どんな微笑よりも…20

和希は車の中にいた。
移り変わる景色をただ呆然とみながら…
鈴菱家に帰るのが当たり前な扱いをされた。
何を言っても無駄だと思わせる雰囲気に最初は色々と言っていた和希だったが、最後には何を言っても無駄だと悟り言われるままに動いていた。
丹羽に産みの親との再会を言われた時、産みの親はどんな人だろうかとあれこれ想像をした。
篠宮の両親は他人に迷惑を掛ける人にはならないようにと厳しく躾けられた。
そして他人を思いやる気持ちを保てるようにといつも語ってくれていた。
でも厳しい中にも優しさが満ち溢れていた。
その溢れんばかりの愛情にはぐくまれて和希は育った。

だから…
産みの親との再会がこんな風だとは思わなかった。
会った時は抱き締めてもらったが、その後は特に何もなかった。
この人は本当に自分を思っていてくれていたのだろうか?
確かに長い間会わずにいきなり大きくなった我が子に会ったのだ。
戸惑って当然だろう。
ただ…
何となく分かるのだ。
この人にとって和希はいれば役にはたつが、居なくても特に困らないと言う事が…

「和希様、鈴菱家まで後15分程で着きます。何かお聞きしたい事はございますか?」
石塚の声に窓の外をジッと見ていた和希は、
「いえ…特には…」
ただそう答えた和希を、
「和希様、色々と不安はあると思いますが、私がいますのでご安心下さい。和希様は1日も早く鈴菱家の暮らしに慣れる事だけをお考え下さい。」
「…はい…」
そう言いながら表情は暗いままの和希。
石塚は心配そうに和希を見つめる。
そんな2人を女性は呆れ顔で言った。
「いい加減にしてちょうだい。和希、貴方は鈴菱家の後継者なのよ。皆がいかにしてその地位を手に入れようと躍起になっているものを手に入れられたのに、何が不満なの?」
「そんな…不満だなんて…」

和希は俯いてしまった。
不満ではなく、不安なのだ。
いきなり、産みの親に再会させられお世話になった中嶋さんや紘司兄さんにお別れを言う時間さえなかった。
丹羽さんにしてもそうだった。
今まで知らなかったとはいえ、自分の産みの親を捜してくれていたのだ。
感謝の気持ちを伝えたかったのに、その時間さえ十分にもらえなかった。
まるで今までの所とは縁を切れと言わんばかりの態度に和希は酷く不安を感じていたのだった。
しかし、そんな和希の気持ちを無視して女性は話し続ける。

「石塚、これからしっかりと和希をサポートしてやってね。」
「はい。畏まりました。」
「まったく…」
女性はため息を付きながら和希を見た。
「和希、貴方がしっかりしてくれないと私が困るのよ。」
「…はい…」
「でも…これであの本妻を見返してやれるわね。和希がいないからって好き勝手に後継者を決めようとしていたのだから。」
嬉しそうに笑っている女性を見て和希は胸が痛くなるのであった。


和希がホテルを出て鈴菱家に向かう為の車が発進して暫くたった頃、丹羽は声を出して言った。
「もう、隠れる必要はねえんじゃないのか?」
「フッ…俺がここにいたのが分かるだなんてさすがだな、哲ちゃん。」
「当たり前だろう。何年親友をやっていると思ってるんだ。」
丹羽の返事に嬉しそうに微笑みながら中嶋は丹羽の前に姿を現した。
「行っちまったな、和希の奴。」
「ああ。」
「これで良かったのか?」
「当たり前だろう。なんの為にお前に高い金を払ってあいつの親を捜させたと思っている。和希が着ていたベビー服にしてもあの1点モノのクマのぬいぐるみにしても和希がどこかの金持ちの家の子としての証拠が揃っているのに、和希の捜索願いは出されてはいない。これは相続問題か何かで誘拐されたと思うのが無難な線だろう。」
「確かにな。今回はヒデの言う通りだった。でもこれで和希は幸せになれるのか?」
「どうしてそう思う?」
「だってよう…」

丹羽は頭を掻きながら、
「さっきの時間でしか分からなかったが、あの母親、和希の事を後継者の道具としてしか思ってないぜ。あんな母親の元で和希が幸せになれる筈がないだろう?」
「あいつは大丈夫だ。」
「ああ?どうしてそう言い切れるんだ?」
中嶋はフッと笑うと、
「俺が和希を酷く扱ってやったからな。和希にとってあれ以上辛い事などないだろう。俺との生活があったから和希はこれからどんな事があっても耐えられるさ。」
「ヒデ…お前いったい和希に何をしたんだ?」
「さあな。これは俺と和希だけの秘密だ。和希にとってあの出来事は地獄のような出来事だったに違いないんだ。だから大丈夫だ。和希は…あいつはこれからどんな目にあっても耐え抜いていける。俺はそう信じている。」
「そう信じてるか…和希はスゲー奴だな。ヒデにそこまで言われるんだから。」
「そうだな。だが…」
「だが?」
「いや…何でもない…」
中嶋は口を閉ざしてしまった。
丹羽もそれ以上中嶋に追求をしなかった。
だから、その続きの言葉は誰も知らない。

『だが…そんな和希だから俺は心底あいつに惚れていたんだ…』
そう続く筈だった言葉を…






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