしまいました。」
「でも…どうして?警察には届けが出てなかったはずです。」
「そうです。警察には捜索願いを出しませんでした。」
「なぜですか?」
「騒ぎになると困るからです。鈴菱家のお子様が誘拐されたとなれば、大変な騒ぎになります。しかも、正妻ではなく愛人の子なのでまだ世間には鈴菱家の正式な後継者として発表はしていなかったのです。ですので、独自には捜索していたのですが、どうしても足取りが掴めなかったんです。その時、そちらにいらっしゃる丹羽様が和希様を見つけて下さったのです。」

和希は丹羽の方を振り向いた。
丹羽は安心しろという顔で和希を見守っていてくれていた。
和希は丹羽に向かって微笑んだ後石塚に言った。
「話はよく分かりました。」
「それでは、さっそく鈴菱家に参りましょう。」
「えっ?でも…急に言われても困ります。」
「何か問題でもあるの?」
今まで黙っていた女性が言った。
「貴方は鈴菱家の後継者なのよ。いつまでもこんな所にいていいわけないでしょ。」
「でも…俺は…お世話になっている中嶋さんに黙って来てしまったんです。」
「あら?そこにいる丹羽さんは貴方が今言った中嶋さんの依頼で動いているのよ。中嶋さんが知らない訳ないじゃない。」
「中嶋さんが丹羽さんに?」

驚いた顔で丹羽を見た和希は困った顔をした丹羽と目が合った。
丹羽は頭を掻くと、
「黙っていて悪い。だけど、ヒデから内緒でやってくれって頼まれてたんだ。」
「中嶋さんが?」
「ああ。ヒデの奴は和希を引き取った時から、和希の親を捜すつもりだったんだ。」
「俺の親を?どうして中嶋さんがそこまでしてくれるんですか?」
「そりゃ…いや…これ以上は俺の口からは言えねえな。聞きたかったら後でヒデに直接聞くんだな。」
「もういいかしら?」
丹羽と和希の会話を終わらせようと女性は話し掛けた。
「はい、失礼しました。」
丹羽は頭を下げる。
「和希、これで分かったわね。さあ、鈴菱家に帰るわよ。」

和希はもうどうしていいのか分からなってしまった。
あまりにも色んな事を知ってしまったからだ。
ただ、たった1つだけ分かった事があった。
ここでの…中嶋さんと暮らしはもうないのだという事を…
その事を考えた時、和希の胸は苦しくなった。
どうしてだろう?
中嶋さんの事をあんなに恐れていたのに…
俺の身体を弄ぶような事しかしない人なのに…
それなのに、中嶋さんと離れると知っただけでどうしてこんなにも心が辛くなるのだろうか?
わけが分からない気持ちが和希の胸を過ぎったが、和希はその気持ちに蓋をしてしまった。






BACK    NEXT