どんな微笑よりも…2

「和希。」
「紘司おにいちゃん!」
和希は嬉しそうな顔をして篠宮の側に走っていった。
「おかえりなさい、紘司おにいちゃん。」
「ただいま、和希。お友達と仲良く遊べたかな。」
「うん。僕皆と仲よく遊んでたよ。」
「そうか。いい子だな、和希は。さあ家に帰るよ。」
篠宮は和希の頭を撫でながらそう言った。
和希は今まで遊んでいた友達に向って、
「僕、今日はもう帰るね。また明日遊ぼうね。」
「うん、和希君。」
「また明日ね。」
「うん。ばいばい。」
「ばいばい。」
和希は友達に手を振ると、篠宮の方に振り返った。
「紘司おにいちゃん。皆とちゃんとばいばいできたよ。」
「うん、ちゃんと見てたから。よくできたね。」
篠宮に褒められて、和希は嬉しそうに笑った。


和希が篠宮の家である教会に捨て子として見つけられてから、3年が経っていた。
当時おそらくまだ生まれてまもないと思われた和希は3歳に、そしてその時7歳だった篠宮は10歳になっていた。
篠宮の父によって警察に届けられた和希だったが、警察が調べても未だに身元が判明しないままだった。
和希の保護については教会に置き去りにされていた経由もあり、篠宮の父が身元が判明してきちんとした保護者が和希を引き取りに来るまで和希を教会で育てる事になった。
けして豊かな暮らしではなかったが、篠宮の両親の元で篠宮を兄として和希は心豊かに育っていた。
可愛らしい外見だけではなく、素直で明るい和希は篠宮の両親、篠宮、そして教会に来る大勢の信者の人達からも可愛がれていた。


「今日は何をして遊んだんだ?和希。」
「あのね。おにごっこでしょ。後はおままごともしたよ。」
「そうか。楽しかったか?」
「うん。とっても楽しかった。それとね、今日はきょうちゃんのお母さんがきょうちゃんの妹を連れてきてくれたんだよ。」
「ああ。先月だっけ。あかちゃんが生まれたのは。」
「うん!それでね。あかちゃん凄く小さいんだ。壊れちゃいそうなんだよ。でもね、ふわふわしていてとっても可愛いの。いい匂いもするんだよ。」
嬉しそうに話す和希を見て、篠宮は和希があかちゃんだった頃を思い出していた。
和希も凄く小さくて触ったら壊れそうだと篠宮は思っていた。
それと同時にふわふわしてとてもいい香りがすると…
あの時の自分と同じ風に和希があかちゃんの存在を感じるだなんて、篠宮は嬉しかった。


篠宮は和希を優しく見つめながら、
「そうか。今日は良かったな。」
「うん!でもね、きょうちゃんはあかちゃんの前だとお兄ちゃんらしくなるんだよ。可笑しいよね。」
「そうか。きっときょうちゃんもおにいちゃんになろうと頑張っているんだね。」
「うん。僕も凄いなぁって思ったんだ。僕には真似できないと思っちゃった。」
「でも、和希ももう少ししたらおにいちゃんになるんだろう。」
今、篠宮の母は妊娠5ヶ月だった。
ずっともう一人子供が欲しいと願っていた篠宮夫婦にとってそれはとても嬉しい懐妊だった。
もちろん、篠宮も和希も兄弟ができる事を喜んで心待ちにしていた。
なのに、今の和希の態度に篠宮は少し引っかかりを感じたのだった。
「うん。でも僕おにいちゃんになれるかな?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって僕は…」


和希は俯いてしまった。
この時、篠宮は気が付かなかった。
まさか、こんな小さい子が真実を知っていて気を使っているなんて。
和希は教会に来る信者の話で自分が捨て子だと知ってしまっていた。
年齢のわりに賢い和希はその時、篠宮夫妻が自分の本当の親ではない事に、そして篠宮が本当の兄ではない事を知ってしまった。
けれども、篠宮夫妻は自分を本当の子として接しているのを肌で感じていた和希はあえて何も言わずに知らないふりをする事にした。
でも、知ってからの和希はどこか遠慮するようになってしまった。


「和希?」
和希は顔を上げて篠宮に笑って言った。
「僕甘えん坊だから心配なんだ。おかあさんがあかちゃんに優しくしているのを見たら羨ましいって思ちゃいそうで…」
「何だ。和希はそんな事を気にしていたのか?大丈夫だ。和希が寂しかったら俺が和希の相手をたくさんしてあげるから、そんな事は気にしなくていいんだぞ。」
「本当?」
「ああ。可愛い弟に寂しい思いなんてさせないからな。」
「ありがとう、紘司おにいちゃん。」
和希は篠宮に抱きつく。
篠宮はその小さな身体をそっと抱き締めながら、
「大丈夫だから。和希はいつまでも俺の大切な弟だからな。」
そう言って和希の頭を撫でていた。




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